第33話 寄生魔樹。

 

 俺、シルフェ、ファブは一度退いた後、作戦を立て直した。


 魔陰の森の瘴気が濃くなる夜間の行動は控えるべきだが、体力も気力も魔力も充分なうちに、グッドクレイジーモンキーの縄張りを制圧したい。


 また、敵側にも陣形を立て直す隙を与えたく無かったからだ。


「猿達が投げつけて来た小型爆弾は、きっと数に限りがある。それに、あれ程の威力であれば、近距離では投げ付けられない」

「中途半端な位置が一番危険なんですね」

「接近戦ならお任せっすよ!」


 ファブが胸を張って調子に乗っているので、拳骨を食らわした。ブービートラップに引っ掛かったばかりだろうが。


「さっきの網以外のトラップがある可能性は高い。だからシルフェはファブより前には決して出るなよ。また二人同時に罠に掛かった場合のみ、俺が魔法でサポートする」

「グレイズ様が先頭を歩けば一番早いんじゃぁ……」

「ファブ、従者として情けないですよ。自分一人で全部の猿を倒してやるって気概を見せなさい」


 なんかシルフェがまともな事言ってるなぁ。ファブという後輩が出来た事で、先輩ぶりたいのか? 

 俺からすれば、どっちも子供にしか見えんが。


 ーーあ、自分ですか? 自分が子供のフリをするのはカティナママンの前だけっすけど、問題無いよね!


 取り敢えず話を戻そう。


「確かに、お前達二人だけに任せていると今日中に制圧するのが難しそうだから、俺が先制攻撃を仕掛けるかな。ちょっと待っててくれ」


 風魔法を発動させると、俺は森の上空へ飛ぶ。枝葉の隙間から抜けると、陽の光が眩しかった。


 縄張りを制圧するのにこの方法はどうかと思ったけど、敵も爆弾なんて使って来たんだから文句は言うまい。


 俺は次々と『風の矢ウインドアロー』を展開し、三百本近い数の風矢を整列する。

 以前、カティナママンとクレイジーモンキーを狩った方法の進化版だ。


「空からなら狙い放題だしな」

 瘴気と霧で森の中の視界は悪いが、鑑定(小)で名前が羅列している部分に向かって、次々と風矢を撃ち放つ。


『魔闘天装』と『魔神霊装』は今回温存した。『魔気融合』のスキルは時間経過で大量のMPと精神力を消費するからだ。


「ギャウッ⁉︎」

「ウギィッ!」

「ギシャアアアアアアアッ!!」


 ーーズドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 猿達の断末魔と一緒に持っていた爆弾が誘発して、森の進路方向に爆炎が起こる。これで相当数の数が減らせただろう。


 俺はそのまま二人の元へ降り立った。


「……縄張りを空から攻撃なんて、考えてもやりませんよ。坊っちゃま?」

「何が起こったのかよく分からなかったんすけど、グレイズ様の魔力って凄いんすねぇ!」

 レベル20前後の猿になんて全然本気出してないけど、褒められるのは悪く無いな。


「さぁ、二人共行くぞ! 今日中にグッドクレイジーモンキーを狩る!!」

「「はいっ!!」」


 だが、縦に並ぶようにして隊列を組み、一斉に三人で駆け出すと予想外の光景が広がっていた。


 ーークレイジーモンキーが味方同士で争っているのだ。


 恐らく俺達を襲っていた猿は、腕が千切れかけていたり、片足を欠損して地面を張っている方だろう。


 眼球が真っ赤に染まり、狂っている様に見える。


 それに、遠目からでは枝が刺さっているのかと思った額から、小さな樹が生えていた。しっかりと葉っぱも生っている。


「シルフェ、一体何が起きているか心当たりはあるか?」

「いえ、こんな現象は地図にも本にも書かれていませんでした」

「なんか気持ち悪いっすねぇ。死霊ゾンビみたいっす」


 鼻を摘んで眉を顰めているファブの何気ない言葉を聞いて、俺は鑑定(小)を発動した。すると、何も生物の反応が無い。


(死霊でも名称は出る。それならもしかして……)


