第17話 カティナ大佐と俺。おまけでシルフェ二等兵。

 

「……だぶぅ?」


 俺は初めて開いた自分の『魂の石版ステータス』を見て、思わず首を傾げてしまう。色々と分からないことが多過ぎて困惑したからだ。


 まず、何でレベル1でHP、MP、魔力、精神力がこんなに高いんだ? 魔力を制御して空中に浮遊しても、常日頃枯渇に陥っているので数値に実感が無い。


 恐らく『魔気融合』のスキルが身に付いたのは修練の成果だと思うけど、それだけでこんなにHPとMPが上昇するのだろうか?


 あと『神格』については転生神と神龍パパンから説明を受けていたからまだしも、神格スキルってなんだ?


 名前からすると必殺技的なイメージが湧くけど、試してみないとやっぱり分からないな。


 多分、数字の横に書かれているのが成長補正数値だろう。複数の加護を得た事によって上がり易くなってるみたいだけど、他の人はレベルアップするとどれ位上がるのか知らない為、今は比較出来ない。


 転生神ボウヤースは俺に加護を寄越さないと言っていたし、この加護はチュートリアルをクリアした特典かな。


 それなのに一番恩恵が少ないってどういう事だクソ神。


(まぁ、第一歩なんてこんなもんだ。あとでカティナママンに教えて貰えば良いさ)


 俺は強くなる第一歩としてポジティブに捉える事にした。背後に回って一緒に『魂の石版ステータス』を見ていたママンの方を振り向くと、その表情は何故か蒼褪めている。


 そんな中、空気を読まずにシルフェが俺のステータスを覗こうとこちらへ近付いていた。


「坊っちゃまのステータス……気になります!」


 別に見られて困る訳じゃないと俺が石版を差し出そうとしたその時、ママンがシルフェを遮る様にして身体を割り込ませた。


「グレイのステータスは見ちゃダメ。シルフェには時期が来るまで見る事も聞く事も許しません。これは巫女としての命令です。グレイもママンと約束して頂戴」

「……あいっ!」

「何でですか〜! 私だって乳母として気になりますよぉ〜!!」


 カティナママンの口調がかなり真剣だったので、俺はビシッと敬礼した。シルフェはどうやら納得がいかないみたいで、年相応に頬を膨らませて拗ねている。


「シルフェ……何か文句でもあるのかしら?」

「ーーにゃいです!!」


 カティナママンは今日一番の冷酷な笑みを浮かべた。目が一切笑っていないせいか、シルフェは顔を痙攣らせながら一歩後ずさる。


 ーー良い殺気だぜ、ママン!!


「とにかく、この件は私が預かります。少し試してみないと確証が持てないわ」


 俺とシルフェは二人で頭をコクコクと上下させて頷いた。ちなみに逆らうと一体どうなるか分からない気配が漂っていたからだ。


 なにわともあれ、誕生日プレゼントである『慈愛のネックレス』の受け取りと、『魂の石版ステータス』の祝福は済んだ。


 ギルムの里の中央通りを再び進むと、商店で必要な生活用品を買い込んで里の出口へと向かう。


 正直に言うと鍛錬用に木刀が欲しかったが、この小さな掌に合うサイズは無いかな。まぁ、自分で作ればいいか。


 そんな事を考えていると、ママンが普段ののほほんとした様子で思いもよらぬ爆弾を投下した。


「グレイちゃん〜? 帰りの道なんだけど、魔陰の森の中で魔物を狩ってみましょうか?」

「ーーんばぶっ⁉︎」

「か、カティナ様⁉︎ いきなり何を仰るんですか⁉︎」


 俺とシルフェが目を見開いて驚愕していると、二人して頭を柔らかく撫でられる。


「あのね。グレイちゃんの魔力とMPなら、遠距離から魔物を狩れると思うの。シルフェは接近して注意を引いてね」

「ま、ほう……えい、しょう、うま、く、いえない」


 ゆっくりと発音しながら不安要素をママンに伝えると、シルフェは俺がやる気な事に不満なのか眉を顰めていた。


「いけませんカティナ様。まだ赤子のグレイ坊っちゃまを危険な目に遭わせるなど、認める訳にはいきませんから」

「シルフェ……一度だけでいいから試させて頂戴。これは命令ではなくお願いよ?」

「うぅっ!」


 出た! 実はシルフェはお願いされるのに滅法弱いのだ。命令されるよりも、ママンが若干瞳を潤ませつつ弱々しくある方が余程胸が痛むらしい。


「一回だけだから、ね? 絶対に痛くしないからお願い〜!」

「なんか言い方が卑猥ですよカティナ様! 坊っちゃまの前でやめてぇ⁉︎」

「んだぶぅ……」


 小娘が何を調子に乗っておるのだ。俺からすれば貴様なぞ孫にしか見えんよ。素っ裸だろうが何の劣情も湧かねっす。


 十年経ってから出直して来いや!!


