第24話 『神の霊薬』 後編

 

「ホンッとにすんませんでしたぁっ! ほら、シルフェもこっちに来て一緒に頭を下げなさい!」

「ふぇっ? えぇえ?」


 俺は困惑するシルフェを手招きすると、額を地面に擦り付けて土下座した。プライド? 僕赤ちゃんだからわかりまちぇん!


 カティナママンの為なら、頭なんて幾らでも下げるっつの。


「その変わり身の早さ…………うん。跪け愚民共」


 転生神からモナリサと呼ばれていた銀髪天使のフードは、『風氷の大剣アイスブレイド』の一撃で捲れていた。


 俺の豹変ぶりに一瞬驚いていたみたいだが、何やら考え込んだ後に状況を把握したらしい。

 無表情で無愛想なイメージだったが、意外にもノリが良いな此奴。


「それで、モナリサさんーー」

「ーーさん、じゃない。モナリサ様と呼べ愚民」


 我慢、我慢だ。シルフェ、俺のこんな姿をそんな無垢な瞳で見ないでくれ。というよりなんか口元緩んでない? 笑ってる訳無いよね? 俺の気の所為だよね?


「も、モナリサ様。それで、一体『神の霊薬エリクシル』とは何なのでしょうか?」

「何なのでしょうか? 無知で愚鈍な私めにお教え下さいませモナリサ様、でしょう? はい、やり直し」


 これ程覇幻を握りたいと思ったのは久しぶりだぜぇ。だが、今は我慢だ。まずは転生神の目的を聞き出す。俺はやれば出来る男。我慢出来る赤子なのだ!


「む、無知で愚鈍な私めにお教え下さいませ。お願いしますモナリサ様!」

「良かろう。まずはこれを読むと良い」


 ーームギュッ。


 モナリサは土下座する俺の目の前に一枚の手紙を落とした。すると、よりにもよって俺の背中に座る。


 幼児虐待って知ってます? 天使だからか大して重くないし、尻の柔らかさが伝わってちょっとご褒美何ですけど?


「グレイ坊っちゃま……プライドって言葉……」

「シャラップ! 今は良いの! そういうのより大切な話をしてるんだから黙ってなさい! 出来たらこっち見ないで!」


 シルフェは『ゔわぁ……』って感じの擬音が見えそうな程ドン引きしていた。決してエロい心など無いし、勘違いしないで頂きたい。君達は三歳児に何を求めてるの? 寧ろこっちが引くわ。


「んで、この手紙はボウヤースからか。ふむ。何々……?」


 俺は手紙に一通り目を通すと、背中に乗ったモナリサへ感謝を告げる。


「流石は神様って認めるしかないか。今回の件に関しては、正直感謝しかない」

「……素直でよろしい。元爺とはいえ、殊勝な心掛けは大切」


 頭を下げる俺の後頭部を背中から一撫ですると、モナリサは屈んで目の前で一瞬だけ微笑を浮かべていた。いつも笑ってれば、もっと可愛いのにな。


 ちなみに、手紙の内容はこうだ。


 __________


 朧君へ。


 異世界ハースグランの転生生活を満喫しているようで良かった。

 赤子に戻った事と、何より親に恵まれたね。


 元の世界に居た頃よりも、活発そうで何よりだ。ネットがないからしょうがないのかな?


 私自身も神域から見ていて楽しいし、このまま幸せな生活を送ってくれるのならば、と思っていた。

 でも、君は選択を間違えようとしたね?


 神龍の後継者たる神格を得た君が、一度でも『深淵龍アビス化』を意識すれば、世界はそれを見過ごさない。


 魔なる者は君を引き摺り込もうと蠢き出し、聖なる者はそれを阻止すべく行動を開始する。


 空中都市パノラテーフの龍達は、君を殺そうと動き始めるだろう。


 そして、既に賽は投げられた。


 この『神の霊薬エリクシル』は最初で最後の僕からの慈悲だ。特に対価は求めていないが、出来るならこの三年の内に間違った道へ進んでしまいそうな勇者を導いてくれると嬉しい。


 ーー立花奏タチバナカナデはとある国で偏った正義感を植え付けられて、暴走している。


 ーー未鏡葵ミカガミアオイはある事件から人族ではなく、魔族側についてしまった。


 ーー土井拳人ドイケンジンは武の極みを求める余りに、自らの力に酔ってしまった。強者であれば挑む半狂人と化している。


 ーー結衣菜ユイナは唯一幸せそうに食っちゃ寝しているよ。ただ、世界と関わらない様に僕でさえ予想しない方法をとってしまった。


 彼等は今はまだ、世界の理を覆す程の力も影響力も持たない。君の人生において、優先順位は好きに決めてくれて構わないから、気まぐれ程度に覚えておいて欲しい。


 では、この手紙を読んだ後、君が最良の選択をする様に祈っている。


 あ、そう言えば一つだけ内緒にしているサプライズがあるんだ。楽しみにしていてね。


 偉大なる転生神より。


 __________


「あの馬鹿ユウシャ共の事も、将来的に何とかしてやらなきゃな」

「今回、私達が力を貸したのは特例中の特例だと思って欲しい。それ程に、朧が『深淵龍アビス化』するのは防がねばならない」

「良く分からないけど、そんなにアビスってとんでもない存在なのか?」

「……実際に目にすれば分かる。アレは神や天使をも喰らう、この世界においての異物だよ」


 無表情なモナリサの内に隠された感情を俺は理解出来ないが、確かに現時点で神格を二つ有している俺が『深淵龍アビス化』すれば、とんでもない化け物になるのかもしれないな。


