第49話 罪人に相応しい罰を。 前編

 

「絶対ダメです! 火の縄張りから今度は水の縄張りに行くなんてママンは許しませんよ! シルフェも何を一緒になってるんですか? 普通なら止める立場でしょうに」

「「えぇ〜⁉︎」」


 現在、俺とシルフェは打ち合わせていたおねだりモードが一切通じずに、両腕を組んだカティナママンの前で正座させられている。


 __________


 時間は少し遡り、俺はイゴウルの屋敷に戻るまでにダズン・イラから水の縄張りで起こっている諍いを聞いた。


 水氷龍ハーブニル・ウォルタには二人の息子がいる。


 一人は武力に秀でており、激情家でカリスマ性に富んだ『セイン・ウォルタ』。

 もう一人は智略に長けており、温和な性格から信頼の厚い『グリム・ウォルタ』だ。


 分かりやすく正反対の性格と性質を持った息子達に、国が二分化するのは致し方が無いだろう。


 軍部を含めた実力主義の竜人はセインを担ぎ上げ、政務を司る代官や豪商達はグリムを担ぎ上げる。

 そして、それに巻き込まれているのが民という訳だ。


 直接的な戦争こそ無いものの冷戦状態が続いていて、互いに牽制が続く中、先に動いたのがグリム陣営だった。


 神龍の息子である俺と、巫女であるママンをどんな形であれ引き込めば、民衆の意は一気に傾くと考えたらしい。


 そこでいくつかの暗部部隊を差し向け、悉く失敗に終わって今に至る。


 ダズンを含めて兵士の中から腕を見込まれた者達は、家族や恋人を人質に取られ、強制的に命令を聞く様に『奴隷紋』を焼き付けられていた。


 これは主人か奴隷本人が死ぬまで解除されず、主人の命令に逆らえば奴隷が死ぬという危険があったので、俺はダズンを一度殺す事にしたのだ。


「ダズン、絶対にその場から動くんじゃないぞ? シルフェも治癒魔法の準備をしておいてくれ」

「はいっ!」

「俺にもしもの事があった時はーー」

「ーーそれ以上言うな! 余計なフラグを立てんな馬鹿!」


 俺は悟りを開いた様に澄んだ目をしたダズンの頭を殴る。

 万が一にも失敗は無いが、力加減が難しいんだよ。


 心臓を破壊しない様にダズンの内部を流れる気を浸透発勁で全て断ち切る。

 呼吸と心臓が止まった後は、回復魔法と気を流し込みながら心臓マッサージをして蘇生だ。


「す、すんません」

「今だ!」

「ガハァッ!!」


 ダズンが頭を下げて意識外になった瞬間に、俺は全力の発勁を打ち込んだ。

 一瞬で白眼をむかせ、意識を断ち切った後、地面に寝かせて奴隷紋を観察する。


 ーースゥっと紋章が消えた。死んだ合図だ!!


「良し! 戻ってこいダズン!!」

「ヒール!」


 ドスンッと音を立てて心臓部を叩きながら気を流し込むと、その掌の上からシルフェが治癒魔法を施した。


「ーーブハッ!! ガハッ、ゲホォッ! ハ、ハァ、ハァァッ⁉︎」


 ダズンは唾液を飛ばしながら一気に覚醒して、呼吸を落ち付けようとバタバタと足掻いていた。

 信じられないと何度も周囲と自分の奴隷紋を見やる。


「何とか成功したな。これで敵からすればお前も同じように始末されたと判断されて、影から動けるぞ」

「は、い……死ぬかと、思い、ましたぁ〜!」

「いや、死んだよねシルフェ?」

「えぇ、確かに死んでましたね。坊っちゃま」


 まだ意識が朧げな様子を見ながら俺とシルフェが何を言ってるのか分からず首を傾げていると、ダズンは再び気絶してしまった。


 もしかして死ぬ様な目にあうだけで、本当には死なないとか考えてたんかね?


 ぶっちゃけ神の霊薬エリクシルを一滴でも飲ませば奴隷紋は消えただろうが、俺にその選択肢は無い。


 アレは偉大なるママンに献上したのだから。お前には一滴足りとも飲まさんよ。


 __________


「ダズンの家族が人質に取られているんだよカティナ大佐! 俺はそれを救うって約束したんであります!」

「はいはい。それで、グレイちゃんの本音はどうなの?」

「いい加減付き纏われるのが面倒くさいし、ママンを攫おうとした敵は殲滅あるべし、であります!」

「うんうん。正直でよろしい。あとでおでことほっぺにチュー三回ですね」

「ありがとうございます! サー!!」


 俺は敬礼をしながら、正直に言ってもう水の縄張りに行かなくていいかもしれないって気持ちになってた。


 どう考えても、ママンとのベタ甘タイムの方が大事だよね。


「ゴホンッ! 坊っちゃま……、人の命と巫女様との甘いひとときのどちらが大切なんですか⁉︎」

「えっ? ママンとの時間に決まってんじゃん。何言ってんのお前?」

「ハウゥウ〜〜ッ! またそんな虫を見る様な目でぇっ⁉︎」

「馬鹿シルフェ! 虫よりはお前の方がマシだし、好きに決まってるだろ!」

「……も、もう一度言ってくださいませ」

「ん? 虫よりはお前の方が好きだ」

「ご褒美、ありがとうございますうぅぅっ!!」


 シルフェは何が嬉しかったのか、地面に寝そべって吐息を荒げていた。

 アレかな、色々と敏感な年頃ってやつなんですかね?


