第23話 『神の霊薬』 前編
俺は正気に戻ったシルフェが川で洗濯するのを終えるまで待ち、その後ギルムの里へ向かっていた。
カティナママンに頼まれた野菜類の買い出しと、食べきれない魔獣の肉を肉屋へ卸す為だ。
なので、肉などを入れたままにしておくと普通に腐るのだ。収納出来る量は魔力量に依存する。
ちなみに二歳になった頃、いつのまにか覚えてました。この世界だと使えるのが当たり前だと知って、ちょっとガッカリした。
シルフェと狩りをすると毎回大体二十匹以上の魔物や魔獣を狩るので、我が家では正直食い切れない。
日頃の感謝も込めて、バウマン爺にも届けなきゃな。
「うぅ……パンツが冷たいですぅ」
「自業自得だ。何が武装メイドを舐めるなだよ。カメラがあったらお前の人生を終わらしてやるぞ」
「か、めら? 新しい魔法ですか?」
「……気にしなくていい。小娘はひたすら腕を磨け」
「またそうやって子供扱いして! 坊っちゃまだって、まだまだちびっこなんですからね!」
「馬鹿シルフェめ。俺は某戦闘民族のスーパーベイビーだ。それにあと三段階『変身』を残している」
「な、何それ⁉︎ 格好いいです!!」
「フンッ。精進していればいつか見せてやろう」
地球の常識を伝えるのは難しい。だけど科学が進歩していない分、魔法が発達したハースグランは可能性に溢れていた。
必要なのは閃きに至るまでの知識だ。でも、
俺に掛けられた貧乏神の呪いは、そんなに甘いものではないのだ。
例えば俺が商人にアイデアを与え、商会を大きくしてマージンを得たとする。すると、瞬く間に商会は不運に見舞われて潰れるのだ。
倉庫は燃え、金庫は奪われ、店主は夜逃げした。
ーー既にもう試したから間違いない。あの夜は泣いたなぁ。
「おや、シルフェさんじゃないですか。今日は買い物ですか?」
「えぇ。奥様に頼まれた食材を買いに来たのと、余った魔獣の肉を売りに来ました」
「それはありがたい。我が家の食事も今夜は豪勢になりそうだ!」
「ウフフ。期待しても良い程度の量は用意してございます」
検問をする兵士に相対するこの子は一体誰なんだろう? なんで、この社交スキルを俺相手に活かせないのか謎すぎるよ。
因みに俺は『闇隠龍のマント』を羽織り、真横に立っているだけだ。この装備は俺という存在自体の認識を阻害する。
つまりは見えないのではなくて、その場に何かがいるという事さえ脳が理解しないのだ。
暗殺者にこの装備が渡ったら大変な事になるな。気をつけよう。
普段は
最初に向かったバウマン爺の敷地には、相変わらず広い庭に失敗作が無残に放置されている。
勝手にボロボロの家の中へ入ると、リビングで腹を丸出しにしていびきをかいて寝ていたので、伝言を残して肉だけ放置していった。
よくこれだけの腕の職人が、無防備に放置されているものだ。でも、紛れもなく強者。心配は無用だろう。
続いて肉屋へ向かうと、シルフェはまるで貴族や大商人を迎えるかの如き歓待を受けた。ここ二年あたりで培った信頼は相当なものである証だ。
しかも、俺達の売値は相場より安い。その代わりにこの肉屋には一つ誓約を設けた。
「しっかりと約束は守ってくれていますか?」
「はい! 我が『風の幼女』商会は、シルフェ様と交わした約定に基づき、安く卸して頂いた肉を貧困に喘ぐ民にも渡るべく、破格の値段で売り捌いております!」
「それなら良いのです。他の商会の方へ不快な想いをさせないよう、ご配慮くださいね」
「勿論です。他の肉屋が潰れないように富裕層向けの肉の取り扱いは任せており、彼等も感謝しております。特にビビリーラビットの肉は、ギルムの里でも誕生日を祝う為の必需品として人気を博しておりますよ」
うん、ここまでは狙い通りだ。なぜ俺が表立って動かないのかって? この商会が潰れてしまうからだよ。
あくまでアイデアを与えて、其の者や周囲が儲かる分には貧乏神の影響はない。
この場合、シルフェを矢面に立たせる事で俺には一切金が入らない。だから問題ない。全然大丈夫なのさ。
ねぇ、知ってた? 涙ってしょっぱいんだよ。それを通り越すと、血の味がするんだ。
「それじゃあ、また十日後に来ますね」
俺は無言のままシルフェの後に続いて商会の出口へ向かった。様々な者が感謝の意を込めて頭を下げる。シルフェは軽く掌を振りながら、微笑みを向けていた。
ーー何かがおかしくて、間違っている気がする。
そう思ってしまう俺は心が狭いのだろうか? 否、俺の心は大海の如き広さを誇り、決して苛立つ事なんて有り得ないさ。
「良かったですね。みんな坊っちゃまに感謝しておりましたよ。私もメイドとして気分が良いです」
「そうだね。シルフェはみんなに感謝されて、そりゃあ気分が良いだろうね……」