 ーー正直、まだ神格スキルさえ発動した事ないからよく分からん。


「とりあえず、『神の霊薬エリクシル』を渡してくれ。それは俺にとっての希望だ」

「……一つだけ、誤解の無いように伝えておく。朧の母であるカティナの寿命を伸ばす事は出来ても、それは数年だよ」

「ーーーーハァッ⁉︎」

「本当ならもう直ぐカティナの寿命は尽きる。でも、そのままじゃあ朧は暴走するでしょう? これは、延命措置ではあるけれど、天命を覆す様な奇跡では無い」


 俺とシルフェの目が途端に鋭くなる。だが、たった一つの情報でさえ聞き逃さない様に意識を集中させていた。


 カティナママンが弱っているのは明らかだ。今は藁にも縋りたい。


「この『神の霊薬エリクシル』以上の治療薬は少ない。だが、存在しない訳じゃない。助けたいのならば、自らの力で探し出すしかない」

「転生神やお前にも、探し出すのは無理なのか?」

「神格保有者。つまりその中から神に至った者であろうと適正がある。転生神様は治癒に特化した神じゃない。ここまで言えば分かる?」


 成る程。俺が武神兼、貧乏神に愛されている様に治癒を重きにおいた神に愛されている者も居るわけだ。

 そいつの保有する神格スキルならば、カティナママンを救える可能性が生まれる訳か。


 俺はシルフェと視線を交わし、力強く頷き合った。ボンヤリとした道筋に光が灯る。これだけでどれ程感謝しても足りない。


「ありがとう。必ず御礼をすると転生神ボウヤースに伝えてくれ……意外にいい奴だったんだな!」


 俺が爽やかに感謝の意を述べると、銀天使モナリサはいやいやと顔の前で掌を振った。凄い嫌悪感に満ちた表情をしている。


 なんでこんな時だけ、そんなに感情を露わにしてくれるん?


「いや、朧がキチガイなだけ。知ってた? 『魔気融合』ってこの世界ではかなりの禁術なんだよ。大国とか魔族で遥か昔から人体実験される位に危ない技なんだよね。生存率って確か千人中三人位じゃない? その生き残った人も廃人になるとか? あんなの産まれたての赤ちゃんから始めて頭痛いとかで済んでるって、化け物通り越してちょっと気持ち悪いよ。そりゃあ、偏った変なステータスになるよね」

「…………」


 何だろう。いい雰囲気で終わりそうだったのに、台無しにしてくれたよこの野郎。


 そのまま俺に『神の霊薬エリクシル』を手渡すと、モナリサは無表情のまま、もう用は済んだと言わんばかりに俺達の前から消失した。


 ギルムの里の中央通りに戻った俺は、緊張が解れて小さな溜め息吐く。

 でも、一刻も早くカティナママンの元へ戻ろうとシルフェの手を握って駆け出した。


「シルフェ、しっかり捕まってろよ!」

「はいっ!」


 街の外壁の門を抜けたら、一気に風魔法を発動して空中へと飛ぶ。


 話を聞いて半信半疑だったシルフェも、カティナママンを救う手立てなのだと理解すると、テンションが上がっていた。


「きっと、巫女様も喜ばれますね!」

「あぁ、俺も嬉しいさ!」


 でも、俺達は家に戻った瞬間に固まり、ブルブルと認め難い怒りに震える。ご丁寧に伝言付きだったよ。


 ボロボロに破壊された入り口の扉を抜けた先、見慣れた木製のテーブルに刺された安物の短剣を抜き去ると、一枚の羊皮紙を俺は手に取った。


『巫女は預かった。息子の身柄と交換で解放すると約束しよう。一人で指定された場所へ向かわせろ』


「坊っちゃま……巫女様が拐われる程の手練れを相手に一人では……」


 俺は羊皮紙を握り潰すと、どうしたら良いか分からずに戸惑うシルフェを椅子に座らせる。


「お前はここで待ってろ。俺が片付けてくる」

「で、でも! 私はお二人を守る為にーー」

「ーー黙ってろ!! 未熟なお前に何が出来る⁉︎ さっき自分から言っていただろ? ママンを拐える様な手練れを相手に、お前に何が出来るんだよ⁉︎」

「それは……」


 俺が怒声を上げると、シルフェは哀しげに瞳を伏せてしまった。

 冷静じゃないのは俺の方だ。分かってる。十分に理解した上で、絶対に彼女を連れて行く訳にはいかない。


 ーーきっと俺は、シルフェを怖がらせてしまう。


「すまない。でも俺を信じて待っていてくれ。必ず二人で無事に帰る」


 シルフェは申し訳無さそうに唇を噛むと、静かに決意したみたいで勢い良く顔を上げた。


「はい。私は未熟なメイドですが……仕えるべき主人を信じております!」

「あぁ、それで良い。ならば武人としてお前に初めて見せよう。これが俺の愛刀だ!!」


 ーー俺の声に応えろ! 『覇幻」!


 次の瞬間、鞘から抜け出た刀身が勝手に天井を貫き破壊すると、俺の右手へ慣れた感触の柄が添えられる。


「久し振りに暴れるぞ相棒。俺達に仇なす敵を、ーー殲滅する!」


 カティナママンの胸に指一本触れてみろ。


 お前らに地獄へ落とすなんて生温い程の絶望を味わせてやる。

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