第39話 馬車を手に入れよう!
自称『水』の縄張りから遣わされた賊の襲撃から二日。
俺は七年間を過ごした魔陰の森を出て、カティナママンとシルフェと一緒にギルムの里を目指している。
最後にバウマン爺に挨拶もしたいし、この風の縄張りから火の縄張りまでは馬車で十日程掛かるからだ。
本来、別の縄張りに移動する為には何の資格も要らないのだが、バウマン爺の様に鍛治師として里の内情に詳しい者は、別途制約付きの商人の資格が必要らしい。
これがウンザリする程の厳しい試験を受けなければならない訳で、早々に諦める者が大半だと言っていた。
俺は街道を歩きながら、今回の水の縄張りの振る舞いに一定の考察を立てる。
「ねぇ、水の縄張りの現状ってどうなってるの? 確か王様は
「実はグレイちゃんに一番選んで欲しくなかったのが、水の縄張りだったの。ハーブニルは寿命が近付いてるって噂があって、その息子二人が次の王位を争って内戦状態なのよ」
「じゃあ、今回の襲撃はその王族二人のどちらかの息が掛かった者の仕業だね。でも俺はともかく、ママンを狙ったのは何でだろう?」
今のママンがもう力を持たない存在であるのは、四龍から各里に伝わっている。
だからこそ、パパンはあの場所で残りの寿命が尽きるまで、余生を幸せに過ごして貰う事を願ったのだから。
それに、四龍は俺が十五歳の『成龍の儀』を終えるまで、直接干渉してはならないという制約を設けられているとママンが言っていた。
それならば今回の件は完全に水氷龍の与り知らぬ事なのかもしれないな。
それか、知る事さえ出来ない程に弱ってしまっているかのどちらかだ。
「多分ね、私を担ぎ上げようとしているのよ。神龍の巫女がどちらかの王子に与したと触れ回れば、民衆の心象は傾くわ」
「グレイ坊っちゃまも知ってる筈ですよ? ギルムの里で見た巫女様の像はどの里にもありますからね」
「まじっすか……」
それだけあるなら一体ぐらい無くなっても気付かれないんじゃないか? 俺だって喉から手が出る程欲しいんだよ!
だってママンの像だよ? 国宝級、いや、伝説級、いやいや、神話級の御神体にするに決まってるだろ! よし、ギルムの里の像を一体チョロまかそっと。
「因みに盗んだらバレますからね……? そういう仕掛けが施されてますから。く、れ、ぐ、れ、も! そんな事を考えないように」
「ややややややややだだだなななななああああああ〜〜! ぼ、僕がそんな事する筈無いじゃないか⁉︎ 見て、この潤んだ純粋無垢な瞳を!!」
「思いっきり目が泳いでますけど……」
チッ! 最近残念メイドの分際でシルフェが鋭い。
七年も一緒に暮らしていれば当然かも知れないけど、カティナママン並みの観察眼を誇りやがる。
思わず内心で舌打ちをすると、突然背後から抱きしめられた。この後頭部が沈む柔らかさは誰か言うまでも無い。
「グレイちゃんには実物がいるでしょ? それとも偽物の方が良いのかしらぁ?」
ーーブッ!!
ママンはわざわざ身を屈めて、俺の額におでこをコツンって合わせて来た。もうね、ノックアウトですよ。
賺さず真横を向いて鼻血が飛ぶのを防いだけど、もうコメントなんて出来ない可愛さなんですよ。
本日のママンはベージュのリネンワンピースにショルダーバック、金髪の三つ編みを肩から垂れさせ、俺力作の麦わら帽子を被っている。
テーマは『海辺の
「ありがとうママン。なんか色々元気出たから……ちょっとだけ離れててね」
「そう? それなら良かったわ〜!」
どうせギルムの里に入る頃には野暮ったい黒ローブを羽織るのだ。今の内に開放感を味わって貰っておいて構わないだろう。
俺とシルフェの索敵があれば、指一本触れさせないしね。
「そろそろギルムの里ですね。良い馬車が手に入ると良いのですが」
シルフェが難しい顔をしているので、俺は軽く肩を叩く。
「シルフェ、良い馬がいなくても気にするな。欲しいのは乗り心地の良い四輪車の方だ。従順な馬がいないのなら従順な猿か、他の魔獣を屈服させればいいだろ?」
「……坊っちゃまは最近考え方が突飛な気がします」
「馬鹿言え。何なら俺が風魔法で引くぞ」
「メイドとしてそれは許されませんよ! そんな事になるくらいなら私が引きますから!」
「うん、じゃあ譲るよ。いざって時は宜しくね」
「ーーふえぇっ⁉︎」
まぁ、それは最終手段にとっておこう。欲しいのはカティナママンの素晴らしいお尻を保護する為のクッションと、せめてサスペンションを備えた四輪車だな。
