第15話 『初めての誕生日』 中編

 

 俺とカティナママンはシルフェが魔物を狩る姿を見ながら、ゆっくりと森の中を進んでいた。


 もっと移動速度を上げてくれても良かったのだが、俺が『知恵の種子』の力ではしゃいでいるのを見て気を遣ってくれたみたいだ。


「ふぅっ。大分魔物の勢いも衰えて来ましたね。そろそろ魔陰の森を抜けますが、少し休憩致しますか?」

「どうせ休憩するならお日様の下が良いわ〜。里に繋がる草原の途中で一息入れましょうか。グレイもお腹が空く頃だと思うわ」

「はい。草原は比較的安全ですしね」

「あぶぅ〜!」


 この森『魔陰の森』っていうのね。明らかに危険地帯ですやん。よくそんな場所に家を建てようと思ったなぁ。


 そして、流石ママン。俺の事を分かっていらっしゃる。


 家を出てからまだ一時間程しか経っていないが、出掛ける前にオッパイを飲み損ねていたので小腹が空いていた。


 森の魔物の特徴と名前は大体把握したし、もっと強い魔物はより深奥まで行かなければ出てこないとシルフェが言っていた。


 この辺りの魔物のレベルは10前後で、もう少し身体が大きくなったらいい訓練になりそうだと思う。直ぐに飽きそうな弱さだったけど。


 その後、俺達は魔陰の森を抜けて草原の途中でランチにした。

 俺はいつも通りカティナママンのおっぱいだが、チラチラとシルフェが話しかけるタイミングを見計らっているのが視線で伝わる。


「あ、あの! 実はグレイ坊っちゃまに離乳ーー」


 ーー貴様の好きにさせてたまるか!!


「ふぎゃああああああああああああああああああああ〜〜!!」

「あらあら、グレイったら突然泣き出してどうしたのからしら? ん〜、チッコは漏らしてないわねぇ。何か言いかけてなかったシルフェ?」

「……何でもないです」


 余計な真似をするな小童が! ママンがおっぱいを与え続けてくれる限り、俺は飲み続ける。

 おっぱいが出なくなった日には、一人で夜空を見上げながら泣こうと決めているのだ。


 まぁ、最近ママンも離乳食を混ぜていこうと考えているらしいから、検討する余地はあるがな。


 嘘泣きのつもりが、ガチ泣きする羽目になったが、ママンの至宝の為なら致し方ないのだ。


 俺が泣き止むと、二人はサンドイッチに似た食べ物を口に運んでいた。どうやらこの世界のパンは固いみたいで、薄く切って具材を挟むのが龍人流らしい。


 毎日固いパンをスープに浸らせ、柔らかくしながら夕食を食べる光景を見ていて俺は決意したのだ。


 いつかママンに柔らかいパンを食べさせてあげよう。作り方なんて知らないけど、確かネトゲかラノベで似たようなイベントがあった筈だ。


 問題は材料だが、知恵の種子の仕組みをもっと知れば何とかなる気がする。『鑑定』ってスキルに近いのだろう。


 名前とレベルしか見えないのも、きっと俺の練度の問題だ。


(楽しみが増えたな)


 俺の口元が思わずつり上がる。その時ばっちりカティナママンと目が合った気がしたが、ママンは微笑みを浮かべるだけだった。


「さぁ、みんな元気になったみたいだしギルムの里に向かいましょうか。今日は初めてのグレイの誕生日よ! やる事がいっぱいあるんだから!」

「はいっ!」

「だぶぅ〜〜!!」


 俺は再び顔を布で隠され、ママンもフードを被り直してどこぞの暗殺者みたいになった。

 折角の美貌が勿体ないなんてこの時は思っていたが、後々にその理由を俺は知る。


 シルフェは短槍を背負い、先頭を歩き始めた。


 __________


 魔陰の森の出口から草原に入ると、まるで里までの道を示すように草が刈られており、更に土が固められて舗装されていた。


 お陰で木製の乳母車の揺れは少なく、乗り心地としては快適だ。


「シルフェが頑張ってくれたお陰で、ギルムの里まで向かうのが楽だわ〜! ありがとうね」

「い、いえ。これもメイドの仕事ですので……」


 頬を染めて照れている幼女を見て、俺は悩んでいた。この道をせっせと一人で舗装した姿を思い浮かべると、褒めるくらいしても良い気がする。


 ーーだが、調子に乗られては拙い。一番ベストな選択はなんだろうか?


「あぶぅ〜!!」

「あら? グレイがシルフェを呼んでるみたいよ?」

「えっ? 坊っちゃまが私を?」


 乳母車に寝そべる俺の側までシルフェの顔が近づいてきた。

 だが、困惑しているのかどこか恐る恐るとした感じだ。


 ーーペチペチッ!


