第11話 『デウス・エクスマキナ』 後編
『朝日朧ノ死亡ヲ確認シマシタ。肉体ノ再構築ヲ開始シマス』
これで最初に大剣で両断されてから、六回目の復活だ。第九階層で目を覚ますと、お決まりの選択を求められる。
ーー即ち諦めるか否か、だ。
「……」
最初に殺されてからは敢えて闇雲に特攻したり、完全に防御に徹したり、様子見などでは無く常に本気で戦法を考えて戦いに望んだ。
だが、全ては無意味だと悟らされた。
特にレーザーの一斉斉射が一番拙い。避ける隙どころか、四方を防がれ上下からの挟撃でとどめを刺された。
一番痛みを感じなかったという事は、瞬殺されたのと同義だろう。
攻撃を仕掛けると直ぐ様四肢の動きを束縛され、こちらの刃は振り切る事さえ許されない。
『武神の加護』が働いているのか本当に不思議なくらいに、俺は手も足も出なかった。
「とんでもねぇな、神族……」
しかし、今回生き返ってみて俺の頭の中には漠然とした疑問が渦巻いている。
何故俺の行動を制限する術を持ち得ながら、羽根の一枚は盾の形をしているのだろうか、と。
(盾とは敵の攻撃から己や仲間を守る為に装備する。機械神がソロである以上、何らかの前提条件が覆った際に身を守る必要があるんだ)
俺は胡座をかいて地面に座り込むと、瞼を閉じて座禅を組み、精神を集中させた。
今までの戦い、もとい処刑を振り返ってみて奴が盾を使用したのは一度のみ。
俺が砲身から放たれたレーザーの一発を叩き斬り、地面スレスレに『縮地』を発動して斬りつけた時だけだ。
確実に『
「シールドバッシュとかいう技を聞いた事があるけど、それの神族版か?」
重力か、斥力か、気や魔力の類なのかは分からない。ただ、あの盾に触れるとアウトだ。近接戦闘しか出来ない俺は、引き離されると致命傷になり得る。
ちなみに炎の魔術は試してみたが、詠唱に時間が掛かる上に火傷一つ負わせる事が出来なかった。
三回目に殺されたのは「魔法役にたたねぇ」と呆れていた際に、大鎌が空間を通じて俺の背後から飛び出し、あっさりと貫かれたからだ。
ちなみに繭の状態へ先制攻撃を仕掛けてもみたが、どうやら逆鱗に触れたらしく、大爆発を起こして俺は爆死した。
アレはどう見ても怒っていた気がするんだけど、もう一回やるのはよそう。熱かったしね。
「さて、何度考えてみても『アレ』しかないか……」
前世で一度だけ使ってみて、死に掛けた奥義がある。その時の事はあまり思い出したくはないけど、俺は戦に毒を使った屑共を一人残らず皆殺しにした。
ーーそして、一年程肉体が動かなくなった。ベッドで介護されるだけの生活は、一生の中で最も退屈で死にたくなったが懐かしい。
「待たせたな。
俺は立ち上がると七回戦を開始した。神殿に転移すると既に見慣れた扉を両手で開く。
『警告シマス。コノ神域ハ私ノ支配下ニアリ、貴方ノ行動ハ制限サレマス。故ニ、貴方ノ希望ガ叶ウ事ハアリマセン』
繭から羽化した美しい機械人形が同じ台詞を述べる。俺は耳を穿りながらリラックスした状態で答えた。
「それもこれで終わりだ。何回も付き合わせて悪かったな」
『……?』
珍しく俺の言葉の意味を図りかねているのか、機械神が硬直した。多分頭の中で最適解とかを導き出しているんだろうけど、すぐに意味を理解するさ。
あぁ、チュートリアル内なのだから、せめて痛くないと良いなぁ。
「覇幻一刀流秘奥義、『
この奥義は二度と使うまいと封印した技だ。当時の俺はどの様な原理かわかっておらず、『才能』の一言で片付けたが、今なら分かる。
武神の加護を授けられた『覇幻』から流れ込んでいる『神気』とやらを、俺は自分の『闘気』と融合させる事に成功したのだ。
結果として己の意思を失い殺戮兵器と化した俺は、肉体の限界を超えるまで、否、超えても敵を駆逐した。
その力に人の肉体が耐え切れる訳もなく、粉々に砕けた骨が治るまでに一年の時を有した。今考えてみれば、あれ程の重傷が完治したのも加護のお陰かもしれない。
『ーーーーソンナッ⁉︎ ソレハ神気ナノデスカ⁉︎』
「初めて人形らしからぬ反応を見せたな。俺はそっちの方が好きだぞ」
機械神は目を見開き、異常とも言える光景を前にして機械的にギシギシと身体を鳴らす。
俺の周囲には視認できる程の真紅のオーラが迸り、覇幻はそれを吸って煌々とした輝きを放っていた。
「行くぞ。俺の全てを賭けてお前を……神を殺す!!」
その一言を最後に、俺は人であるのをやめた。
__________
先程から幾度も朧の肉体を拘束しようと『空間固定』を試みているのだが、視認した直後にその姿はその場から掻き消えている。
全方位に砲門を向けてレーザーを放った直後、下方から伸びた一瞬の閃光によって、羽根を変化させた二枚の砲門と一枚の槍が根元から断ち切られた。
『〜〜〜〜〜〜アァッ!!』
激痛に呻くと一回転して大剣を横薙ぎし、敵から距離を保とうと上空に飛ぶ。
しかし、その行動さえ読まれていたのか、その遥か上にいた朧は降下しつつカウンターの如く機械神の胴体に右袈裟を浴びせた。
機械神は血を吐き出すと、残された四枚の羽根からレーザーを四方に乱射する。
そのうちの一発が朧の左腕を焼失させるのを確認した直後、自分の両膝から下が宙を待っていた。
ーー声にならない神の絶叫が神殿に響く。
「……歯を食いしばれよ人形」
交差した時にボソッと呟かれた一言を受けて、
感情が乏しい神が初めて抱いた感情は『怒り』だったのだ。
『神ヲ侮辱スル愚カ者メエエエエエエエッ!!!!』
甲高い超音波が朧の鼓膜を容易く破りさる。そして機械神は気づいたのだ。
姿を視認できないならば血の跡から動きを予測し、大鎌を空間から突き出せばいい、と。
現に朧は左腕を始めとしたあらゆる箇所から血を流している。
神は一瞬だけ口元を歪めて、また元の無表情へと戻した。失った欠損部位などチュートリアルの機能を利用すれば幾らでも復元可能だと、内心で打算を働かせていた。
だが、その為にはこの戦闘を終わらせ、朧が死ぬ必要がある。
それがチュートリアルにおける絶対的な存在、
血の跡を辿り、ある一定の行動パターンを高位演算で導き出すと、機械神は羽根の一枚を朧に悟られぬようにゆっくりと大鎌へ変える。
『コレデ終ワリデス。愚者メ!!』
そして『空間転移』の準備を終えると、大鎌を一気にその場所へ突き出した。ーーしかし、手応えを感じない。
一体何故だと驚愕から表情が歪む。赤い宝石を埋め込んだ両眼は突き出して零れ落ちそうだった。
「漸く食いついてくれたな。さて、大鎌を空間に差し込んでるお前の背中はガラ空きだぞ?」
朧はいつのまにか背後に迫っており、言葉半ばにして機械神は残された羽根ごと背中を斬られた。
宙に浮かんでおられず、顔の前に両腕を交差したまま地面に落ちる。先程の言葉が反芻して、自らが罠にかけられた事を知った。
悔しさや、怒りの感情を抱いた人形が、次に覚えたのは恐怖。純然たる恐怖だ。
しかし、
そんな自分を右足で踏みつけて見下ろす人間が、まるで地獄の悪魔、ーー邪神の様に恐ろしかった。
「ハハッ! 顔面が壊れて最初に見た時と同じだ。……じゃあな木偶の坊」
朧は隻腕となり残された右腕で覇幻に力を込め、神の首元目掛けて全力で振り下ろす。
その際に残された神気を全て刃に吸わせ、奥義『
両断した首元から円形の斬撃が機械の肉体を削り取り、最後の一撃で真っ二つに両断した。
ジジッっと電気がショートしたような音を鳴らしながら、
朧は咄嗟に背後に飛び退くと、そのまま滑る様に地面に突っ伏した。目から流れた血で最早視界すらおぼつかず、鼓膜は破れて耳は聞こえない。
骨は砕け、一部が肉を突き出ている。
左腕はレーザーにより焼失し、傷跡が焼かれているお陰で炭化しており、比較的出血は少ない。
薄れかける意識を残された右腕を噛んで必死に繋ぎ止めた。神族を殺した事で、何が起こるのか見極めたかったのだ。
起きたら異世界だったなんて事は、絶対に避けねばならない。
ーーコッコッコッ!
「どうせ直ぐに転生するから、治療は最低限で良いかな」
「クソ……神?」
踵を鳴らしながら現れた転生神は、神殿の中央に伏していた朧に手を翳すと、肉体の流血を止め、視力と聴力を治癒した。
朧は忌々しいと憎しみの感情を露わにしつつ、睨み付ける。
「まずは『チュートリアル』の完全制覇おめでとう、朧君。これで君は
「そんなもんが目的で戦った訳じゃないけどな。でも、ありがたく受け取るさ」
「うんうん。人間素直が一番さ。実はチュートリアルを制覇した人間は初めてなんだよ。一体どんな転生先になるやら、末恐ろしいね」
「まぁ、せいぜい精進して『当初の約束』通り、お前を俺の眷属にしてやるよ」
直後、神殿内に凄まじい殺気が放たれ、緊張感が増し続ける。
「お前が十階層にいたら勝てなかったかもな」
「……私が君を見くびり過ぎていたのは事実だよ。だから、転生先において邪魔はしないと神の名において誓おう。その上で私を眷属に出来る程の『神力』と『神格』を得たなら、喜んで挑戦してくるといい」
「んじゃ、名を名乗れよ」
胡座をかきながら太々しく問う朧へ、転生神は偽装の影を拭い去り少年の姿を見せた。そして、同じく胡座で地面に座り込み、堂々と宣言する。
「私は転生神ボウヤースだ。朧君の成長を楽しみにしているよ!」
朧は嵐龍より、機械神より、ボウヤースの姿を見て驚いた。
しかも名前的に『坊や』と呼んでしまいそうになるから、不意に口には出せない。
まぁ、いつか呼んで扱き使ってやろうという目的が増えたのだった。
__________
「そろそろあちらの世界への転生が始まるね。他の四人の勇者は無事に転生したよ。まぁ、一人期待外れもいたけどさ」
「……どうせ葵ちゃんだろ?」
「せいかーい、ドンドンパフパフ〜!! でも、彼女は君と違った意味で異質だ。何回殺されても諦めずに、ゴブリンを説得し続けて遂には仲間にした」
「あの子らしいな」
俺が微笑むと、ボウヤースは眉根を狭める。一体どうしたのかと首を傾げていると、漸く重い口を開いた。
「彼女はその方法で第七階層の『
「ナニソレコワイ……」
葵ちゃんに一体何が起こったのか分からないが、
「ん? 俺って赤ちゃんからスタートで、あいつらはその歳からスタートなんだろ? 例えば俺が十歳で会った時には二十代後半って事⁉︎」
そこんとこどうなのっと俺が攻め寄ると、坊やはコクリと頷いた。なんの躊躇もありやしない。
「最初に言っただろ。私は朧君に邪魔されたくないんだよ。彼等勇者には瘴気を程々に散らして貰い、文明を適度に発展させて貰いたいだけなんだ」
「別に俺は邪魔なんてしないぞ?」
「……元の世界の生身、もとい、たかが若返っただけのステータスで龍族や神族を倒す君に言われても、一切信用出来ないかな」
薄目で俺を見つめてくるボウヤースへ、俺は宣言した。
「馬鹿野郎! 俺は元々隠居を決めてネトゲの世界を自らの世界だと間違えてしまう程の引き篭もりだぞ!! あっちの世界でも俺は程々の運動をしながら、
「そこはせめて嫁って良いなよ。どれだけ自分に自信がないんだ。人類最強の剣士の癖に」
「え〜? だって剣とか戦いと恋は違うっていうか、フラれたら立ち直れないっていうか……怖いよね恋愛?」
俺がモジモジっと身体をくねらせながら同意を求めると、ボウヤースは何故か掌から極大の炎球を放ってきた。
ーーゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
俺は避けるのではなく、ボウヤースの足元に前転して転がる。最も安全な退避場所だ。
「ゴラァッ!! 何すんじゃいチビっ子がぁ!!」
「……すまない。なぜか無性に苛ついてしまってね。手が滑った!」
何故だ。この神は笑っているのに視線が氷の様に冷たい。まるで変態を見る一般人のソレをしている。
冷酷極まりないぜ。
「まぁ、もういいや。いってらっしゃい」
「ん? なら相談があるんだ。俺はハースグランでは適度に働いて金を稼ぎたいから、誠に遺憾ながら愛刀をお前に預けようと思ってーー」
「ーーいってらっしゃい!!」
最初は笑顔で掌を振っていた癖に、俺の言葉を遮る勢いで転生神は両掌を地面に翳した。
すると、巨大な落とし穴が現れて俺は呑み込まれる。
「ああああああああああああああああああああ〜〜!! もう貧乏は嫌だああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜!!」
俺は絶叫しながら落ちた。だけど最後に転生神が言った言葉はしっかりと耳に届いたんだ。
「私も嫌だよ。それに、その刀はどうやったって君の手元に戻るもの。ドンマイ!!」
こうして、俺は異世界ハースグランに転生した。だけどその前に『最大の試練』が訪れるとは思ってもいなかったのだ。
ーー『神龍グレイズメント』
新たな父親とした初めての邂逅は、殺し合いから始まった。
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