第12話 最強の親父。

 

「ああああああああああああああああああ〜〜!! あんっ?」


 このまま赤ちゃんに転生するんだろうと思っていた俺は、暗闇の中を下降していた。すると、不思議な事に眩い光の中へ吸い込まれる。


 これが転生か、っと達観した表情を浮かべていたが、どうやら話は違ったらしい。何故なら俺の身体はまだ若返った青年のままで、腰元には覇幻が存在しているのだから。


 転生神のお陰とは言いたくないが、機械神との戦いで負った傷と体力はある程度回復していた。


「おいおい、折角覚悟を決めて赤ちゃんプレイを耐える気でいたのに……一体お前は何だ?」


 強がってみたものの、一眼見た瞬間から背筋が凍りついていた。額からダラダラと流れる冷や汗を拭うことすら出来ない程の強烈な緊張プレッシャーに心臓が鳴る。


 虹色に輝く巨大な龍羽を垂れ下げ、三十メートルを超える巨躯を寝そべらせながら気怠そうに佇む其奴は、嵐龍テンペストドラゴンとは全く異質な存在だった。


『まぁ、そう怯えるな異世界からの来訪者よ。我はか弱き我が子を虐める様な父にはなりたくないのでな』


 低く、重い声が腹の底に響く。ボソリと呟いただけで俺の耳はダメージを受けていた。膝が笑う。覇幻を握る腕が震える。


(なんだこいつは……チュートリアルなんて目じゃないぞ……)


『もう一度言う。怯えるな。我に敵意はないのだ。これから息子となる男の魂が正か邪か見極める為に呼び寄せたまで』

「……むす、こ?」

『あぁ、こんにちは赤ちゃんってやつだな。喜べ。お前は我が選び抜いた竜の巫女の息子として生まれるんだ。自慢だが中々良い女だぞ? 特に胸が良い。形も大きさも抜群だ』

「まじか⁉︎ 俺、す、吸っても良いんですか⁉︎」


 俺は思わず身を乗り出して敬語になってしまった。だが、我が父になる龍は寛大らしい。返答はしなかったが、右手の竜爪が一本サムズアップしていたのだ。


 ーーこれも全てチュートリアルの恩恵か。頑張ってクリアして良かった。グッジョブ俺!


『我の息子として産まれるのは、少々苦労をさせると思う。だから巫女のカティナには竜の里から少し離れた場所で、静養する環境を用意した。乳は出ないが丁度良い乳母も見つけたしな』

「ありがとうパパン!!」


 俺は両手を組んで祈りを捧げた。何この高待遇。緋那ヒナの代わりを探そうと思っていたどころか、最初から乳母までおりますやん。


 ーーグッバイ緋那。せいぜい付き合った男に媚びを売った挙句、ゴリラ並みの怪力がバレて手酷く振られればいいさ。


『下種な心根が声に漏れてるぞ。正義感丸出しの無謀な弱者よりは好感が持てるがな』

「人間とは欲望に忠実な生き物なんだよ。金に無縁な俺はまだ善人な方さ」

『加護の代償か……我の加護で少しは中和されるかもしれんがな』

「マジで⁉︎ 俺でも金を稼げるのか⁉︎」

『転生して見なければ分からんが、多少変化はあると思うぞ。我の加護は主に成長に影響を及ぼすから、何とも言えんが』


 片目だけを開いて相変わらず寝そべったままのパパンに、俺は感謝の土下寝をした。プライド? 何それ美味しいの?


 そんな俺をみて 、パパンは若干呆れた視線を向けながら気を使ってくれたのか、小さく口を開いた。


『二つ頼みがある。我とお前はそう簡単に会うことは出来ない。だから、次に会う時にはもう少し強くなっておいてくれ。そして、数年で良い。母のカティナとの時間を大切に過ごして欲しいのだ』


 思っていたよりもパパンが真顔だったから、俺は佇まいを正して聞いた。


「理由を聞いても良いか?」

『……お前は我の後継者となるべき存在だ。竜人とはいえ、母体であるカティナの肉体と生命力にかなりの負担がかかる。故に残された寿命が短い、とだけ言わせて貰う』


 俺はまだ会った事もない母親だが、そんな話を聞かされて何も思わない畜生ではない。


「何とか出来ないのか? 親父は……多分神族だろ?」


 俺は勘だが思っていた確信を突いた。神々しい迄に輝いた聖なる龍鱗と、金色の瞳。

 気を使わなければ俺の様な矮小な存在を、会話だけで消滅させてしまえそうな神気。


『そろそろ名乗っても良いか。我は『神龍グレイズメント』、全ての龍族を束ねし存在だ。お前も覚えておけ、『神格』を得た者は気軽に名と姿を晒してはならない。何故なら、弱者には信奉や崇拝を、強者からは従属や隷属を求められてしまうからだ』

