第21話 暴走赤ちゃん。

 

「いつの間に、そんな力を身に付けたと言うのですか……」


 小娘が何か呟いていたが、今の俺からすればどうでもいい。

 この力を発動させたのは間違いなくお前自身の武だと誇れ。


 不思議な事に『魔闘天装』を発動した状態は、解放感に満ちていて気持ちがいい。


 掌が小さすぎて直接短刀を掴む事は出来ないが、闘気を流し込んでいる事で肉体の一部を操っているみたいだ。


「ふ、せげ、よ?」

「ーーえっ⁉︎」


 俺はシルフェが死なない様に気を遣って忠告すると、荒々しい風を纏った『風魔刀ウインドブレード』をゆっくり振り下ろす。


 刀身から放たれた暴風は螺旋を描き、容赦無くシルフェの肉体を呑み込んだ。


 反魔アンチマジックの武具は魔力を打ち消す効果を発揮しているが、所々肉体に傷が刻まれている。


「な、なんで魔力を打ち消せないんですか⁉︎」

 俺からその質問に答える必要はない。再び短刀を連続して振り下ろすと、左右から発生した竜巻が挟撃する。


 シルフェは必死に逃れようと前方へ駆け出すが、それが悪手だと気付いていない。


 ビビリーラビットを仕留めた時と同じ様に、俺は上空に嵐の塊を待機させていた。


 ーー逃げるならば、誘導してやれば良いだけだ。


「キャアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 上空から落とされた嵐塊は雷を纏い、シルフェの肉体を四方から襲う。

 麻痺と火傷、如何に強靭な防具でも防げはしまい。


 だが、シルフェは反魔の短槍を横薙ぎすると、開いた隙間から飛び出してこちらへ一気に疾駆した。


 ーーガキィィィィィン!!


 耳を劈く様な金属音が周囲に響く。


「私は巫女様にこの役目を承った時、誓ったのです。ーー必ずお二人を守る御力になると!」

「……」


 何を戯けた事を言ってるんだ。一歳児の俺相手にさえ傷だらけになるそんな脆弱ぶりで、何を守れるって?


 それなら砕いてやろう。その装備ごと、お前の驕った誇りを。


「ひと、つ」


 交えた短槍の刃を受け流し、俺は反魔の軽鎧を両断した。

 肉体には傷をつけず、白銀の鎧は真っ二つに割れて落ちる。


「〜〜〜〜⁉︎」

 驚愕に染まるシルフェが態勢を立て直す前に、俺は背後から風の矢ウインドアローを連続して放った。


「ふ、たつ」


 続いてガントレットの繋ぎ目を斬ると、勢いそのままにグリーブを一閃する。

 はらりと解ける様にして腕と脛を守っていた防具は破壊された。


(これでもう、お前の身を守る防具は無くなったぞ?)


 シルフェは攻め手を失い背後に飛び退くと、深い深呼吸をしつつ鋭い瞳を向けてきた。心は折れてないみたいだ。


「はぁ〜! お陰様で身体が軽くなりましたよ。この程度で私が怯むと思っているなら、ーーメイドを舐めすぎです坊っちゃま!!」

「……ダッ!」


 次第に頭がガンガンと殴られてるように痛み始める。魔力枯渇の兆候だろうと思ったが、まだいける筈だ。


 シルフェの動き出しに合わせて、俺も足元から風を発生させて飛ぶ。


 風魔刀と反魔の短槍が再び甲高い音を鳴らしながら打つかり合うと、シルフェはリーチの違いを利用して膝蹴りを打ち込んできた。


 天の羽衣で防ぐ事も出来るが、慈愛のネックレスの物理障壁が発生すれば問題ない。そう思って『防御する』という選択肢を頭から除外した直後、脇腹に膝が突き刺さり激痛が迸った。


「〜〜〜〜ガァッ⁉︎」

「あれ? 当たっちゃいました……ね?」


 肺の空気が無理矢理吐き出され視界が眩むが、俺は気合いで『風魔刀ウインドブレード』の柄を困惑するシルフェの首元へ捩じ込んだ。


 魔闘天装が解除され、俺とシルフェは互いに身体を預け合う様な形で地面に倒れる。


 意識を失う寸前に見た光景は、カティナママンが祈りを捧げる様に瞼を閉じている姿だった。


 __________


 重い瞼を徐々に開くと、俺は寝慣れたベッドの上で横になっていた。


 隣には何故か白シャツ一枚でパンツ丸出しのシルフェが眠っており、ゆっくりと身体を起こす。


 窓から見えた外の景色が、もう夜なのだと教えてくれた。


「グレイちゃんの方が先に起きたのねぇ〜!」


 俺はまだ頭が働いていなくて、カティナママンにそのまま抱っこされる。ここですよ、ここが俺の聖地です。それだけは間違いない。


「シルフェが起きる前に説明するわね。まず、慈愛のネックレスを無効化したのは私です。理由は言わなくてもグレイなら分かるわよね?」

「……」


 俺はコクリと小さく頷いた。久しぶりの対人戦から、湧き上がった高揚に酔ったという実感があったからだ。


 正常な思考ならばシルフェ相手に必要以上にムキになる事は無かったし、模擬戦の勝敗になど拘りはしなかったろう。


 これは勝負ではなく、所詮は訓練なのだから。いや、小娘に負けるのはやっぱりやだなぁ。


「初めてグレイの魂の石版ステータスを見た時に、成長が早過ぎるって思ったわ。私達竜人は龍へ至る因子を秘めてる。それがグレイには顕著に現れていると感じたの」

「なに、がわるい、の?」


 俺が問うとカティナママンは少しだけ考え込んだ後、何かを決意したみたいに重い口を開いた。


「何故『成龍の儀』が十五歳で行われるか、知っておいた方が良いわね。竜人は、いえ、正確に言うと竜人の一部の者はいつでも『龍化の法』を行う事が出来るの」

「ーーーーッ⁉︎」


 カティナママンから告げられた事実に俺は驚きを隠せなかった。『龍化の法』は空中都市パノラテーフから外の世界に出る事を可能にする、数少ない手段の一つだ。


 まぁ、今の俺が龍化した所でまん丸のチビ龍になる未来しか見えないけどね。俺が哀しげな瞳を向けると、カティナママンは少し怖い顔をしていた。どうしたんだろう?


「話はまだ続くわ……成龍の儀を終えずに龍化した竜人は、過去の例から鑑みて間違いなく『深淵龍アビス』と呼ばれる存在に堕ちるの。そして、この大陸の成龍や古龍から討伐対象に認定されるわ」

「あびす?」


(何それ……名前はめっちゃ格好良いけど、百パーバッドエンドルート確定じゃん! いや〜、知っておいて良かったわ〜! そんなフラグへし折ってやりますよ!)


「今まで深淵龍アビスとして討伐された個体は五体中二体だけ。他の三体は逃走、または返り討ちにあっているの。そして、深淵化した竜人には皆共通する特徴が一つだけあった」

「なに?」


 俺は無邪気に首を傾げる。だって俺には関係無いもの。そんな強い龍なら逆に狩ってやるっての。


 もう少し身体が大きくなったら掛かって来んかい! 絶対に今来るんじゃないぞ! 嘘です、来ないで下さいお願いします!


 俺が一人で脳内小芝居を繰り広げていると、カティナママンは小さく溜め息を吐いて真実を告げた。


「神格保有者である事。ーーグレイならこの意味、分かるわよね?」

「…………あい」


 ーー俺、完全にアウトですやん。

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