第19話 カティナママンの授業。
俺の一歳の誕生日から三日が過ぎた。レベルはあの日の狩り以来上がっていない。
直ぐにでも強くならなければと焦っていた俺の思いを見透かされたかの様に、カティナママンからされたお願い、もとい命令は『半年間のお勉強』だったのだ。
露骨に嫌な顔をして反抗してみせると、ママンは瞳に涙を溜めつつ「これが噂のイヤイヤ期なのね」と悲しみに暮れる。
泣かれるのは忍びないので、俺は了承したフリをして夜中にこっそり訓練すれば良いと悪い顔をして企んだ所、「嘘ついたら丸一日おっぱい抜きよ?」っと的確にトドメを刺された。
そんなこんなでその日以降、本当にカティナママンによるお勉強が始まったのである。
魔力と気の融合については許可されていたので、暇な時間はそれにのみ只管研鑽を積む事に努めた。
最初はどうしてこんな事になったのかと不満があったのだが、いざ授業が始まると一瞬にして不満など吹き飛ぶ。
いつのまに用意されたのか、家の庭には俺の身体のサイズに合わせて作られた木製の机と椅子が用意されていて、羊皮紙を束ねたノートと羽ペンまであった。
さすがに黒板やホワイトボードは無いだろうと思っていたら、ママンが土魔法で二メートル近い壁を作り上げ、表面を水魔法で研磨してツルツルに仕上げた。
そこへ指先から魔力を流し込んで文字を浮かび上がらせているのを見て、魔法ってすげぇと愕然としたものだ。
何よりその工程を苦も無く完了させるママンが異様なのかもしれないけれど。
「グレイ。まず貴方には知識を身に付けて貰います。一人で勉強したのか文字はある程度読めるみたいですが、これからは魔法の授業を習いつつ、徐々に書き方も覚えましょう。基本的にママンは同じ事を二回言うのが嫌いです。だから一度で覚えられる様に集中して下さいね?」
「あい……」
ちょっとだけカティナ大佐モード入ってるよ。どこの世界に一歳の息子に一度で全て覚えろなんていう無茶を言う教師がいるのだ。
あっ、ここにいたね。
だが、俺は燃えている。正確に言うと萌えている。
だって、ママンの教師姿が大変可愛いからだ。金髪を結い上げ、胸元を第二ボタンまで開けたフリルのついた白シャツに、膝上丈の黒スカート。
きっとボタンはあれ以上閉められないんだろうね。胸が大き過ぎて。
眼鏡があれば尚更ベストだが、我儘は言うまい。俺はだらしなく口元を緩めながら、見惚れていた。
「オッホン! グレイ坊っちゃま、どうか集中して下さい」
「チッ!」
「い、今舌打ちしました? ねぇ、したよね?」
「だぁ〜ぶぅ〜?」
小さな咳払いと共に、今まで存在を忘れかけていた小娘に現実へ引き戻された。
俺の隣には同じく机を並べた
思わず舌打ちしてしまったが、必殺の赤ちゃんスマイルで誤魔化した。
カティナママンがどうせならばと、シルフェも授業を受ける様に誘ったらしい。
元々里でも学校に通わず、武術の鍛錬とメイドの教養ばかりに知識が特化しているらしく、魔法や魔術に関しては俺と大差ないとのことだった。
余程嬉しいのか、どこか年相応に瞳を輝かせている。そんなに授業が嬉しいのだろうか? 机の下の足がパタパタと動いており忙しない。
「はい、それじゃあ最初の授業を始めます。まずは基礎的な事ですが、魔法の仕組みと、魔術の仕組みについて勉強しましょう」
「あいっ!」
「はいっ!」
カティナママンは元気よく返事をした俺達を見つめながら、微笑を浮かべていた。
「二人共良い返事ですね。それではまず、魔法の仕組みについて説明しますね。魔法とは自らのMPを消費する事で、火、水、風、土、聖、闇の六属性に連なる『自然エネルギー』や『奇跡』を生み出す技です。魔力とは、その人がどれだけの自然エネルギーを体内に溜め込めるかという『器』の容量であると同時に、発生させた力を制御する為の基準になります」
「だぶぅ?」
おぅふ。さっぱりわからねぇっすわ。簡単に言えば、MPが高いだけじゃ威力の高い魔法は放てず、魔力が高いだけじゃ魔法自体が発動出来ないって事だよね。
器とか、自然エネルギーとかはよく分からないけど、魔法は確かに転生者の俺からすれば奇跡だと思うよ。
「グレイ。コップを想像して? 貴方の身体を動かすのにこれだけの水が必要だとするわ。でもコップが小さいと水は溢れて足りなくなってしまうでしょう? 結果、貴方は動けない」
成る程、わかりやすい。
より高い魔法を放つ為には器が大きい必要があるし、器だけが大きくても水が足りなければ意味がいない。これがMPと魔力の関係性って事ね。
俺は分かったという意思を伝える為に大きく首を前後させた。カティナママンは嬉しそうに授業を続ける。