「……同じ『神格』を持つ同士なら、眷属に出来るというアレか?」

『あぁ。神と呼ばれるのは一部だが、『神格』を持つ資格がある者は多い。負ければその力をステータスごと奪われる事にもなりかねないのだ』


 俺は顎を抑えながら、慎重に教えられた言葉を脳裏で反芻した。神格保有者に負ければ全て奪われる。勝てば全てを奪い眷属に出来る。


 だが、多分この話には俺の知らない裏ルールがある気がした。だって、全てを奪った雑魚を眷属にするメリットが無い。

 調整や、奪う条件を定める事も可能な筈だ。


『一瞬で切り替えたか。先程とは見違える程の闘気だ』


 神龍は悟ったのか、ゆっくりとその身を起こす。凄まじい直感だと驚きながらも、俺の口元は自然とつり上がっていた。


「良い事を閃いたんだよパパン。ーーいや、神龍様。ここで俺がお前を倒して『神格』を奪えば、ママンも長生き出来るんじゃないかってさぁ」

『ふむ、そう来たか。ならば試してみると良い。我はここから一歩も動かぬし、翼も使わぬよ』


 俺は覇幻を抜き去り、初手から禁じ手を発動した。機械神なんて目じゃない程の最強の敵に対して、出し惜しみしている場合じゃない。


 ーー俺の身体がバラバラになろうとも、親父を倒して『神格』を頂く!!


「覇幻一刀流秘奥義、『神月修羅シンゲツシュラ』!!」

『カカッ! 人の身でありながら既に神気を扱えるか。我が子は優秀だな』


 神龍は笑いつつ鋭い牙を覗かせた。多分こいつは俺を舐めている。武神の加護すら児戯に等しいと一笑に伏せる気でいるのだ。


 ーーその慢心を、俺が叩き潰してやるさ!


 修羅状態の俺は、視界から流れ込む情報がスローに見える。所謂一流のスポーツ選手や、極限状態の人間だけが入れるという世界、『ゾーン』を意図的に引き起こしているのだ。


「覇幻一刀流奥義、『残月ザンゲツ』!」


 嵐龍を屠った一撃を見舞ってやろうと、俺は刃に左手を添えて神龍の顎先へ迫った。


 ーーチョンッ!


「ーーエッ?」


 俺以上の速度で龍爪が一瞬覇幻に触れた。修羅状態でもいつ動いたのか一切視認できなかった。途端に愛刀ごと俺の身体は吹き飛ばされる。


 ズザァッ、っと音を立てて地面を転がると、驚いた事に俺の右腕は肘から真逆に折れ曲がっていた。


「グアアアアアア〜〜ッ!!」


 時間差で発生した激痛から覇幻を落として地面に蹲ると、巨大な龍の前脚が俺を潰す。

 起き上がる事は勿論、身動き一つ取れない。


『我の勝ちで良いか? 息子よ。高みを求めるのは良いが、無謀な考えは時に命を軽くする』

「……はい」

『チュートリアルとやらで、何回死んだ? 最後に神族に勝てたから満足か? お前はそれまでに何回負けたのだ?』


 ーーゾクッ!!


 初めて向けられる神龍グレイズメントの殺気を受けて、俺は恥ずかしさと恐怖で思わず漏らしそうになった。


 屈辱に顔面は歪み、あまりの強者の正論に涙が溢れる。


 チュートリアルで生き返った事が、いつのまにか俺の心に『死んでもやり直せばいい』なんていう惰弱を埋め込んでいたのだ。


「……すいませんでした。精進します」

『うむ。それでこそ我が子だ。次に会える時を楽しみにしているぞ』

「はい。ご教示有り難く承ります」


 意気消沈といった俺に、突然神龍の温かな光が降り注いだ。顔を上げると、少し困った様な表情をしているパパンがいた。


『……ん、と……そ、そうだな。我の加護を与えるから元気を出すのだ! きっとお前は強くなれる! その為の名前もしっかり巫女に伝えてあるからな!』

「な、まえ? あっ、そうか。転生するんだから名前も変わるのか」

『朧という響きはそのままにしておいた。ーーそろそろ時間だ。カティナによろしく伝えておいてくれ。今日の事はいずれ、言葉を覚えたら話して構わぬ』

「はい! いってきます!」

『確か父親はこういうのだろう? ーーいってこい!』


 俺と神龍は二人で腹を抱えて笑った後、別れを告げて元の暗闇の中を落ちていった。


「いつか、ぶっ倒してやるからな親父!!」


 俺の新しい父親は最大に最強で最高だった。何て幸せなんだろう。誰も戦う相手がいないくらいに強くなっても、親父がいてくれる。


 ーー爺になって年老い、諦めていた武人の心に火が灯る。


「とりあえず世界最強の赤ちゃんを目指すとするか!」


 かかって来い異世界!! 待っててね巨乳の美人なママン!!

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