「ーー?? 一体どうしたんですか? もしかして、お腹が減ったんですか?」
「……大丈夫。帰ったらママンのおっぱい飲むから我慢する」
俺が拗ねていると、シルフェは困った様な顔をした後、何かを閃いたのか走りだした。
「ちょっとここでお待ち下さい!」
「おい! 一人で離れるな! ってもういねぇ」
馬鹿だな俺。あんな小娘に心配かけさせてどうするんだよ。別に金が無くたって、今の生活がずっと続けば良い。
家の中は笑顔に溢れていて、俺は前世と違って満たされてる。知らない誰かを殺さなくていい。人間同士殺し合わなくていい。戦場で泣かなくていい。
覇幻を殺戮の道具にしなくていい。
ーー俺の腕と力は、家族を守る為にあるんだ。
緋那も地球で元気でいてくれると良いな……彼氏の浮気が判明して散々泣いた後、ゴリラ並みの力でボッコボコに半殺しにした挙句、警察に捕まったのを政界の上層部に弱みとして握られ、檻から出されるものの、もう恋なんてしないなんて言いながら戦場に放り込まれると……尚更いいなぁ。
我が娘がいつか目の前に現れた時、般若と化していたら嬉しい。まぁ、異世界だし有り得ないよな。
「お待たせしました坊っちゃま!! こちらをどうぞ!」
「ん? おぉ、何してるのかと思ったら、鳥串を買ってきてくれたのか」
「家に帰るまでまだ時間もかかりますし、小腹を満たす程度には良いかと」
「ありがとう。確かに丁度良いな」
俺は鳥のモモ肉に齧りつくと、溢れる肉汁に驚いた。
日本の『かえし』とは違って香辛料で肉の臭みを消しているあたり、店主の工夫を感じるね。
ーーゾクゥッ⁉︎
「え、えぇえ⁉︎」
「ちょっとそこの坊や……占ってあげる、よ?」
俺は咄嗟にシルフェを庇うように背後に回らせ、全力で『
周囲が騒ついた瞬間、真白い空間へ強制的に転移させられる。間違いなく、神域だ。
眼前には、白いローブのフードを深く被った女性の口元だけが覗いていた。
背筋を奔った悪寒に、先程の聞き覚えのある声色。確かめてみるか。
「占い師に転職したいなら、もう少し愛想良くするもんだぞ天使?」
「……これでも、練習したのに」
「えっ? ええええっ?」
「シルフェ、命令だ。これから何が起ころうと無言を貫いて見守っていろ」
左右を見渡して慌てふためいていたシルフェを一瞥して、命令した。
シルフェは戸惑いながらも俺の視線が本気な事を察して頷く。
「……そんなに警戒しなくても良いのに」
「お前とちゃんと話すのは初めてだからな。それより要件は何だ?
次の瞬間、天使から髪が逆立つ程の怒気と共に圧倒的な神気が発せられた。
「容易く彼の方の真名を口にするな。ーー殺すぞ人間?」
「今は竜人だ。チュートリアルを頑張ったお陰で、良い暮らしをさせて貰ってるよ。ーーんで、てめぇこそ調子に乗んな。殺すぞ?」
俺の魔闘気と、神気がぶつかり合ってバチバチと火花を散らす。それに殺気が混ざり、真っ白な地面が音を立てて割れ始めた。
「……そんな口を聞いて良いの? 私は神から『霊薬』を運ぶ様に遣わされたというのに」
「はあああああああああぁ〜〜? 先に喧嘩を売ってきたのはお前だろ? ほら、見てみろ。幼き少女が腰を抜かして漏らしてるぞ? おい、どうしてくれんだよ。トラウマになったら
俺が天使に啖呵を吐くと、シルフェは真っ赤になりながら無言でいろという命令に逆らった。
「も、漏らしてないもん!!」
「いや、そこは認めろよ……」
そして、阿保な発言をした後、項垂れて終わる。どれだけ残念なメイドなんだ。お陰で途端に頭が冷静になった。
「朧は一つ勘違いをしている。『
「……続けろ」
「本来、私達神族は傷を負わない。朧が勝てたのは武神の加護を纏った、『覇幻』と呼ばれる特殊な武器を有していたからだ」
「じゃあ、黙って今の俺の攻撃を受けてみろよ」
「……構わない。魔力が無駄になるだけ」
俺は『魔闘天装』を発動すると、天の羽衣の形状を変化させて『
闘気と嵐を纏わせた氷の大剣は、威力だけなら『風魔刀』の三倍以上だ。込める魔力量を高めて、より鋭く、硬くした。
「ーーハァッ!」
「……無駄」
ーーパキイィィィィィィィン!!
時間が止まったかの様に、ゆっくりと大剣は砕けた。確実に頭部に当たったと思ったのに、擦り傷一つ与えられなかったのだ。
天使は無表情のまま、軽い溜め息を漏らした。
「……満足したなら絡むのも良い加減にして? もう一度言うけど、私が持ってきたのは転生神様から託された霊薬だ」
「れいやく?」
呆然とした俺に冷酷な瞳を向けると、天使は再び面倒くさそうに告げた。
「そう、個体名カティナの寿命を伸ばせる唯一の薬。『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます