第14話 『初めての誕生日』 前編

 

 ーーバチンッ!!


 一瞬電気が走ったかの様な眩い光が弾けた後、俺は脱力感に苛まれていた。

 寝たふりをして誰も居なくなった室内で、日々実験を繰り返しているのだ。


 まず、これまでに分かった事が三つある。


 一、魔力と気を融合させるのは大して難しい事じゃなかった。元から気を操れる俺からすれば、互いが干渉しあって爆発的に能力を高められる確信があった。


 それは元々の人間の時の身体よりも、竜人に生まれ変わった今の方がより感じられる。


 二、ステータスを見れていないから分からないが、魔力を使いすぎると途端に目が眩んで気絶する。

 そして、気を使い過ぎると肉体に激痛が奔る。時間が経ってもジワジワと鈍い痛みは続いた。


 三、神気と闘気を融合させるのは以前の経験から容易い事だったが、『覇幻』を手にしていないと神気は徐々に減少していく。

 更に肝心の龍気が他の気と反発するのだ。特に神気を拒んでいるのか、上手く混ざってくれない。


 龍気は魔力とは相乗効果を発揮したが、三種類の気と魔力を全て融合した力を手に入れるのはまだまだ先だと思う。


 赤子の俺に出来るのは特性の違う気を指先から微量の気を流して、徐々に試す事だけだ。

 下手に暴走してこのプニプニの弱い肉体を破壊するのは避けたかった。


 融合させて無い魔力や闘気だけならもう肉体を包み込める程自在に操れるのだが、魔力で身体を浮遊させても直ぐに力尽きる。


 ーー多分、能力と研鑽が絶対的に足りてないんだ。


 覇幻ハゲンはカティナママンが神龍から俺への贈り物だと勘違いしていて、家の何処かに大切に保管されているらしい。


 俺が下手に触っては危ないからと隠されていた。


 そんなこんなで俺は肉体以外の修練を積む日常をカティナママンに溺愛され、シルフェと精神的に戦いながら過ごしている。


 そして、どうやら明日は俺の一歳の誕生日らしい。


 異世界ハースグランは地球と違って一ヶ月が三十日。一年が二百四十日だ。穏やかな変化だが四季があり、二ヶ月毎に移り変わると教えて貰った。


 空中都市は結界に包まれながら上空を移動しているので、四季は特に関係ないらしいけれど。


「明日は初めてお外に出ましょうね。一体グレイはお外の世界を見てどんな風に思うのか楽しみだわ〜!」


 カティナママンが俺の頬をスリスリしながら沢山チュッチュしてくれたので、これがプレゼントでも全然良いっすわと、満面の笑顔を向けた。


 だが、俺は一年間一歩も家から外には出なかった。故に俄然興味はある。


 俺は赤子だから仕方がないかもしれないが、カティナママンも一歩も外に出ていないと思う。それが少し気になっていた。


 基本的にシルフェが里との連絡役や、買い出し係を担っていた。悔しいが本当に万能な幼女メイドだ。


(ママンが巫女だから出れないのかな? それとも他に理由があるんだろうか……)


 思い当たるのは神龍パパンが言っていた『俺にこの先降りかかるであろう苦労』ってやつと、ママンを『静養』させるという台詞。


 俺達が里に行くと一体どんな問題があるのか謎だったが、とりあえず赤子に危害を加える様な下衆な同族はいないと信じたい。


 __________


(成る程ね……)


 外に出る準備を始めた時に、大体だけど俺とママンが外に出なかった理由が分かった気がする。

 姿を公には出来ないのだろう。


 現在俺はミイラ男、もといミイラ赤ちゃんと呼ばれてもおかしくない程、目鼻口以外をグルグル巻きにされていた。


 ちなみに枝編みによって作られた木製の乳母車に、シーツを敷き詰めて乗せられている。

 結構な重量をしていそうなのに、シルフェは片手で動かしていた。


 竜人の基準を地球の人間に当てはめちゃいかんね。


 俺と同様にママンもローブを羽織るだけじゃなくて、フードを深く被り目元以外を布で覆っていた。


 シルフェはメイド服を脱ぎ、何故か白銀の軽鎧ライトアーマーを装備している。


 暫くすると身体の長さに合わせた短槍を空間から取り出した。


 翠色の宝石が柄を飾っており、白銀の刃の輝きから名工の作品だと感じる。つーか、今どっから出した?


