第32話 猿達が火薬を使う件について。
魔陰の森での野営から一夜明け、色々あったがファブから俺に向ける信頼は深まったと思う。
弟子だと認める気は無いが、このダンジョンを攻略する間は色々と師事してやりたい。
「ファブ、前方から三体のクレイジーモンキーが来てる。シルフェは背後から槍でサポート。万が一討ち漏らしたら俺が片付けるが、説教は覚悟しろよ?」
「「はいぃっ!!」」
俺が戦闘の指示をしつつ二人に一喝すると、武器を構える少年少女の雰囲気が変わった。
細く研ぎ澄まされた良い集中だ。これなら俺の出番はなさそうだな。
俺は後衛として、十五メートル近く離れた場所で『
闇矢は一本につき大体MPを6消費するが、闇魔法『吸魔』と『風の矢』を複合させる事で、MPの消費量を半分に抑えた。
敵に当てなければ『吸魔』が発動せず、効果は無いけどね。
元々近距離で敵を斬るしか脳のない俺からすると、この経験はとても大切だ。どの魔法を使えば、どれだけMPを消費するのか?
魔力を多く込める事で威力はどれ位上昇するのか?
ーーこの世界に来て得た、新しい力を存分に研鑽したい。
心配だったのはシルフェとファブの連携だったが、思ったより上手くいきそうだ。
ファブが大地の大剣を力任せに横薙ぎすると、クレイジーモンキー二匹の胴体を両断する。
辛うじて避けた残りの一匹の喉元を、シルフェが背後から伸ばした反魔の槍の穂先が貫いた。
因みにこの場合俺に経験値は入らない。俺は見ているだけだったから。パーティーで経験値を得る為には、戦闘にちゃんと参加している事が条件なのだ。
故に寄生プレイは出来ない。俺は元からするつもりもないけど、逆にされる心配もなくて安心した。
「ふぅ〜! この程度の敵なら、龍眼を発動させなくても問題無さそうっす!」
「油断は禁物ですよ? 外見が同じに見えて、レベルや質が桁違いに高い魔物や魔獣は存在しますからね」
「はいっす! グレイズ様の前で格好悪い姿は見せられないっすからね! 慎重にいくっす」
「次、右斜め前方から猿五匹が迫ってます!!」
「休む間もないっすーー、ねぇ!!」
ファブは樹木の影から突然攻撃を仕掛けて来たクレイジーモンキーの眉間を貫くと、そのまま右方向の猿の顎を蹴り上げる。
シルフェは冷静にファブの動きを先読みしつつ、真逆から襲い掛かった猿の喉元を突いた。
俺はゆっくりと二人の戦闘を見つめながら、先程倒した魔物の魔核と肉を
ーーなんか違和感があるな。
クレイジーモンキーは知能が高い。一匹でも仲間が殺られれば、直ぐ様増援を呼んで俺達を数で囲もうとするだろう。
それが小隊程度の数で休む暇なく迫って来る。多分、これは敵側の作戦かな。
「お前ら、気付いてるか?」
「えぇ!」
「勿論っすよ!!」
俺が問うと、二人は瞬時に親指を立ててサムズアップして来た。流石にこれだけ分かりやすければ気付くか。
だが、一応だよ? 念の為に聞いておこうか。
「二人の考えを聞かせてくれ」
「これだけ沢山の毛皮を売れば、我が家の家計が潤います!!」
「今日の夜は猿鍋っすよね!!」
「……」
確かに二人の言う事は正しい。だけど激しく方向性がズレてるね。まぁ、この程度なら良いか。
「行きます!」
「食いまくってやるっすよ〜!!」
樹木の合間から次の獲物が出てきた。シルフェの声に合わせ、ファブが駆け出した瞬間、俺の嫌な予感は的中する。
ーーズザァッ!
「えっ、何これ⁉︎」
「動けないっすよおおっ⁉︎」
まじかよ。枝を編んで格子状にした網を、地面の葉の下に隠して対象を捕獲する。所謂ブービートラップだ。
それだけでは終わらず、猿達は一斉に暴れる二人へ向けて、黒く丸い玉を投げつけた。ーー拙い!!
