第20話 シルフェと模擬戦?

 

龍眼リュウガン』ーーそれは竜人が生まれながらに宿している固有スキルだ。


 発動時には瞳の色が金色に輝き、全ステータスが上昇する。

 更には個々の龍眼によって、特殊効果まで宿している存在が稀にいるのだと教わった。


 俺の龍眼は未だ発動するまでに至っておらず、カティナママンが言うにはきっかけがあれば自然と目覚めるらしい。


 そして、六歳にして『龍眼』、『龍気』をある程度使い熟せているシルフェは、紛れも無く武の天才だと言える。


 幼い緋那ヒナを鍛え上げていた頃が懐かしいなぁ。


 俺が遠い目をしながら故郷の思い出に浸っていると、一気に現実へ引き戻されるかのように殺気にあてられた。


「私の龍気を前にして、そんなに余裕があるなんて素晴らしいですわ坊っちゃま〜?」

「……」


 なんかシルフェさん口調変わってません? 本気出すのは構いませんけど、俺まだ現役バリバリの赤ちゃんですからね? そこんとこきっちりカティナママンならーー


「うちのグレイちゃんなら余裕よ〜! シルフェも胸を貸してもらうつもりで本気で戦いなさいね」


 ーーおっふ! 全然分かってくれてなかったよ!


「ぶ、き〜!!」

「だぁめ! グレイちゃんが武器を持っちゃったらシルフェなんて相手にならないじゃないの〜! 女の子を虐めるのは良く無いのよ?」

「……あい」


 どうやらママンは俺を溺愛する代わりに、ちょっと目を病んでしまっているのかもしれない。


 どこの世界に一歳児へ武器も持たせず、覚えたばかりの魔法で模擬戦を行わせる母親がいるというのか。あ、いましたね俺の前に。


 そんな俺達の会話を聞いても尚、シルフェは黙ったまま短槍を構えて集中しているかの様に見えた。


「雑魚……チビ……ペチャパイ……小娘……馬鹿……。挙げ句の果てには赤ちゃんに胸を貸して貰え? 私に対して弱い者いじめ? アハッ! アハハハハハハハハハ〜!!」


 あっ、これあかんやつや。緋那が大事にしてた紅茶のカップを、URウルトラレアの美少女が欲しくてつい課金の為にメル○リで売っちゃった時の顔してる。


「それじゃあ、グレイちゃんには武器の使用不可以外の制限はないから、知恵を振り絞って頑張ってねぇ〜! 模擬戦開始!」


 何の前触れも無く、カティナママンは振り上げた手を下ろして開始の合図を送ってきた。一歳児への信頼が天元突破し過ぎだよ。


 ーーヒュンッ!!


 こっちは作戦も立てられていないのに、シルフェは一切躊躇する事なく俺の心臓部に向かって白銀の短槍を突いてきた。


 確かに距離を詰める動きは速い。だが、目に追えない程じゃ無いな。


 風切り音を鳴らしながら迫る穂先を、掌に発生させた風魔法で受け流すと、カウンター気味に『風の矢ウインドアロー』を六本撃ち放つ。


「ーーハァッ!!」


 シルフェは槍を引くのと同時に身体を一回転させて風矢を一閃する。


 少し気になったのが、風矢は弾かれるというより、グニャリと曲がって散らされた様に映った。


 俺はその隙に魔力を練り上げると、風魔法を応用して空中に飛ぶ。


 何故俺が部屋の中で宙に浮かんでいると魔力枯渇に陥っていたのか、答えは簡単だった。

 属性など知らずに魔力のみで無理矢理浮かせていたに過ぎなかったからだ。


 無駄に放出された魔力はその分消費も早い。風魔法の一端を覚えたお陰で以前よりも放出量を調整し、制御する事が可能になっている。


 やっぱり空を飛ぶと言ったら風だろう。


(どんどん剣士から掛け離れていってる気がするけど、ファンタジーの世界で気にしたら負けだな)


 シルフェは驚きに染まった視線を一瞬向けた後、ニヤリと口元を歪めた。


 一体何をするつもりなのか、右手に『風の槍ウインドランス』を発生させて様子を見る。


 すると短槍を地面に突き刺し、背後に転がっているハンドボールサイズの石を掴み上げた。


「わ、私は……絶対に馬鹿じゃなああああああああああああいっ!!」

「ダブァアアアアアアッ⁉︎」

(一番怒るとこ、そこぉ⁉︎)


 凄まじい勢いで投擲された石が下方より迫る。俺は落ち着いて避ければいいと思ったが、まだ空を飛ぶのは不慣れな為、いかんせん速度が遅い。


 複雑な動きが出来る程の風の制御も難しいみたいだ。


(避けられないか!!)


 即座に回避は不可能だと判断し、風槍を石の射線上に放って相殺する。

 だが、シルフェは俺の行動を先読みしており、連続で石を投げ続けた。


 俺は咄嗟に無数の『風の矢ウインドアロー』を弾幕の如く撃ち放つが、一撃の重さは拳大の石の方が優っており、シルフェの馬鹿力が加わって風矢を散らされる。


 何発か逸らす事に成功したが、右腕と胴体に向けられた石を防ぎきれないと思い、両手を交差させて身を丸めた。


 これは一種の賭けだ。カティナママンが見ている限り、致命傷を負う事は無い。と、信じたい。


 レベルアップによって上がったステータスの恩恵がどの程度なのか、ダメージを受ける事で測ってみようと思ったその時、胸元の『慈愛のネックレス』が淡く輝きを放った。


 ーーパァンッ!!