 もしかして、今のは『インベントリ』とか『アイテムボックス』とか呼ばれるやつか? 誰でも使えるのか知りたい!


 シルフェに詳細を聞きたかったが、いきなり赤ちゃんがペラペラと喋り出したら幾ら何でも驚かせてしまうと思い、自重した。


 すぐ側に実際に使用出来る者がいるんだから焦る事はない。便利アイテムは是非とも欲しいが今は我慢だ。


「お待たせして申し訳ございません巫女様。準備は整いました。お二人の身は、私の命に代えても御守り致します」

「硬いわよシルフェ? ただのお出掛けなんだからリラックスして頂戴。あと、外では巫女ではなくカティナと呼んで下さいね」

「は、はい! 気を付けますカティナ様!」

「もし危険が及んだら、グレイの事を一番に守って下さいね」


 シルフェは了承したのか静かに頷いた。俺は外の世界はそんなに危険なの? と二人を見つめながら、つい癖で顎をなぞる。


 木製の扉の取っ手に手を掛けると、シルフェを先頭にして外に出た。乳母車を押しながらママンも一歩を踏み出すと、空を見上げて深呼吸している。


 家の周囲は森なのか、緑の枝葉を広げた樹々で埋め尽くされていた。ここだけぽっかりと空が見える不思議な空間だ。


「やっぱり外の空気は美味しいわね〜! 今日はみんなで目一杯楽しむわよ!」

「アブダァ〜!」

「はいっ!」


 俺はエイエイオーっと言った感じで拳を突き出した。ママンがこんなに嬉しそうにしているのだ。俺だって嬉しいに決まってる。


 誕生日なんて二の次でいいから、良い思い出を作りたいな。


 __________


「グレイ、あれは木の魔物よ〜。あぁやって薬草の近くの木々に擬態して人を襲うの。怖いわねぇ〜!」


 ガラガラと俺を乗せた乳母車を押しながら、カティナママンは森の中を進んでいる。


 俺達の家から里までは地ならしされた道が続いていて、揺れは少ない。だが、今ツッコミたいのはそこでは無かった。


「ーーハァッ!!」


 シルフェが突き出した石突きが幹に風穴を空ける。

 四方から迫る枝を槍の回転により逸らし、片手で振り下ろした刃先は四メートル程の高さの魔物を縦に両断した。


 先程からこんな風に狼の魔物や木の魔物が襲ってきては、シルフェが撃退している。この森、滅茶苦茶危険ですやん。


 だが、カティナママンは怯えるどころか鼻唄混じりに戦闘の解説をしており、子供の様にスキップしたりクルリと回ったりしていた。


 俺はその光景に赤子ながら呆れた視線を向けるが、すぐに思い直す。ママンは単純にシルフェの強さを信頼しているのだろう。


 まだまだ力に物を言わせた粗雑な動きもあるが、今まで現れた程度の魔物ならシルフェに傷一つつけられまい。


(それにしても、今後の参考に魔物の名前や強さを知りたいなぁ)


「ーーダブぁっ⁉︎」


 そんな事を考えながらボウっと戦闘を見ていると、視界に懐かしい文字が現れた。


 ーー日本語だ! 驚いて思わず変な声を上げてしまう。


【ダークウッド Lv8】 

【フォレストウルフ Lv6】


 突然、木の魔物と狼の魔物の名前とレベルが視界の端にゲームの様に表示されたのだ。


 俺はもしかして、と続いてカティナママンとシルフェを見る。


【カティナ・オボロ Lv68】

【シルフェ・テンペスタ Lv38】


(間違いない! これが『知恵の種子』の力なのか、名前とレベルが見える様になった! じゃあ俺の『魂の石版ステータス』も…………って見方が分からん!!)


 俺は興奮しながら手足をバタつかせてキャッキャっと笑った。それを見て戦闘を終えたシルフェとカティナママンが微笑んでいる。


 シルフェはともかく、俺のママン本気マジTUEEE!! 


 こんな森なんて余裕だから怯えて無かったんだね。名字がオボロなのは謎だったが、もしかしたら神龍パパンが家族として計らってくれたのかも。


 外出して直ぐにこんな発見があったのだ。きっと里に行けばもっと面白い事が起こるはず。


 ーーどうしよう、楽しくなってきちゃったぜ。

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