「
「「〜〜〜〜ッ⁉︎」」
ーードオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
爆発による熱風が離れた場所にいるここまで届く。咄嗟に風の檻で二人を衝撃から守ったが、正直俺も驚いていた。この猿達、もしかして『火薬』の知識があるのか?
「風の檻を解除。二人共、一度退くぞ!! 付いて来い!」
「「はいっ!!」」
網を引き裂く二人を横目に、俺は迷う事なく一度退く事にした。
想定していた戦闘と違うイレギュラーが起きた場合、そのまま進むのは愚の骨頂だ。
人質や時間制限、敵側の特殊条件がある場合はその限りではないが、今はその時じゃない。
三人で森を疾走すると、敵の気配が薄れたのをシルフェが教えてくれた。縄張りから出たんだろう。
「……シルフェ、クレイジーモンキーは以前戦った時にあの黒い玉を持ってなかったよな? 心当たりはあるか?」
「いえ、そもそも猿が武器を構えている姿すら見た事がありません」
だよなぁ。クレイジーモンキーは動物園の猿が一回り大きくなった程度で、基本的に攻撃手段は噛み付きか拳打しかない。稀に頭突きしてくるらしい。
厄介なのは敏捷性が高く、油断すれば痛い目に合うって位だ。
「あの〜! じっちゃんに聞いた話っすけど、猿系の魔物って実は頭が良くて、身の危険が迫ると人族みたいに知恵を働かせて強くなるって言ってたっすよ」
「それは分かってるけど、なんでいきなりって話だよ。そりゃ災厄が迫ってくれば俺達だって事前に備えるだろうけど、ーーもしかして俺達の知らない強敵が森を侵してる可能性があるのか?」
俺が顎をなぞりながら、あらゆる想定をして作戦を考え込んでいると、残念メイドと脳筋小僧がジ〜っと見つめて来る。
「何だお前ら? 言いたい事があるなら言え。俺達はパーティーだし、この世界の知識について俺は疎い。的を射てない意見だろうが、ヒントになるかもしれないしな」
話しやすくする為にちょっと和らげな笑みを浮かべてみると、シルフェが一歩前に進み出てメイド服の裾を摘み足を交差させて礼をする。
ふむ。中々様になっているなぁ。
「シルフェ、普通に意見を言え。『
「えっ⁉︎ それならそれで……コホン、何でもありません。恐れながら、猿達が進化に近い形で力をつけているのは、紛れも無い事実です。その原因について心当たりがございます」
「ふむ。教えてくれ」
「先程ご自分で仰っていたではありませんか。強敵が森を侵している、と」
シルフェの翠色の瞳が俺を真っ直ぐに見つめてくる。やっぱり成龍に近い何者かが、この森の生態系を狂わせているのかもしれないな。
「そうか……作戦を練り直す必要があるな」
「いえ、特にその必要性は感じませんが?」
「このままガンガン進めば良いっすよ!」
シルフェとファブが能天気にそんな事を言うものだから、溜め息も吐くわ。
「あのなぁ、未知の強敵がいるんだからもう少し緊張感を保てよ!」
「「…………」」
「ん? 何だその目は?」
「グレイ坊っちゃまは気付いてないのですか?」
「グレイズ様なら仕方がないっすねぇ」
俺はなんのことか意味が分からず、思わず首を傾げる。二人は目を細めて俺を凝視していた。
「グレイ坊っちゃまが、この森に棲む魔物にとっての脅威なんですよ」
「そうっす! 同じ森に住んでればグレイズ様の魔力を感じて猿達が警戒しても仕方がないっす!」
「……」
悔しいが成る程と納得してしまった。この森に住んで三年が経つ。確かに日に日に増していく魔力に魔物達が脅威を感じてもおかしくないな。
ーーそれにしても、火薬は一体誰の入れ知恵だ? 猿にもどうやら面白い奴がいるらしい。
会うのが楽しみだ。
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