第25話 クラインベイビィ。
ーーかの者が斬った敵、血を流さず。
ーーかの者が斬った敵、死した事に気付けず。
ーーかの者は人に在らず。故に殺気を放ち相対した者、生きること
「ごめんな覇幻。今の俺の小さな身体じゃ、お前を巧く振るってやれないのに……」
俺が小さな溜め息を漏らすと、鞘に戻した愛刀が熱を放った気がした。「問題ない」、そう言われている様で思わず胸が熱くなる。
敵の指定してきた場所はギルムの里から西にある、元々コボルトの群れが住んでいた自然の岩の砦だ。
犬型の魔獣であるコボルトは知能が高く、決して一匹で行動はしない。
見た目は短い角の生えた只の野犬だったが、統率力は元の世界の犬に比べて突出していた。
その砦ともなれば、様々な設備は整っているだろう。奴等は時にゴブリンなど手先が器用な魔獣を従えて竜人の子供を攫う事があると聞く。
鉄製の牢くらいあってもおかしくない。
「問題は敵の数と、ママンが捕らえられている場所か……」
敵は俺の事を多分知っている。調べている。ならば、決して赤子だと侮る事はないかもしれない。
ーーまぁ、関係ないか。
どんな敵が待っていようと殺す。カティナママンに手を出した時点で、お前らは
__________
時を同じくして、カティナは息を乱しながら木製の椅子に座っていた。鉄製の牢を挟んで、一人の『龍人』と相対している。
『成龍の儀』を超えて、龍へと成した者が人化した姿。
それが竜人とは異なる存在、龍人だ。故に紛れも無い強者であると悟ってしまう。
「どうして突然こんな真似をしたのですか? これは
声を張り上げるカティナへ向け、男は掌を翳して言葉を制する。
「……我等は既に覚悟を決めている。大地龍様はハッキリと仰った。神龍の後継者が『
カティナはその言葉を受けて、『地』の縄張りから来たであろう龍人へ戸惑いを見せてしまう。
自らの寿命が尽きた後、朧が暴走する可能性を以前から考えていたからだ。
「確かにグレイにその選択をさせない事が、私の最期の仕事だと考えていました。でも、そんな想いが無駄であると諭される程にあの子は賢い子です。きっと、将来は立派な後継者へ育ちます!」
「親馬鹿の戯言を聞いて、はいそうですかと退ける位の覚悟ならば、我等はこの場におらぬよ」
カティナを見つめる龍人の眼差しはとても澄んでいて、佇まいは一流の武人そのものであり、自らの腕に誇りを抱いているのだと伝わった。
「……」
カティナはそれ以上に言葉を発せず、押し黙る他ない。瞼を閉じて願うのは朧がこの場に来ない事。
どうせ自らの寿命は短く、このまま攫われたとしても先は無いのだから。
抵抗しようとしても肉体に力が入らない。残された魔力と龍気も全盛期の十分の一程度。
眼前の鍛え上げた成龍に対して、如何程もダメージを与えられないだろう。
カティナ自身も龍人だが、出産で失われた力は思っていた以上に大きかったのだ。
(最後にグレイちゃんと一緒に寝たかったなぁ……シルフェ、後の事は頼みますよ……)
カティナは体内の魔力を龍気と融合させて暴走、ーー即ち自決を図った。
だが、それすらも読まれていたのか、牢屋内に控えていた見張りの竜兵から布を口元に当てられた瞬間、視界が霞む。
予め、強力な睡眠薬を染み込ませていたのだ。
「やはり、巫女はダイナス様の仰る通りに自決の道を選びましたね。このまま牢で寝かせておきますか?」
「そうだな。引き続き見張っておいてくれ。くれぐれも丁重に扱う様に心せよ」
「はいっ! 勿論です!」
「誇り高き巫女よ。今は眠れ」
ダイナスと呼ばれた戦士は牢屋を後にすると目を細めた。元々望まぬ戦。尊敬に値すべき神龍の巫女と、その子を殺さねばならぬ葛藤は凄まじい。
「
小さく漏らした呟きは、誰に聞かれる訳でも無かった。
そのまま