 ダズンはカティナママンが巫女だって知った瞬間に、緊張しているのか石像の様に土下座したまま動かない。


 そこへ、ソファーに腰掛けて葉巻を吸いながら様子を見守っていたイゴウルがようやく口を開いた。


「あ〜! そろそろいいか? 取り敢えず大方の事情は把握したから言わせて貰うが、まずはグレイズよぉ。お前はどうやって水の縄張りに行く気なんでぇ?」

「あぁ。簡単だよ、飛んでく!」

「その間の数日間、巫女様の警護はどうすんだ?」


 途端に視線を鋭くして睨みつけてくるタンクトップの髭もじゃ大男を、俺はやれやれと嘲笑で迎えた。


「あのな。この際だから言っておくが、俺はママンニウムという成分を取らないとやる気を出せないんだぜ? だから日帰りで帰る。ママンニウムが尽きる前に絶対に帰る」

「何だそれ……アホか」


 イゴウルが呆れている所へ、ママンが続いた。


「そう! そして私もムスコニウムを取らないと寿命が縮まってしまうの。だから日帰りで帰れないのは許さない。ーー絶対に許さない!」


 そう、俺達は相思相愛ですからね。一日以上離れるなんて考えられないっすよ。

 ママンの言葉が嬉しくて、思わず涙が溢れてしまいそうです。


 比例して、ママンを狙ったカス共への憎悪も増すんですけどね。


「ーーってなわけでイゴウル殿、あるんだろ? 各里を繋ぐ転移魔法陣。出せ? 出さなきゃ暴れるぞ?」


 元々全力で飛んでも水の縄張りに着いてグリム・ウォルタを探し、お仕置きしたとして一日で帰って来れるとは思っていない。


 今の状況は、特例にあたるんだ。


 各里の龍王は、俺が『成龍の儀を終えるまで関わってはならない』と盟約を交わしているのにも関わらず、その親族が俺とママンに危害を加えた。


 この場合、対象の里に他の里は武力を含めた制裁を与える事が出来る。

 なので、その為に設置されている筈なんだよ。


 ーー転移魔法陣がね!


「巫女様から聞いたのか? 確かに城の地下には『転移門』と呼ばれる各里を繋ぐ門があるが、上級魔術師が二十人くらい魔力を注いでやっと起動するっていう、厄介な代物だぞ」


 俺とママンは目を合わせて、コクリと頷きあった。アイコンタクトで伝わりましたよ。行って良しってね。


「その上級魔術師のMPはどれ位か知ってる?」

「ん〜? 結構前に聞いたからうろ覚えだが、大体一人につき1000から1500位だったなぁ」


 風の矢や槍の消費MPを考えれば、その程度で上級扱いか。まぁ、龍王の血族以外じゃ妥当な所なんだろうね。


「なら問題ないな。転移門の場所だけ教えてくれ。シルフェは来るのか?」

「勿論ですっ、と言いたい所ですが、私は今回巫女様の警護にあたります。坊っちゃまが戻って来た時に、笑顔で迎えられる様に」

「ありがたい。帰って来たら修行の続きをしような」

「……はい」


 俺はちょっとだけ背伸びをして、シルフェの頭を撫でた。大切な人を守る為に、自分の欲を抑えられる人間にはご褒美と敬意を払おう。


 途端にシルフェは顔を真っ赤にして俯いてしまった。アレだな。照れ臭い年頃ってやつなんだな。


「おい! 勝手に話を進めてるが、グレイズは場内に侵入する気なのか⁉︎」

「それ以外に何があるんだ? イゴウル、言っておくが邪魔する気なら俺も争うぞ」

「……落ち着け。俺が誰だか忘れてねぇか? これでも一応王族だっつの。城内までは俺が案内して、場所の合図をする。でも、さっきから言いたかったんだがダズンを連れてくんだろ?」

「そうだぞ」

「だよなぁ。気配を消せるお前さんはともかく、どうやってダズンを導くのかがネックでな」

「あ、足は引っ張りません! 家族を助けだせるなら、何でも致します!」


 土下座したまま必死の想いを告げた男の肩を叩いて、顔を上げさせた。

 ダラダラと涙と鼻水に塗れていて汚いが、良い親父の顔だ。


「俺に秘策ありってな。闇隠龍のマントには自動サイズ調整機能がついてる。つまりは、お前が羽織って俺を抱っこしろ。それでバレないぞ」

「ふむ、成る程なぁ。確かにそれなら問題は解決だ」


 イゴウルを納得させた所でママンに視線を流すと、顎を抑えながら何やら考え込んでいた。どうしたんだろう?


「ねぇ、グレイちゃん? その理屈で言うなら、ママンがマントを羽織ってグレイちゃんを抱っこすれば離れずに済むんじゃないかしら?」

「ママン……天才か⁉︎」


 そのアイデアは無かった! 閃いたと掌を重ねて飛び跳ねている所へ、ダズンの悲しげな声とシルフェの怒気が漏れる。


「それじゃあ、俺が行けなくて、家族に会えないです……よね?」

「私も残る意味が無いですよねえぇぇ〜?」

「「…………」」


 この時、俺とママンは視線を交わしつつ、心の内で葛藤した。離れたく無い想いは同じだ。


 でも、なんか道徳的にダメなのかなぁって結論に二人で至る。


 本音を言えば、二人共「もうどうでも良くね? 昼寝に行っちゃう?」「えっ? 行く行く〜!」みたいなノリだったんだけど、周囲の雰囲気が許してくれなかったよ。 


 まぁ、良いかな。どっちみちママンに怖い思いはさせたくないし、俺の本当の狙いは別にあるしね。


 俺はこれから『神龍の巫女』に手を出そうとすればどうなるのか、空中都市パノラテーフに住まう竜人に知らしめるのだから。


 ーー良い贖罪の山羊スケープゴートになってくれよ? グリム君。

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