「ファブ、一度あの猿の額の樹を切り落としてみてくれ!」

「うおりゃあああああっ!!」


 ファブが大剣を横薙ぎして猿の頭部から生えた樹を根元から切ると、そのままクレイジーモンキーは倒れて動かなくなった。


 切られた樹もシワシワになって、そのまま枯れていく。


「グレイ坊っちゃま、これは一体……」

「やっぱりな。予想だけどクレイジーモンキーは寄生されてるぞ。俺達を襲って来た方は黒。さっきの俺の攻撃を逆手にとって、縄張りを取り戻そうとしている猿は正常だ」

「でも、どっちにしろおいら達が両方から襲われるのは変わらないっすよねぇ」


 俺が一考していると、通りがかった一匹のクレイジーモンキーと目が合った。あれは正常だな。瞳の色で分かる。


 ーーペコリッ。


 その猿は何を言う訳でも俺達に襲い掛かって来る訳でもなく、頭を一度下げるとその場を去っていく。

 事態が好転した事に対する礼のつもりか? 知能が高いのは確からしいな。


「気が変わった。グッドクレイジーモンキーが寄生されているかはともかく、寄生している主を倒す。行くぞ!」

「は、はいっ!」

「自分が先頭っすよ? あぁ〜、グレイズ様ぁっ!」


 どちらに向かえば良いか、クレイジーモンキー達の行方を追えば分かりやすかった。


 前方から次々と襲いかかって来る寄生体の頭部ごと『風の槍ウインドランス』で吹き飛ばし、左右からの挟撃にはシルフェとファブが対処してくれる。


 そうして十五分程度森を進んだ先で拓けた場所に出ると、獣の叫び声が絶え間なく鳴いていた。


 ーーギュオオオオオオオオオオオッ!!


寄生魔樹パラサイトエント Lv63】

【グッドクレイジーモンキー Lv49】


 俺の視線の先では、今まさに体長三メートル程の屈強な巨猿が、十メートル近い漆黒の樹木に身体を取り込まれようとしていた。


 必死に脱出しようと暴れているが、あれじゃ駄目だ。枝に絡みとられて、手足を固定されてしまっている。


 その周囲には複数の魔物や魔獣の死骸が吸い込まれていた。火薬などの知恵が働くのは、敵の脳を取り込んだお陰か? なんだ、つまらん。


「シルフェ、ファブ! あの巨猿に巻き付いている枝を切り落としてくれ。俺がとどめを刺す!」

「ーーシッ!!」

「此処だあああああああっ!!」


 二人は俺の合図に合わせて疾駆すると、シルフェは左側の枝をピンポイントで切り裂く。ファブはその周囲の枝ごと、幹に届き兼ねない勢いで大剣を振り下ろした。


 あれ? 巨猿の右腕切り裂いてません? めっちゃ痛がってますけど。


 拘束を解かれたグッドクレイジーモンキーが脱出したタイミングに合わせて、俺は十本の風槍を四方から撃ち放った。


 だが、グネグネと動き回る枝に落とされ、または弾かれる。


「思ったよりも防御が固いな! それならこれでどうだ⁉︎」


 俺が上空に展開していた無数の風矢に合図を出して腕を振り下ろすと、一斉に寄生魔樹へ降り注ぐ。

 幾ら枝が機敏な動きをしようが、防げる数には限度があるだろう。


 魔樹は突き刺さった風矢のダメージから呻くように身を捩らせているが、どうやら浅いみたいで致命傷を与えられていない。


 炎系統の魔法も練習しておけば良かったかな。ついつい風魔法の使い勝手が良くて、後回しにしてしまっていた。


 寄生魔樹パラサイトエントは威圧を放ちながら鋼鉄並みの硬さの葉を飛ばして反撃して来たが、カティナママンの慈愛のネックレスの前じゃ無意味だ。


 そして、俺はその隙を突く。


「風の檻! ファブ! 今の内に幹を両断しろ!」

「待ってましたっすよ〜!!」


 ーーグオオオオオオオオオオオオッ⁉︎


 枝葉と根本部分に風の檻を発動させて魔樹を絞め上げると、無防備に晒された胴体部分をファブが力任せに右薙ぎする。

 まるできこりが樹を切ってるみたいにしか見えないが、さすが脳筋だ。


 小さな肉体からスキル『豪腕』を発動させて一気に振り抜くと、寄生魔樹は幹の中心部分から『魔核』を露わにした。


「これで終わりだ!」

 俺は『狙撃』のスキルを発動すると、狙い澄ました風矢で『魔核』を撃ち抜いた。


 そのまま寄生魔樹パラサイトエントは萎れていき、素材だけを残して絶命する。


収集コレクト』で素材を回収した後に周囲を見渡すと、グッドクレイジーモンキーを先頭にして、猿の集団が俺に跪いていた。


 猿に借りを作るのも悪くないだろうと思いたい。

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