第31話 『初めてのパーティー』 後編

 

「美味い! この丸い肉めっちゃ美味いっすよ、シルフェさん〜〜!!」

「お口に合った様で何よりです。坊っちゃまに指示された通りに腐っ、ーーいえ、様々な種類の魔物や魔獣の肉を組み合わせておりますからね」

「そのお陰なんすかね? なんだか身体の奥から力が湧き上がってくるっすよ!」


 俺達が食べている食事とは別にして、ファブには『ちょっとだけ傷みかけた肉』をミンチにして、ハンバーグを作る様に指示を出した。


 シルフェが若干呆れていたが、ファブの有している『捕食』、『内臓強化』のスキル。そして『大食漢』の称号を知っているので、文句は無いみたいだ。


 うちのメイドは節約のすべをしっかりと心得ている。


「さて、それじゃあ食べながらで良いから聞いてくれ。シルフェもこっちに座って一緒に食事を取ろう」

「はい。失礼致します」

「うまぁ〜! この肉美味いぃ〜!!」

「ファブ、好きに食ってていいから少し黙って話を聞け」

「……」


 ファブはモグモグと咀嚼しながら、頭を上下させて頷いている。シルフェは静かにスープを味わいながら、俺の声に耳を傾けていた。


「まず、俺達のこの魔陰の森における第一目標は、カティナママンが『神の霊薬』を少しずつ溶かして飲む為に必要な『霊水』だ。これだけは絶対に手に入れなきゃいけない」

「はい」

「ひゃいっふ!」


 落ち着いているシルフェは良いとして、ファブは肉を口一杯に頬張りながら喋るな。


 徐々にマナーも教育しようかな。


「続いて第二目標が、この森の最奥にいるダンジョンボスの討伐だ。シルフェは情報を持ってるんだよな? 聞かせてくれ」


 俺が視線を流すと、シルフェは収納空間アイテムストレージから一枚の羊皮紙を取り出した。何だろう?


「この地図は魔陰の森にいる魔物と魔獣の生息地と、瘴気の濃い場所を記してあります。そして、この場所が私達の目指す場所です」

「……続けてくれ」

「ほむほむっす!」


 シルフェは地図を広げると目的地を指差した。ご丁寧に縮尺まで載っており便利だね。問題は何で今まで俺に見せなかったのか、ってとこだけかな。


 理由次第では『水流竜巻アクアトルネド』の出番だ。


「大体私達のいる場所から南西に二十キロ程行った場所にある『霊力の滝』に、魔陰の森のダンジョンボスである水精ナイアドがいます。ただ、その前にここから先はクレイジーモンキー達の縄張りになっていて、中ボスのグッドクレイジーモンキーがおり、進路を妨害してくるでしょう」

「なぁ、我が家が無事なのは神龍パパンの結界のお陰なんだろ? 何で森の瘴気や魔物を排除しなかったのか知ってるか?」


 俺は違和感を覚えてシルフェならば知っているかと思って聞いてみた。すると、予想もしていなかった返答が返ってくる。


「おそらく私達の成長の為でしょう。この魔陰の森は低レベルな魔物から、高レベルの魔獣まで上手く生息しており、訓練にはぴったりです。いつだったか巫女様が言ってましたよ」

「成る程。確かにその通りかもなぁ」


 俺は納得してしまった。神龍パパンは俺に強くなって欲しいって言ってたしな。なら、息子として応えるしかないか。


「とりあえず、向かうべき場所は分かった。明日からはクレイジーモンキーを駆逐しながら、その中ボスとやらを狩ろう」

「はいっ!」

「グムッ⁉︎ ゲホッ! ゲホ、ゲホッ! 分かったっす!」


 返事をしようとして咽せているチビ助は放っておいて、俺は収納空間アイテムボックスから『大地ガイアの大剣』を取り出した。


「ファブは前衛として、この大剣を使え。龍眼は消耗が激しいから、いつ襲い掛かってくるか分からないグッドクレイジーモンキーの為に温存しておく。スキルに剣術があったから使えるんだろ?」

「……これはアズバンおじさんにじっちゃんが与えた剣っすね……」


 俺が大地の大剣を差し出すと、ファブは珍しく瞳を伏せて何か考え込んでるみたいだ。鑑定を発動して大剣を見ると、ファブには正直勿体無いとさえ思える。


大地ガイアの大剣:自動修復(大) 特級上位】


 だが、俺は大剣なんて使わないし、売った所で金も得られない。これも実験の結果だが、『俺が所有していたアイテム』をシルフェに売らせてみると、驚くべき現象が起きた。


 悲しすぎて目が潤むので、あの事件の事は酒を飲める様になったら語ろう。


「俺は使わないし、貸しにしておく。その大地龍の籠手は間違いなく強力だが、お前が本当に強くなりたいなら今は黙って受け取れ」

「……一つだけ教えて欲しいっす」

「何だ?」

「アズバンおじさんは、おいらに剣を教えてくれた事もある尊敬すべき人でした。あの方の最後は勇敢でしたか? 少しでも、グレイズ様が胸を踊らせる様な戦いを繰り広げられましたか?」

