第16話 『初めての誕生日』 後編

 

「出てきませんねぇ〜」

「申し訳ございませんカティナ様! 今すぐ私が見つけて引っ張って来ますので少々お待ち下さい!」

「……あぶ?」


 シルフェが幾ら叫んでもバウマン爺と呼ばれた男は姿を現さなかった。


 既に自分の家に侵入されているというのに警戒心が無さすぎる。本当に大丈夫なのか?


「グレイちゃん、これから会う人は昔ママがお世話になっている人なの。シルフェの装備を作ってくれた職人さんでもあるのよ〜」


 成る程っと俺は納得した。昔から名匠と呼ばれる人物には変人が多い。


 地球でも俺の覇幻を見ては涎を垂らす奴や、刃の一振りを見て絶頂する変態までいたのだから。


 ーー指一本触れさせなかったけどね!


「うぅ〜い! ヒックッ! 誰だこんな真昼間から儂を起こす愚かもんは〜!」

「煩い! さっさと目を覚ませ爺」


 暫くすると、シルフェに背中を蹴られながらフラフラと歩く酔っ払いが姿を現した。


 頬に赤い龍鱗が見え、白い髭と頭髪が伸び放題で目元を隠している。

 爺と言う割には肌に皺はなくて、まるで偽装しているみたいだ。


 タンクトップと作業着から覗く筋肉から、鍛え上げているのがよく分かる。俺は静かに『鑑定』を発動した。


【バウマン・ボッシュメル Lv55】


 レベルの概念がどの程度なのか分からないが、やはり只者では無いと思った。ママンに及ばずも、シルフェを凌駕しているのだ。


 鍛治職人専門でここまでの境地には達せないだろう。そんな本人は背中をポリポリと掻きながら、やっと蹴られている事に気付いたらしい。


「おぉ! 姿が見えないと思ったらシルフェじゃねぇか! 小さくて見えなかったぜ」

「……じゃあ、先程からお前の背中は誰が蹴っていると思ってたんだ」

「ん? そりゃ妖精だろ。彼奴らは悪戯が好きだからなぁ、ーーって更に蹴るんじゃねぇよ、チビシルフェ!」


 ゲシゲシとバウマンの背中を蹴りながら怒るシルフェの子供らしい一面を見れて、カティナママンが微笑んでいる。


「そろそろ良いかしら〜? お久しぶりねバウマン」


 カティナママンが口元の布を下ろし、フードを剥いだ所でバウマンはすかさず跪いた。


 シルフェも同様に隣で首を垂れる。


「お久しぶりです巫女様。ご依頼の品をお引き取りに来られる今日この日まで、首を長くして待ち侘びておりました」

「ーーダアァ?」


 いきなりバウマンの雰囲気がバッサリと変わった。先程までの千鳥足ではなく、放つ雰囲気は達人の闘気に近い。


 俺は思わず変な声を上げてしまった。


「えぇ、長いようで短かった一年でしたね。この子が神龍様と私の愛しい子、グレイズです」


 ママンは俺の顔に巻かれた布をクルクルと剥いでいく。

 状況はよく分からないが、赤ちゃんらしく元気に挨拶しておこうかな。


「アブダブァアアアアア〜〜!!」


 乳母車の端に手を掛けると、俺は掴み立ちをして拳を掲げた。

 気分的には日本で一番有名な『猪木』さんのアレっすよ。


「おぉぉぉおおおおっ!! なんと神々しい龍鱗だ……」


 薄っすら瞳に涙を溜めながら、バウマンは空間から小箱を取り出した。


(だからそれ誰でも出来るん⁉︎ 俺にも教えてくれぇええええ!!)


 葛藤から手足をバタつかせていると、カティナママンに抱き抱えられた。頭を撫でられたので、大人しくする。


「依頼の品はこちらになります。お受け取り下さい巫女様」

「ありがとう。心から感謝します」


 キリっとした真顔のカティナママン格好可愛いぜ! シルフェが大人しいと思ったら先程からずっと首を垂れたまま微動だにせずにいる。


 ーーどうしたんかな? 不思議に思っていると、ママンが俺を強く抱き締めた。ちょっと苦しいくらいだ。


「グレイ。これが私から貴方に送れる最後の誕生日プレゼントになるかもしれません。だから、私の全てを込めました。これからの貴方の人生に祝福が降り注ぎますように」

「…………」


 無言のまま呆然としていた俺の首にかけられたのは、虹色に輝く四角いプレート型のネックレスだった。


 俺は右手でそれを掬い上げると、裏側を見る。


『いつまでも、貴方の幸せを願っています』


 シルフェとバウマンの啜り哭く声が聞こえて、俺はどんな顔をして良いのか分からなくなった。やめてくれ。ママンと離れる気なんてない。泣くなよ、泣くんじゃない!!


「この『慈愛のネックレス』は私の龍鱗と、希少な鉱石であるドラグニアスを使っています。バウマンの腕ならどんな名剣でもチェーンすら切れやしないでしょう。貴方の身に危機が迫った時、物理耐性と魔法障壁を自動で発動してくれます」

「……」

「大切にしてくれると嬉しいわ。誕生日おめでとう、私の愛しいグレイ」


 俺は泣かないと決めた。だから、涙なんて見せる気なんてないのに、どうしてなんだろう。抑える事が出来ない。


 赤子のように泣き噦るのではなくて、静かに零れ落ちる涙が頬を伝う。


 ーーそして、同時に俺は悟った。悠長に暮らしている時間なんて無かったんだ。


 神龍グレイズメントは確かに言った。俺を産んだからカティナの寿命は短い、と。


 ならば俺は早急に強くなり、母を救う手立てを考えなければならない。


 淡い夢の中に潜んでいた事実が、急に現実感を増して胸に突き刺さった。一番それを感じていたのは当の本人であり、全てを打ち明けられているだろうこの二人だ。


「ま、もる。し、、な、せな、い! ママぁ!!」

「ーーーーえっ⁉︎」


 思わず決意が口から漏れた。驚愕の表情を三人が浮かべている。でもいい。もう演技はいい。

 俺は愚直に強さへの道を求めなければならないのだから。


「グレイ……貴方、ママの言ってる事がわかるの?」

「そんな……坊っちゃま……」

「ガッハッハ! 流石神龍様の御子様か!」


 俺を抱くカティナママンの身体が震えている。シルフェは両手を口元に当てて、信じられない光景を見ている様子だ。


 バウマン爺だけが大笑いしていて、大物だと思った。


「わ、かる。しな、せない、ま、まを、まも、る」


 俺はママンの掌に自分の掌を重ねる。どうか伝わって欲しい。恐がらないで欲しい。


「ありがとうございます……神龍様」


 一言呟いた後、子供のように大泣きするママンの頭を撫でながら、俺は一緒に泣いた。


 __________


「さて、散々泣いてスッキリした所で、次の目的地に向かうわよ〜!」

「ダブゥ〜!」

「はい! それにしても、グレイ坊っちゃまはなんで言葉を話さないのですか?」


 俺達は手を振りながらバウマンの家を後にする。ママンと拳を掲げて元気いっぱいな所へ、無粋な質問を挟みつつ不思議そうに首を傾げるシルフェを見て、正直イラッとした。


 さっきの言葉遣いから察しろや。まだ上手く話せないから隠していたっていうのに。


「さっし、ろ。こ、むすめ」

「こ、小娘⁉︎ それって私の事じゃないですよね坊っちゃま⁉︎」

「しょう、じん、し、ろ。ざこ、め」

「えっと〜カティナ様? 今、私の耳に雑魚って言葉が聞こえた気がするのですが……気の所為ですよね?」


 気の所為な訳があるまいて。まだまだ未熟な癖に慢心しないよう挑発したのだ。

 俺が鍛え上げている間、ママンを守るのはシルフェなのだから、もっと強くなって貰う。


 ーーそう、俺の次くらいにな!!