コボルトを殲滅して手に入れた砦。部下は丁度十名。だが、ダイナスは己一人で任務を全うした後、自害する決意をしていた。
(神龍様の怒りを受けるのは、自分一人で良いさ)
地獄の業火に堕ちようとも構わない。それ程までの龍人の覚悟。誇り高き戦士としての矜持。
ーーそれらは全て、たった一人の排除対象であった赤子に淘汰される事となる。
___________
「ふむ。大将を含めて十一名か……」
俺は岩陰に隠れ潜みながら砦の様子を観察した。
ボコボコとした岩の不出来な作りが、余計に攻め辛い。所々に岩が突き出ている為、隠れ潜む場所が多いからだ。
それでもこちらには『知恵の種子』を使った鑑定がある。詳細は分からないが、名前とレベルの表示である程度の数と居場所は測れた。
【アズバン・ダイナス Lv64】
大将格の敵は間違いなく格上だ。このレベルだと、恐らくカティナママンと同じ成龍である可能性が高い。
授業で習った通り、竜人が『龍化の法』を身に付けるのと同じく、龍人は『人化の法』を覚えているみたいだ。
「ふ〜、はぁ〜、ふ〜、はあぁ〜」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それを何度か繰り返して、緊張を解しつつ気を練った。
魔力はいつでも発動出来るし、右手に握った覇幻からここ三年の内に失った神気が流れ込んでくる。
「何でだろう。やっぱり覇幻を握っていると落ち着くな」
俺は覇幻を取り上げられた事によって、神気を補充出来なかった。
つまり、魔気融合で失った神気は時間が経つにつれ、消費されていったのだ。
その力が体内を巡った時、懐かしい感覚を取り戻していった。
「なんだ……そういう事か」
身体が小さいとか関係なかったんだ。ただ単純に、俺は覇幻をハースグランに転生してから一度も握っていなかった。
それにより神気を失って、徐々に体内の気が乱れてたんだ。
ーーヒュンッ!!
「居合いは少し難しいけど、確かにお前の言う通り斬る分には問題なさそうだな」
覇幻を宙に向けて一振りすると、俺の呟きに応えて刀身が一瞬煌めいた。あぁ、とても良い気分だ。
ーー本当に、シルフェがいなくて良かった。
「試してみるか。『
今の俺が得意な魔法の系統は『風』と『水』。それを複合して『風氷』の上位魔法を天の羽衣に纏わせると、ヒラヒラと靡いていた羽衣は、冷気を振り撒きつつ薄く透明な硝子の様に変化した。
「……貫け」
砦の入り口の大岩目掛けて命令する。両肩口から羽衣が伸びると、一瞬の内に大岩を格子状に細切れにした。うん、まぁまぁ使えるな。
続いて右手を翳すと、『魔力』と『神気』を融合した『
俺の周囲に上下左右合わせて凡そ二百本近い矢が整列し、一斉に弾丸の如く砦へ放たれた。
一本一本の矢尻に嵐の特性で『螺旋』の効果が付与されており、その貫通力は砦の岩を容赦なく貫いていく。
ーーうん、敵兵五名撃破。
「敵襲か⁉︎」
「一体どれだけの人数がーーグェェッ!」
慌てて外に飛び出してきた二体の竜兵の首を天の羽衣で絡めとり、俺は瞬時に上空へ飛んだ。
身動きも取れずにジタバタと悶えている男達の両腕を覇幻を振り下ろして斬り落とすと、顎を掴んで宣告する。
「お前らは俺を怒らせた。俺を攫う目的と、残りの仲間の数。アズバン・ダイナスのスキルを一分以内に思いつくだけ吐け。二十秒毎に命を削る」
締め付けを少しだけ緩めて口を割りやすい様にしたが、どうやら無駄みたいだ。目を見れば分かる。こいつら、ただの賊じゃないな。
「……殺せ」
「我等は大地龍様より遣わされし竜兵だ。元より死を覚悟した上でこの任務に志願した」
覇幻の刃に喉元を捉えられた竜人達からは、何故か諦めにも近い感情を覚えた。
でも関係ない。戦場では良くある事だ。
ーー戦を望まぬ兵士に罪は無いのか?