ーーふむ、無ければバウマン爺と作ればいいか。
「ちょっと目的を変更しよう。先にある程度外見の整った四輪車と、馬を見よう。良い四輪車が手に入ったらちょっと改造するわ。馬は良いのがいれば購入で」
「畏まりました」
「グレイちゃん、そんなに気合い入れなくても良いのよ? 私はこれでも馬車の固さには慣れてますからね」
エッヘンと巨大な双丘を張るママンを見て、俺は一瞬躊躇してしまった。
揺れる馬車か。それもありなのかも知れないよね。だって、プルンって上下するの見たいもんね。
これは乳対尻の戦いだ。俺の脳内で覇幻を抜き去ったミニ朧君が殺し合いを始めている。
__________
尻:『ママンが痛そうに尻を撫でている姿を見て心が痛まないのか⁉︎』
乳:『それは分かってる! でも俺にも譲れない想いがあるんだよ!』
尻:『情けない! それがかつて天衣無縫と呼ばれた男の成れの果てか!!』
乳:『そ、それならお前はどうなんだ⁉︎ 揺れてる乳が見たくないのか⁉︎』
尻:『見たいに決まってるだろうが馬鹿野郎! だが、尻も捨てられん!』
乳:『お、お前……そんなにママンの事を……』
尻:『あぁ。我等は等しく童貞だ。乳も尻も等しく好きに決まってるだろ?』
乳:『へへっ。そうだよな。ごめん、俺が悪かったよ』
尻:『いや、俺も言い過ぎた。ーーって訳で斬り捨て御免!!』
乳:『ぎゃあああああああああああああっ⁉︎』
__________
うん。ママンの尻を守る方が勝った。なのでサスペンションとクッションは絶対だな。
問題は交渉に関われない件か。俺が脳内の戦いを繰り広げている間にギルムの里の検問を問題なくパスして、街の中に入っている。
「ママン。ちょっとお願いがあるんだけど良いかなぁ?」
「なぁに? 顔は出せないけど、グレイちゃんのお願いならママン頑張るわよ!」
俺達はシルフェに聞こえない様に小声で耳元に届く様にしてやり取りした。
ママンがついていれば詐欺に合う事はまずないだろう。
「シルフェだけじゃ騙されないか不安でさ。俺は呪いの所為で売り買いには関われないから、目を光らせておいて欲しいんだ」
「任せて頂戴! ママン張り切っちゃうから!」
「うん……ほどほどにね?」
そういえば、俺はママンの買い物をする姿を見た事がないな。いつもシルフェに任せてたしね。
まぁ、我が家の貯金はシルフェの節約のお陰で三十万ルラン、金貨三十枚程にはある。ちなみに一ルランが大体地球で言う一円だ。
この世界は硬貨での商売しかなく、紙幣は流通していない。
1ルラン=銅貨1枚
10ルラン=大銅貨1枚
100ルラン=銀貨1枚
1000ルラン=大銀貨1枚
10000ルラン=金貨1枚
100000ルラン=大金貨1枚
1000000ルラン=白金貨1枚
因みに今の俺が持てる限界は金貨三枚が限界だ。それ以上を保有すると、収納空間内であろうと消失する事は実験済みだった。
三万円とか、平均的なサラリーマンのお父さんの一ヶ月のお小遣いっすよ。
これでも地球にいた頃より手加減されてるのは、きっと神龍の加護のお陰だ。
俺は索敵を張り巡らせ、遠くから四輪車を購入する二人の様子を見守っていた。すると、何故か商人がシルフェとママンに対して必要以上に頭を下げている。
何だ? 指差してる先にあるのは、まるで中世の貴族が乗る様なキャリッジですが、それはちょっと旅路には目立ち過ぎませんか?
装飾が豪華過ぎて、賊に狙って下さいと言わんばかりなんですけど。
「グレイちゃ〜ん!! 良い四輪車が買えたわよ〜!」
嬉しそうに満面の笑顔でこちらに走ってくるママンの後ろには、顔を真っ青にしたシルフェの姿があった。
「う、うん。良い買い物が出来たなら良かった、かな?」
「えぇ! グレイちゃんが乗るのに相応しい格好いいのを選んだわ〜!」
「ちなみにいくらしたのかなぁ?」
俺が恐る恐る問うと、シルフェが真下を向きながらボソッと呟いた。
「ぴったり三十万ルランです……」
「ごめん、もう一度言ってくれる?」
「七年間貯めた、我が家の貯金が、この数分で無くなりました……」
あぁ……シルフェがかつて見たことない位に全てを諦めた表情をしながら涙を滴らせている。
あとで労ってあげよう。だって、俺も同じ気持ちだから。
この時、俺は漸く自分の判断ミスに気づいてしまったんだ。
カティナママンには、二度と買い物はさせちゃいけないってね。
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