「だぶぁっ!」


 褒めてつかわすと言った感じでおでこを二回ペチペチと叩くと、必殺の赤ちゃんスマイルを発揮した。

 意図は伝わったのか、シルフェは自分のおでこをなぞりながら照れている。


「あ、ありがとうございます。グレイ坊っちゃま……」

「良かったわねシルフェ。それにしてもグレイったら、将来は女誑しになっちゃうのかしら」


 うん、それは無い。無いんだよママン。だって俺は爺にして童貞の所謂パーフェクト童貞だからね。

 年頃の女の子と手を繋いでもきっと孫見たいにしか思わないが、歳上には弱いのさ。


 あぁ、見た目は若いけど歳上の余裕をもった女に出逢いたい。探すぜエルフ! 待っていろ狐耳獣人!


 そんな欲望を抱いていると、視線の先に丸太の先を尖らせて縦に繋げた外壁が見えてきた。


「グレイ、あれが空中都市パノラテーフに住む竜人の里の一つ、ギルムの里よ。私達が普段お世話になっている里だから、大人しくしていましょうね」

「あぶっ!!」

「もしも正体がバレた際には、私が坊っちゃまを連れて退避しますね」

「えぇ、もし逸れた場合は此処で落ち合いましょう」

「はい」


 二人は何故か森にいる時よりも緊張している。一体何の問題があるのか謎だったのだが、外壁の入り口に建っていた五メートルを超える二対の銅像を見て、理由が判明する。


(ママンがデッカくなった……)


「本当にこの像、どうにかして欲しいわ」

「同感ですが、巫女様は神龍様に選ばれし神に等しい存在なのです。どうか辛抱下さい」


 銅像は明らかにカティナママンを模してあり、しかも露出の激しい太腿までスリットの入ったワンピース一枚という姿だった。


(やっべぇこの像……超欲しい。御神体にするわまじで)


 大きくなったらこの像を作った人物と交渉しよう。持ち運べるサイズのママンの御神体を作って貰うのだ。


 そんな邪な野望を抱いていると、入り口に立っていた二人の兵士が槍を交差させて俺達の進行を止める。


「止まれ!! ーーってシルフェさんじゃ無いですか。今日もお疲れ様です!」

「うん。この人と赤ちゃんは私の連れだから。通して貰うね」

「はい! 里の兵士にも話を通しておきます!」

「ありがとう」


 身長は二メートル近い高さで、筋肉を隆起させた竜人の男達。

 だが、シルフェの顔を確認した直後に警戒を解き、頭を下げている。


 シルフェはそれが当たり前だと言わんばかりに掌で合図すると、入り口を悠々と通った。

 ママンも同様に一切躊躇する事なく後に続く。


 初めて目にする竜人の里であるギルムの里は、どちらかといえば街に近かった。舗装された地面に、煉瓦造りの家が建ち並び、商店や屋台へ集まる人で賑わいを見せていた。


 竜人達は一見普通の人間にしか見えないが、地球とは違って髪色や瞳の色が様々で、皆身体の何処かに龍鱗がある。


 ちなみに俺の龍鱗の場所は額だった。虹色の輝きを放っているが、一年経った今となっては気にならない。


「シルフェ、まずはグレイの誕生日プレゼントを取りに行きますよ」

「はい、それではこちらへ」


 中央の大通りを避けて、二人は裏道へと進んで行く。

 特にスラムの様に荒れ果てている訳では無く、住人の居住区だ。


 そこを更に奥へ進むと、周囲を鉄柵に囲まれた木造の家が見えてきた。庭がとにかく広く、敷地の面積は大きいのに家がボロい。そんな印象だ。


 庭には様々な武器や防具が無造作に転がっており、俺は思わず首を傾げてしまう。


 見た所そんなに悪い出来ではなく、俺の価値観としては売りに出せるラインは超えていたからだ。


(寧ろこのランクの作品をゴミ同然に扱える名匠だと考えた方が良いか)


 武術家にとって己の武器を任せるに値すると思える人物との出逢いは、将来を誓い合える伴侶を見つけるよりも難しい。


 簡単に妥協する事も、適当に仕上がった武器に納得する事も出来ないのだから。


 俺はその点においては恵まれていた。覇幻は刃毀れ一つしないし、他の武器は折れたら捨てるだけで済んだからだ。


「どうぞ」

「お邪魔します〜!」


 ノックや呼び鈴などはなく、シルフェは勝手に門を開いて俺達を中に招き入れた。


 荒れ果てた庭をチラリと覗きながら、中央に建っていた木造の家へ向かう。流石に家の中に入るのは礼儀が必要なのか、シルフェは一度立ち止まると、ーー勝手に入り口の扉を開けた。


(うぉ〜い! お前の家か⁉︎ ここお前の実家なんか⁉︎ 鍵くらいかけろや家の主人!)


「お邪魔します〜!」

「バウマン爺! 依頼の品を取りに来たぞ!」

「……」


 ママンは俺の乳母車を押して勝手に中に入るし、シルフェは若干苛立っているのか声を張り上げていた。

 俺はそれを無言のまま目を細めて見つめている。


 ーーうん。意味不明だよ。

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