「あだぶぅ⁉︎」

「ええええええええぇ⁉︎ ず、ズルいですよそれ!!」


 俺の身体に直撃する筈だった拳大の石は、あと数センチに迫った所で破砕した。


 よく見ると、薄っすら虹色の膜が俺の周囲を覆っている。


 視線を下方に流してカティナママンを見ると、悪戯が成功した子供の様な無邪気な笑顔で親指を立て、サムズアップしていた。


 シルフェはあんぐりと大口を開けて驚愕した後、ひたすらにズルいと地団駄を踏んでいたが気にしない。


(確かにこれならママンも安心して見ていられるかぁ。愛されてるなぁ俺。じゃあ折角の模擬戦だし、試してみたかった力で少し遊んでみようかな……)


 小娘に狡いなんて言われて勝つのも癪に触るので、俺は『魔気融合』の準備を始める。今回は『魔力』と『闘気』の組み合わせにした。


 既にこれ以外の組み合わせによる特性も把握しているが、模擬戦なら十分だろう。


 こちらを見つめているママンに『頑張るね』っと可愛く目で合図を送ると、『任せて』っと言わんばかりにママンは力強く頷いてくれた。


 あれ? 何が任せてなんだ? アイコンタクトが通じていない気がする。俺が不思議そうに首を傾げていると、ママンはシルフェの元に近付いて告げた。


「シルフェ。見ての通りグレイちゃんは全く本気を出してないのよ? 大人しく自らの未熟を認めて、防具も含めた完全武装にしなさい。たかが石なんて、グレイちゃんには通じません!」

「……ま、まだ、負けてない、もん」


 小さく震えながら泣くのを堪えている幼女シルフェと、それを諭すママンの会話がどうもおかしい。


 俺、確かに本気は出していなかったけど、魔力だけだったら、そのたかが石に結構圧されてましたよ?


「全力を出して負けるならともかく、油断したまま負けて、貴女は後悔はしませんか?」

「……後悔、します。それにメイドとして、いえ、武人として、ーー赤子の坊っちゃまに負ける訳にはいきません!!」


 シルフェは覚悟を決めたのか、何故かスッキリした表情でアイテムストレージから軽鎧を取り出しすと、完全武装した。


「初めて貴女にこの装備を送った時の言葉を、しっかり思い出して下さいね」

「はい、巫女様! バウマン爺に作って貰った『反魔アンチマジック』の装備を身に付けた私は、誰にも負けません!」


 なんか今、嫌な響きを聞いた気がする。俺は疑念を抱きつつ、シルフェの白銀の装備を鑑定した。


【反魔の短槍:魔力無効化(小)特級下位】

【反魔の軽鎧:魔力無効化(中)上級上位】


 魔法しか使っちゃダメって縛りに、この装備は反則だろ。


 元々俺への物理攻撃は慈愛のネックレスが防ぐし、俺の魔法はこの装備が防ぐから、安全極まりない模擬戦ってことね。流石カティナママン。


 漸く意図が読めて納得したが、それとは別に戦う気すら削がれてしまった。もう今日はいいんじゃないかなと思い、地面に降りて満面の赤ちゃんスマイルを浮かべる。


 よちよち歩きをしながら両手を広げて『抱っこして〜?』っとアピールした直後に、俺は短槍の穂先から伸びた龍気の塊に吹き飛ばされた。


「ブゲラッ⁉︎」


 背後の樹の幹に背を打ち付けると、ダメージは軽減されているがズキズキと痛みが奔る。


 何すんじゃいっと顔を上げれば、そこには短槍の長柄を短い腕で広めに掴み、中段の構えを取る『武人』がいたのだ。


 先程とは違い、龍眼の輝きが澄んでいる。そうか、勘違いしてたのは俺か。


「坊っちゃま、私の全身全霊を込めて、お相手を務めさせて頂きます!」

「……あい!」


 互いに肉体のダメージはほぼ無し。相手を小娘と侮れば敗北する可能性が生まれる。なら、見せてやろう。後悔するなよシルフェ?


 __________


 朧は静かに瞼を閉じて、一度解き放った魔力と闘気を再び練り上げ始めた。


 シルフェは追撃を仕掛けようとして、一歩踏みとどまる。


 明らかに雰囲気を変容させた眼前の赤子が、一体何をしようとしているのか見たかったのだ。


 カティナは息子が今この時、この一秒までも成長し続けている事実に歓喜していた。次は何を見せてくれるというのか、と。


 この模擬戦は元々、安全な環境に置いて伸び伸びと戦闘技術を伸ばす旨を主にしている。


 だからこそ、挑発した。

 だからこそ、煽った。


 でも、本当に見たいのはその先だ。

 慈愛のネックレスの結界を打ち破る程の攻撃。反魔の装備を破壊し得る程の一撃。


 ーー即ち自身カティナの予測を超える程の成長。そして、その一端を先に垣間見せたのは朧だった。


「ハ〜、フゥ〜!!」

(『風魔刀ウインドブレード』を気膜処理コーティング、ーー完了。『天の羽衣アマノハゴロモ』展開、ーー完了。『魔闘天装マトウテンソウ』発動!!)


 ーーゾクゾクッ⁉︎


 カティナの背筋に悪寒が迸り、頬を一筋の汗が伝う。シルフェは正真正銘の恐怖を前にして、自らの頬を叩き、短槍の石突きで膝の震えを止めた。


「それも反則な気がしますよ、坊っちゃま……」


 そう呟かれた幼女シルフェの視線の先には、荒れ狂う程の嵐を刀身から上空に発生させた短刀を構え、虹色の羽衣を靡かせる一歳児の赤子が宙を舞っていたのだった。

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