【第2章 空中都市パノラテーフ〜乳幼児期編〜】

第13話 こんにちは赤ちゃん! 俺、プニプニの身体に転生しました!

 

「フギャアッ! ギャア〜〜!!」


 瞼が重くて開かない。喉が乾いている。泣くのをやめられない。手足も動かない。俺は一体どうなってしまったのか。


 自分の身体が自由にならないという純然たる恐怖を抱いて、より一層泣き声を強めてしまう。


 思考と行動が一致しなくて、まるで別の誰かに乗っ取られた様な不思議な感覚だ。


「巫女様! 無事に産まれましたよ! 御告げにあった通り、元気な男の子です!」


 産湯につけられているのか、徐々に気持ち良さから身体が弛緩する。ゆっくりと瞼を開いた先には、二人の女性の顔があった。


 まだ視界がボヤけていて、ハッキリとは見えない。それでも一人は老婆で、もう一人が幼い少女だとは理解出来た。


「巫女様、抱いてあげて下さい」


 俺は柔らかな布に包まれると、首に腕を回されて少女に抱かれる。だんだんと視界がハッキリしてくるが、いかんせん眠い。


「ありがとうシルフェ。あぁ、無事にお役目を果たせました……今日は何て幸せな日なのでしょう」

「本当に良かったです。産婆も経験の多い者に頼んで正解でした」

「シルフェ見て? 私と神龍様の子ですよ。生まれて来てくれて本当にありがとう、グレイ……」


 涙を滴らせながら宝物の様に俺を抱くこの女性が、カティナと呼ばれていた俺のママンか。


 ーー何て美しいんだろう。母性からか、俺はこんなにも優しい涙を見たことが無い。


「あ、ぶぅ」

「あら? 泣くなって言ってるの? グレイは良い子ね」

「巫女様……産まれたばかりの赤子にそんな事は出来ません。流石に過保護ですよ」

「もう! シルフェも母親になれば分かります。この子はもう動きたがってる。きっとビックリするくらい強い子になるわよ!」

「親馬鹿極まれりですね」


 無意識に伸ばした手がママンの頬に触れた。掌でペチペチと叩いているみたいになってしまったが、意図は伝わったみたいだ。


 凄いなママン。


 確かに俺は思考がハッキリしている分、普通の赤子とは違うだろう。でも、どうしようもならない事はある。


 俺はママンの柔らかい感触に抱かれつつ、眠りに落ちた。


 __________


「はーいグレイちゃん、今日もママのオッパイがご飯ですよ〜!」

「バァ〜ブウゥ〜!!」


 異世界ハースグランに産まれてから、五ヶ月が過ぎた。カティナママンは最初の頃の巫女としての精悍さが消え失せ、親馬鹿街道一直線である。


 俺? 俺はアレですよ。爺だった時の尊厳とか皆無ですし、マザコンロード一直線っすわ。カティナママンのオッパイの為なら世界と戦いますよ。


 まぁ、正直元の世界の飯を知っているからか、母乳は美味しくないんだけどね。ママン補正が働いて無いと毎日これを飲み続けるのはキツい。


 だが、細く真白い身体に似つかわしく無い程のGカップ、その胸元に輝く虹色の龍鱗が神々しい。

 肩より少し長い金髪の毛先は巻かれていて、垂れ目な金色の瞳に映えた。


 少し厚めの唇はプニプニで柔らかい。何度ホッペにキスされても一切不快にならなかった。

 年齢を聞く機会は無かったが見た目二十代前半だよ。ハッキリと分かる。自慢しよう。


 うちのカティナママン、超可愛いんすけど。


 ーーだが、そんな幸せ絶頂の俺にも最初の敵が現れた。


 偶にだが、ママンのいない隙を突いてはシルフェの小娘が俺に離乳食を食わせようとしてきやがる。


 こいつはどうやらまだ六歳になったばかりなのに、子供とは思えない程に達観したメイドぶりだ。

 多分、パパンが言っていた乳の出ない乳母とはシルフェの事に違いない。


 翠色の髪を結い上げ、メイド服を着こなす幼女。エメラルドみたいな瞳の美しさは認めてやるが、ぺったんこの胸に興味はないのだ。


 ーー余計な真似しやがって。


「もう! 何で私の作ったご飯は食べられないんですか⁉︎ ちゃんとふやかして離乳食にしてあるのに……何が問題なんだろう? 里で聞いた限り、男の子はそろそろ母乳と半々でご飯も食べ始めるって言ってたのに」


 膨れっ面のシルフェを睨みながら、俺は断固抗議する。

 童貞の俺が人様のオッパイを吸える機会なぞ、この先どれだけあるか分からないのだ。邪魔をするな、と。


「あぶぅっ! ぶぶあぁぁっ!!」

「あらあら? もしかしてチッコですか?」


 違う! 俺は怒っているのだ。断じておしっこを漏らした訳ではないと訴えるのだが、赤子の肉体では無意味。

 ヒョイっと寝転ばされると、手慣れた感じで下半身を露わにされる。


「いっぱい出ましたね〜! 布を取り換えますから足を上げますよ」

「ふぎゃあああああああっ!!」


 うん、バッチリ漏れてました。正直この瞬間が一番恥ずかしい。

 何が悲しゅうて、六歳の小娘にオムツを替えられなければならないのか。


 日本の使い捨て紙オムツはこの世界にはまだ無いみたいで、吸水性のある布を巻いた上に、別の生地を重ねていた。


「…………」

「出すもの出してスッキリしたら寝るとか、赤ちゃんは単純で可愛いですねぇ。この隙に洗濯に行きますか」


 部屋の扉が閉まる音を聞いた後、俺はむくりと身体を起こす。徐々にだが肉体の自由を取り戻してきたからだ。


 実は、ハイハイ程度なら既にマスターしているのだが、重心のバランスというか、首がすわるとはこう言う事かと実感してしまう位、頭が重い。故に立っているのはまだキツイ。


 ーーそして、身体がプニプニ過ぎる。こんなんでどうやって剣を振れと?

 無理です無理。鍛錬とかまじ無理ゲーっすわ。でも、時間は惜しい。


 言語は理解していても口に出すのは早すぎる為、徐々に慣れさせている所だ。


「じ、んき、とう、き、り、うき!」


 日頃ママンの読ませてくれるお伽話と、シルフェの愚痴を聞かされているお陰で少しずつ自分の事が分かってきた。


 特にカティナママンは神龍の巫女として、必要な知識を語ってくれる。


 今の俺は竜人族と呼ばれる存在に転生したらしい。新しい名前は『グレイズ・オボロ』。朧は苗字扱いにされ、これの一体何が最高の名前だとパパンには文句を言いたい。


 自分の名前の一部をつけただけだ。


 ママンは一部とはいえ神龍の名を呼び捨てには出来ないと、グレイと愛称で俺を呼ぶ。グレイズの『ズ』は俺にとって最早いらない文字と化した。


 そして、ここは『空中都市パノラテーフ』と呼ばれる龍族と、その下位種族である竜人が暮らす大陸だ。他種族との関わりを一切断ち、独立した空中大陸の上に成り立っている。


 仕組みは分からないが、地上から遥か上空を浮遊しながら移動していると教えられた。特殊な結界が張られていて、視認する事は不可能とも。


 竜人は十五歳の『成龍の儀』を乗り越えた者だけが『龍』を名乗り、この大陸を自由に行き来できる事を許される。


 そこで初めて『龍』と成すか、『竜人』のまま生きるかを選択するのだ。即ち『龍化の法』。人有らざる力を望むか、平穏に生きるかを本人の自由で選べる。


 それ以外にも各属性を有した古龍によって縄張りが決められているらしいけど、詳しい事は聞けなかった。因みに言語とは違って文字は読めない。


 転生時の特典とやらである『知恵の種子』の効果が皆無だ。どうなってんだよクソ神。


 転生神ボウヤースは元々力を貸す気はなかったみたいだから良いけど、そこら辺のサポートは欲しかったよパパン。


 そして、俺は元々人だった頃の『闘気』、そして武神の加護から得た『神気』、今回の転生で『龍気』の三つを操れる様になった。


 そこに『魔力』という新しい力に更なる強さの可能性を見たんだ。


 ーーまだ肉体は赤子のままだ。それなら出来る事は限られてくる。


 寝たままでも構わない。少しずつ、毎日一歩ずつ気を操る術を手探りで試し、感じ取った魔力をいつかは魔法として発動させてみたい。


 多分そんなに時間はかからない。元々体内に宿る力を操る感覚を得ている俺からすれば、魔力も同様に引き出せるからだ。


魂の石版ステータス』は言語として発音しないと現れない様で、頭の中でいくら念じても見る事は不可能だった。もしかしたら何らかの条件があるのかも知れない。


 俺は色鮮やかな体内の『気』を両手両脚に纏わせたり、魔力と融合させてみたり、宙に浮かべてみたりと、誰もいなくなった隙を見つけては一人遊び程度に楽しんでいた。


 数日でその効果は現れ始め、プニプニの身体を魔力によって浮かび上がらせる事に成功する。これで本は見放題だ。


 まずはこの世界の知識。歴史。生活水準を学ぶ。同時に新しく増えた二つの力を使いこなし、『神月修羅シンゲツシュラ』以上の奥義を編み出せる基礎を築く。


 異世界生活の始まりは、計算外も含めて概ね順風満帆ってやつだ。

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