否。断じて否だ。これ程迄に洗練された竜兵が、他者を斬った経験が無いとは言わさない。お前らは俺を殺そうとした。
だから、決して同情はしない。
ーーザンッ!
切断された首が空から地面へ落ちる。その行く末を見つめていた視線の先にアズバン・ダイナスが立っていた。
俺はゆっくりと大地に降り立ち、アズバンの部下の死体を風魔法で放り投げる。
「まだ部下は残ってる筈だけど、堪え切れなくて大将自ら出て来たか?」
「……先程まで、心から貴殿と巫女様に申し訳ないと心中で詫び続けていた。ーーそれが間違いとも知らずになぁっ!!」
「あぁ。お前達が単なる賊でないのは分かったけど、ーー関係ねぇな」
「悪鬼め。やはり大地龍様の仰る事は正しかった!! 『
今回の件は『地』の縄張りの龍が原因か。こいつ、口が軽いにも程がある。多分脳筋なんだな。
言うだけ言って龍化しようとするアズバンを前に、俺は腰を深く落とす。
「カティナママンは無事だろうな?」
「あぁ。巫女様の身の安全は保証する。大人しく死ぬが良い」
「安心したよ。ーーそれより良いのか? 隙だらけだぞ?」
とっくに前脚を両断したんだけど、こいつ気付いてないのか? 『痛覚遮断』とか特殊なスキルでも発動してるのかな?
良く変身シーンとかを待ってるアニメとかあるけど、攻撃しちゃだめなんてルール無いよね?
「グアアアアアアアアアアアッ! 一体いつの間に脚を⁉︎」
「……マジで気付いてなかったんかい」
十メートル程の成龍へと巨大化した瞬間に、前脚がズレ落ちてアズバンは地面に伏せる形になった。
俺は縮地で一気に首横へ疾駆すると、覇幻を縦に一閃する。
何だろう。レベルだけ見るともっと苦戦しそうな相手だったのに興醒めした。
「
俺は振り向きざまにそう呟くと、ちょっと背伸びして覇幻を鞘に仕舞った。ここにもう用は無い。
砦の内部に進むと、残っていた竜兵が襲い掛かってくる。
「斬り刻め」
俺が小声で天の羽衣に命じると、凄まじい速度で敵を細切れにした。容赦無いなと思いつつ、小さな欠伸をする。
今回はちょっと力を使いすぎた。眠い。でも、もうちょっとだけ頑張るんだ。
この先からカティナママンの反応があるからね。岩の階段に沿って進むと、地下に予想通り鉄製の牢屋が見えた。中を覗くとママンがテーブルの上で眠っている。
何で寝ているのか分かるんだって? 赤ちゃん舐めんな。どんだけママンの寝顔と胸を視姦してると思ってるんじゃい。
俺は覇幻を横薙ぎすると、牢の柵を斬り裂いて中に入る。
「無事で良かった。一緒に帰ろうママン」
風魔法を発動させると、俺は敢えて眠ったままのママンを連れて砦を飛び出した。起きたらびっくりさせるんだ。
去り際に一度だけ下方に目を向けると、そこには巨大な成龍が微動だにせずに伏せているだけだった。
「ゆっくり眠りな。これからもママンに手を出す阿呆がそっちに向かうから、寂しくはないさ」
__________
ーーズルズルッ!
朧がその場を去って数日が経った後、アズバンの首は風雨に晒されて地面へ落ちた。
自らが斬られた事に気付きもせずに死した成龍は、そのまま砦周囲に隠れ潜んでいた森の魔獣、コボルトの餌と化したのだった。
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