 俺の頭の中では自分の赤ちゃん強化プロジェクトの他に、シルフェの修行方針についても練り上げられていた。


「え〜? うちの可愛い息子がそんな汚い言葉を吐く訳が無いじゃない。グレイちゃんは良い子でちゅものねぇ〜!!」

「だ〜ぶあぁぁ〜!!」


 必殺赤ちゃんスマイルでママンにキスして貰うと、俺はシルフェを見下して終わる。


「おかしい……何かが間違っている気がしますこの親子……」

「あら? シルフェってば可笑しな事を言うのね〜? 巫女である私に何か意見があるのかしら?」

「い、いえ! ある訳無いじゃ無いですか〜! やだな巫女様ったら〜! アハハハハ〜!!」

(おぉ、ママンが権力を行使したぞ! 格好可愛いですな。良いよ、その冷酷な瞳!! いよ! クールビューティー!!)


 指笛が鳴らせたら鳴らしたいね。相変わらず俺とママンは相思相愛だぜ。シルフェが一人涙ぐんでいたが知らん。


 中央通りに戻って屋台や商店を覗きながら進んでいくと、次第に人の流れが少なくなり、大理石の様な鉱石で建てられた神殿が見えてきた。


 入り口の両サイドには変わらずママンの銅像が立っていて、とてもセクシーだ。いつか手に入れよう。


 神殿の扉は開いていて、そのまま赤いカーペットの敷かれた道を進む。


 祈りを捧げる為の長椅子が両サイドに設置されていて、今も何かを願う竜人の姿があったので静かに息を潜めた。


(きっと、神に願うしかない様な不幸は、どの世界にも蔓延ってるんだろうな)


「グレイ。貴方は本日で一歳になりました。『魂の石版ステータス』を見る為の祝福を受けましょうね」

「ーーダブぁッ⁉︎」


 俺は驚いて乳母車から身を乗り出してしまった。

 そんな様子を見て、カティナママンがクスクスと笑う。


「やっぱりもうステータスの存在まで知っているのね。この神龍様の像に祈れば、『魂の石版ステータス』が解放されて、これからは好きに見る事が出来る様になりますよ」

「……」

「補足しますと、一歳になった竜人が受ける儀式です」


 シルフェがサポートを入れてくれたが、俺は呆けていた。同時に歓喜していた。


 ーー強さを求めた直後に用意された道筋。


 やってやろうじゃないかと強く念じる。来いステータス!!


【グレイズ・オボロ】

 種族:竜人族

 年齢:1歳

 Lv:1

 HP:9230(820)

 MP:8242(710)

 力:15(190)

 体力:28(185)

 敏捷:9(168)

 魔力:7230(140)

 精神力:2234(161)


【スキル】:知恵の種子、鑑定(小)、縮地、無詠唱、魔気融合、龍眼、剣術、体術。


【称号】:天衣無縫の剣士、神龍の加護、嵐龍の加護、転生神の加護、武神の加護、神殺し、龍殺し、貧乏神の想い人。


【装備】:『慈愛のネックレス:自動物理障壁(極)自動魔法障壁(極)神話級』


【神格保有数】:2

機械神デウス・エクスマキナ』:神格スキル『支配領域レギオンルーラー

嵐龍テンペストドラゴン』:神格スキル『嵐龍砲テンペストカノン


『神龍の加護』→レベルアップ時の必要経験値減少、ステータス成長補正(極)

『嵐龍の加護』→風属性の攻撃耐性上昇(極)、風魔法の習得補正率上昇(極)、スタータス成長補正(大)

『転生神の加護』→獲得経験値増(大)、ステータス成長補正(中)

『武神の加護』→武具、防具の強化補正上昇(極)、強化成功率百%、ステータス成長補正(大)、物理耐性上昇(中)

『神殺し』→魔法攻撃ダメージ2倍、聖属性攻撃耐性上昇(極)

『龍殺し』→物理攻撃ダメージ2倍、物理防御上昇(極)

『貧乏神の想い人』→強くなれば強くなる程、武神の愛が深まり自身の持てる所持金が減少する。周囲の者への影響は皆無。

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