 口調を変え、縋るような瞳を向けるファブはまるで別人だった。これが『地』の縄張りの龍王の孫としての姿なのかもしれないな。


 ーーそれなら俺も、『神龍の後継者』として礼に応えよう。


「アズバン・ダイナスは非常に残念ながら未熟だった。先程のファブと同様に俺は興醒めし、はっきり言って、この程度かと失望した」

「…………」

 顔を真っ青にするファブを見つめながら、俺は言葉を続ける。


「だけど、良い戦士だったよ。決してカティナママンに邪な想いを抱いたり、傷をつける事もなかった。俺に激怒していたのも、仲間の亡骸を粗雑に扱われた大将としての矜持からだろう。その点については俺も詫びる」

「……あ、あぁあっ」

「ごめんな、お前の仲間を殺したのは俺だ。だからお前には復讐する権利がある。いつでも殺すつもりで掛かって来いよ」


 俺がそっと肩を叩くと、大剣の刃に額を預けて俯いていたファブは、顔を上げて号泣しだした。


「おいら、そんなつもりじゃぁ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」

「……シルフェ、後は任せた」


 俺は土下座しながら泣き喚くファブを一瞥して背を向けると、焚き火を後にして簡易小屋の中へと入った。

 シルフェに任せたのは、あいつなら同胞を殺された者の想いを理解してやれると思ったからだ。


 ーー俺には、その感情が理解出来ない。


 カティナママンが殺されたら、俺は転生神ボウヤースが危惧していた様に、この世界を破壊し殺戮の限りを尽くして死のう。シルフェがもし誰かに殺されたら、その敵の親族まで殺し尽くしてやろう。


 だから無理だ。俺はファブが何で俺の側にいるのか理解出来ないし、油断もしない。俺に本当の意味での殺気を向けたら、躊躇なく殺す。


「シルフェが上手くやってくれる事を願うか。同じ子供同士だしな」


 俺は簡易小屋に入ると土製の天井を見上げて呟いた。そして、最悪の想定をする。


 ーーファブを殺して大地龍と事を構えるには、まだ実力が足りない。穏便に済ませてくれよシルフェ。


 __________


 朧がこの場に居なくなったのを確認した後、シルフェはゆっくりと口を開く。嗚咽を漏らしながら蹲るファブの、背中をさすりながら。


「ねぇ、ファブ? 貴方は地の縄張りに帰った方が幸せになれると思うよ。グレイ坊っちゃまはね、きっと私達の予想なんて及ばない位に凄過ぎる人になるから」

「じゃあ、なんで……シルフェさんはあの人の側にいるんすか? いや、いられるんすか⁉︎」


 ファブの純粋な問いに対して、シルフェは頬を染める。少しばかり横に顔を逸らしながら、小声で呟いた。


「……からだよ」

「ーーえっ? 何て言ったっすか??」

「わ、私を好き勝手に使ってくれるからよ! グレイ坊っちゃまはね、まるで虫を見るみたいな目でお仕置きをしてくれるの! 私がわざと魔獣を逃して罰を待ち侘びてるとね、坊っちゃまってば凄い冷酷な気を放つの。私これでも『風』の縄張りの姫なのに虫よ⁉︎ あの時ばっかりは虫扱いなの!! 凄いの、凄すぎて漏ら、ーーコホンッ。えっと、何でもありません」

「…………」


 ファブは興奮して目を血走らせながら身を乗り出すシルフェを見て悟った。絶対にこうはならない様に自我を保とうと。人が壊れるとこうなるのか、と。


 素知らぬふりをしながら、会話を続ける。


「今の話は聞かなかった事にして、一つお願いがあるんすけど良いっすか?」

「何でしょう? 今の話を黙ってられるなら、聞いてあげても良いですよ」


 シルフェはコテンっと首を傾げる。ファブはずっと気になっていた事を聞く為に、一度深呼吸した。


「シルフェさんはグレイズ様に『魂の石版ステータス』を見せてないんすよね。おいらにも見せれないっすか?」

「え? ん〜、ファブになら別に良いですよ。ただし、見た内容をグレイ坊っちゃまに話したら、ーー殺すけどね」

「……こ、殺されたくはないっすから、じっちゃんの名にかけて黙ってると誓うっすよ」

「本当に話したらどうなっちゃうか分からないから気をつけてね? 絶対だよ?」

「そこまで言われると、逆に見るのが怖いっすよ……」


 その後、ファブはシルフェの『魂の石版ステータス』を見て、朧に抱いていた以上の恐怖を覚える事になる。


 翠色の瞳をパッチリと開くと、ポニーテールとメイド服を翻しつつ、鼻元に人差し指を当てて『シーッ!』っと微笑む九歳の少女は、とても可愛いがしたたかなのだと、大地龍の孫は知った。


 翌日の朝、ファブは早起きして、寝惚けたオボロに土下座しつつ、どんな命令も聞くから鍛えて欲しいとあらためて自らの意思を伝えた。


 シルフェはその光景を、朝食の準備をしながら温かく見守っている。


 ファブの真横には『大地ガイアの大剣』が突き刺さっており、朧は目元を和らげながら願いに応じる事にした。ーー全ては狙い通りなのだが。


 こうして、本当の意味で『パーティー』は結成されたのだった。

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