「さて、次は魔術についてなんだけど、これは魔法とは仕組み自体が違うの。元々魔術は魔力の低い人間が生み出した技術で、魔法が魔力という器を必要とするのに対して、魔術は『魔法陣』でそれを代用するのよ」
魔力の低い弱者が編み出したという事か。それなら絶対に甘く見てはいけない。
元の世界で科学が進歩し続けていくのを目の当たりにした俺は、幼い頃の戦争をしていた世界がそれから如何に発展したのかを知っている。
裏の仕事を始めてからそれはより顕著になった。人体実験を行う組織もあったし、防げていなければ一国が滅びそうな細菌兵器を生み出した軍隊まであった。
俺の顔つきが鋭くなったのを見逃さなかったのか、カティナママンはどこか安堵しているみたいだった。
「言う前に悟ってくれて嬉しいわ。魔術は生み出された頃、魔法の使えない弱者の技だと蔑まれてきたの。でも、ある一人の天才がそれを覆した。彼は指先一つで無数の魔法陣を展開し、その一つ一つが上級魔術以上の威力を誇ったわ。更には設置型、時限式、広範囲型など今までの研究を嘲笑うかの様に魔術を進歩させた。それこそ、彼一人で国を滅ぼせると言われる迄にね」
間違いない。そいつはおそらく転生者だ。しかも俺と同じで戦を経験している。
自然と口元がつり上がる。まるで標的を見つけた時の様な高揚感が湧き上がったが、同時に彼等の事を思い出した。
ーー甘い正義丸出しの茶髪ハーフ君こと、
ーー実はヤンデレ入ってる黒髪巨乳眼鏡ちゃんこと、
ーー暑苦しいけど嫌いじゃない熱血筋肉男こと、
ーー唯一よく分からなかった引きこもり系ロリっ子こと、
転生神ボウヤースが言うには彼等は俺とは違って、年相応の姿と『勇者』の力を持って転生している筈だ。
数年後にはなるだろうが、無事に会えたら酒でも酌み交わそう。勿論ママンにバレない様に。
「ーーグレイ!」
「ーーダァッ!」
突然怒鳴られて飛び起きてしまった。俺としたことが彼等の事を考えて上の空になっていたらしい。
「いきなりぼ〜っとしてどうしたのよ。やっぱり最初の授業からずっと座ってるのは慣れないのね。シルフェもこの調子だし」
「??」
「プシューー!!」
何の事だと隣を見やると、シルフェが頭から煙を噴いて真っ白に燃え尽きていた。
一体何事だと覗き見ると、カタコトでママンの授業内容を繰り返し呟いている。
「シルフェは元々武術方面の才能は秀でていたんだけど、頭がちょっと……ね。残念な子なの」
「……」
「やる気と知能が伴っていないっていうか、だからこそグレイと一緒に勉強させれば丁度いいと思ったのだけれど」
シルフェよ。カティナママンから遠回しに一歳児の知能と同じ授業なら何とかなると思った、って言われる気分を教えてくれないかな?
きっと俺なら耐えられないよぅ! すげぇよ、初めてお前の事を心から尊敬出来そうだよ〜!!
「プフッ! プクククククッ〜!!」
「こら、笑っちゃ駄目でしょグレイ? 女の子には優しく、紳士であるのよ」
「あい〜!!」
俺はシルフェ慰めるフリをして、耳元でそっと呟いた。
「ざこ、ちび、ばーか」
悪口だけが饒舌になってしまったよ。大人気ないって? 僕赤ちゃんだからわかりまちぇん!!
ーーブチィッ!!
「ファ?」
「あらあら、グレイってば一体何を言ったのかしらね」
ゆらりと立ち上がったシルフェは、アイテムストレージから白銀の短槍を取り出した。
シルフェの龍気って翠色なんだね、って言いたくなる程にはっきりしたオーラを纏わせながら、殺気を放っている。
「グレイ坊っちゃま〜? 座ってばかりの授業じゃ眠くなってしまいますでしょ〜? 僭越ながら雑魚で、チビで、胸も無くて、おつむの弱い
「……ダブ?」
(なんか悪口増えてね? 気にしてたのね。ってゆーかこいつ、俺を殺る気満々じゃねーか! 止めてママン! 貴方の可愛い息子がピンチですよ⁉︎)
「まぁ、元々授業の一環に取り入れるつもりだったから丁度良いかしらね。グレイもシルフェの力を知る良い機会だし」
カティナママンは若干呆れながら、OKサインを出した。シルフェは満面の笑みを浮かべているが、瞳が怒りで染まり金色に輝いていた。恐らく『龍眼』まで発動してやがる。
俺、武器ないんですけど、魔法だけで戦えとかママンなら言いそうだなぁ〜。
「あっ! グレイちゃんは武器なしで魔法のみで戦ってね。模擬戦だけど互いに手加減しなくて良いわよ。傷付いても回復させるからね!」
さすがママン! 俺達意思疎通はバッチリだね! ……誰かうちの暴走メイドと無茶振りママンを止めてくれ。
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