 結局シルフェが折れる形になって、俺の初めての誕生日に続いて狩りが行われる事になった。

 俺は乳母車に横たわりながら、どんな攻撃方法を取るか悩んでいる。


(元々俺に遠距離という選択肢は有り得ない。接近して覇幻を抜いて一閃する。ただそれだけが俺にとっての最強であり、最上なのだから……さて、どうしたものか)


 草原の舗装された道を進みながら徐々に魔陰の森が見えて来たという頃、ママンは俺の乳母車から三歩程離れた。


「グレイ。私がこれから見せるのは『無詠唱』で放てる初級の風魔法です。貴方ならきっと見ただけで習得出来るでしょう」

「赤ちゃんには無理だと思いますけど〜!」

「……」


 シルフェは納得がいかないみたいで、カティナママンを只の親馬鹿だと決めつけている。

 短槍を肩に担いでは、俺を挑発するような瞳で見下ろしていた。


 戦闘に関しては若干プライドが高いのか、普段のメイドとしての姿勢から離れるみたいだ。


「しっかりと見ていなさい。『風の矢ウインドアロー』! そして、『風の槍ウインドランス』!!」


 俺は先程から瞼一つせずに、無言でカティナママンの生み出す魔法を凝視し続けた。


(これが魔力の流れか。自分自身よりも、他人の発動を見る方が余程勉強になるな。体内をスムーズに魔力が循環し、『キーワード』を発音する事で具現化、放出されようとしている)


 多分、このキーワード自体も本来『無詠唱』には要らないのだろう。あえて、俺がイメージしやすい様に意識を固定させてくれたのだ。


 カティナママンが勢い良く右腕を振るう。放たれた三本の短い風矢と一本の二メートル近い風槍は、魔陰の森の入り口に立っていた樹木を貫きへし折った。


 シルフェが頬を痙攣らせながら、呆れた視線を向けているが何故だろう?


「相変わらずの威力ですね……これ、最早初級魔術じゃないですよ。更に無詠唱なのにここまでとは……」

「ん〜! 久しぶりだから魔力も身体も鈍ってるみたい。これくらいならシルフェにも余裕でしょう?」

「黙秘します」


 そんな二人の会話を横目に、俺は一連の魔力の流れと動きを模倣していた。

 武術の世界でも当たり前の事だが、今の己に出来る事と、出来ない事を知らねばならない。


(彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し……か)


 孫子の兵法にもある。敵の実力は鑑定スキルとシルフェの狩りで知れた。あとは俺にどこまで出来るのかのみ。


 体内に魔力を循環させながら、心臓の高鳴りを必至に抑え込んだ。


 ーーこれは、新しい俺自身の力なのだから。


 __________


 乳母車を押されながら、俺は家に帰る為に魔陰の森を進む。


 相変わらずダークウッドとフォレストウルフの群ればかりが襲ってくるが、カティナママンの指示は的確だった。


 行きと同じ様にシルフェが護衛をしているが、最早『内容』が違う。


「グレイ、まずは相手の動きを見なさい。餌を捉える為にどう動くのか、攻撃されたらどういうアクションを取るのか。回避は? 反撃は? 逃走は? スキルは? 全ての情報は魔物の一挙手一投足に含まれています」

「……んっ!」

「良い子ね。それじゃあ、そろそろ狩りを始めましょう。最初は弓。狙うのはフォレストウルフの脳天です。魔法や魔術はどれだけイメージに具体性を込められるかで、威力や質が変化します」


 ママンは弓とはっきり言った。つまりは『風の矢ウインドアロー』を意味している。


「さ、さえてマ、マ」

「はい。腰を抑えるわね」


 乳母車に敷き詰められたシーツは足場が不安定になる為、魔陰の森に入る前にシルフェが空間に仕舞った。


 俺はカティナママンに腰元を抑えられて身体を固定すると、左手を突き出し弓を、右手に矢と上弦を引く様にイメージする。


 集中力が研ぎ澄まされ、己とフォレストウルフのみに繋がれた一本の光の線をなぞりつつ、『風の矢ウインドアロー』を撃ち放った。


 ーーギャヒィンッ⁉︎


 大きく仰け反ったフォレストウルフは、額から血を流してそのまま絶命する。俺もママンも一喜一憂する事など無く、冷静に次の獲物に狙いを定めた。


「ーーまさかっ⁉︎ 今のは坊っちゃまがやったの⁉︎」


 シルフェが驚いてこちらを振り向いた瞬間に、隙を見て背後から襲い掛かろうとした魔狼がいた。

 二射目を発射。ーークリア。額に命中。


「グレイ、そのまま右方向にいるダークウッド二体を槍で攻撃。今度は投擲するイメージよ」

「あい」


 両掌に浮かせた二本の風槍を腕を交差しつつ放つ。不思議と重さは皆無で流石は風魔法、狙った場所に思うがまま刺さった。


「「〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」」


 ダークウッドは呻き声一つ上げる事もないまま、枯れ木の如く崩れ落ちた。さっきから俺の脳内ではレベルアップの音が鳴っているが、今は知らん。


「グレイ、ママンは今夜あの魔物の肉をシチューにして食べたいわ。とても素早くて臆病だから近付くと逃げてしまうの。シルフェはいつも逃してしまうのだけれど、グレイなら狩れるかしら?」

「ま、かせて」


 俺は『鑑定(小)』でその姿と名前、レベルを見る。真白い体毛に三本角を生やした三十センチ程の魔物は、その名の通り兎だった。


 カティナ大佐が兎肉をご所望なのだ。俺が期待に応え無い訳にはいかない。シルフェ二等兵とは違うのだよ。


【ビビリーラビット Lv18】


 逃げるのが前提ならば、退路をこちらから誘導してやればいい。そう思って四本の風矢を四方に向けて一斉に放つと、ビビリーラビットは迷う事なく脱兎する。俺は勘でここら辺だろうという場所へ風槍を投擲した。


 ーーキュイイイイイイイインッ⁉︎


 断末魔にしては可愛いな。なんて思いつつカティナママンを見上げると、嬉しそうに瞳を細めていた。喜んでくれて俺も嬉しい。頭を撫でてくれる掌が温かい。あぁ、幸せだなぁ。


「な、なぁ、なん、ですか……それぇわぁああああああああああああああっ!!」


 微笑み合う俺とママンとは違い、シルフェの絶叫だけが魔陰の森へ轟いたのだった。

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