第10話 『デウス・エクスマキナ』 前編

 

『我を倒すとは見事なり、誇り高き戦士に敬意を払おう』


 俺は真っ暗闇の空間に浮かんでいた。恐らく肉体ではなく、魂だけが漂っているのだと拳を開いたり握ったりして確認する。


 そんな中、不意に嵐龍テンペストドラゴンの声が聞こえると、全身を温かな光が包み込んだ。


『俺は……お前に勝ったのか?』

『あぁ、我の肉体と魂が完全に消滅する前に貴様を此処へ呼んだのだ。我等龍族は意識を通じさせる特殊な術を持っているからな』

『便利な事だ。ところで俺は死んだのか?』


 互いに魂だけの存在になって向き合っている所を見ると、勝利はしたが俺のダメージが限界に達したのだろう。


『我にはあの空間の事はわからぬ。だが、古龍の一体である我を倒した貴様からは、不思議な加護を感じたのだ』

『……確か武神の加護って聞いたな。俺が持っていた刀って言っても分からないか。武器がそれらしい』


 素直に答える俺を見て、嵐龍は面白そうに口元から牙を覗かせて笑った。

 一体なんだと俺が首を傾げていると、そろそろ時間が来たのか徐々に真っ暗な空間に光が差し込み始める。


『楽しかったぞ朝日朧よ。龍族は強き者に敬意と好感を抱く。覚えておくといい』

『お前みたいに強い敵と戦うなんて……んっ、楽しみにしておく』


 俺は「もう絶対にごめんだ」と言いかけて、訂正した。異世界で強い者と戦える喜びを求めているから、嘘は吐けない。


 そんな俺と嵐龍の異種族交流を、勝手に打ち切る存在が現れた。


『朝日朧ノ死亡ヲ確認シマシタ。肉体ノ再構築ヲ開始シマス』


 機械的なプログラムの声がした途端に俺は光に吸い込まれ、無理矢理暗闇から追い出された。

 最後に見た『嵐龍テンペストドラゴン』は、どこかスッキリした晴れやかな表情をしていたと思う。


 龍の気持ちなんて分からないけど。


 __________


「んっ……そうか、これがチュートリアルの効果か」


 俺は第九階層で目を覚ますと、拳を道場の地面に叩きつけた。各所に受けたダメージは完全に回復しており、肉体に違和感も無い。


 ーー単に自称神に負けた気がして悔しいだけだ。どうせ小憎らしく腹を抱えて笑っているんだろう。


『朝日朧ノ死亡ニヨリ、選択ヲ求メマス。最終階層ヘ挑ミマスカ? ソレトモ、異世界ハースグランへ転生シマスカ?』


 俺は一瞬だけ瞼を閉じると、選択を迷った。正直に言って一度死んだ以上、この九階層が己の限界だと見極めても良いのではないだろうか。


 そう、負けてしまったのだ。俺は『チュートリアル』というシステムに助けられて存在を許されているだけに過ぎない。


「……なんて、賢く物事を考えられるほど要領の良い人間なら、武人は名乗れないわな」


 ここまで来たんだ。先にどんな強者、もとい神族がいるのか見てみたい。そして、立ち合ってみたい。


 いつでも俺を揺り動かして来たのは純粋なる好奇心である。単純に知りたいのだ。


 ーー貴様と俺、どっちが強いのか?


「最終階層に挑む!」

『…………』


 俺が力強く返事をしたのに、プログラムからの返答は無かった。静寂が場を支配していると、次第に階層が昇っていく。


 天井を見上げながら最終階層へ辿り着くのを待っていた。


 ーーヒュンッ!


 その時、突然身体がフッと軽くなった気がして慌てて周囲を見渡す。すると、俺は道場ではなく神殿の扉の前に立っていたのだ。


 一歩退がってみると、ギリシア神殿の様な前面多柱式の造りをしており、神殿以外の建造物は見当たらなかった。


 神々しいというイメージは無く、どちらかと言うと何かを封印しているみたいな印象を受ける。


「さて、ご対面といくか!」


 彫刻の施された豪華な扉の取っ手を掴んで押すと、簡単に開いていく。寧ろ重さを感じなかった。


(何だアレ?)


 俺の視線の先には真珠色の輝きを放つ玉座が一つあり、そこには片目の壊れた機械人形が座していた。

 一見先程のモナリサと呼ばれた天使に雰囲気が似ていたが、真っ赤な宝石の瞳からは生気を感じない。


「最後のボスが壊れた機械人形とはなぁ……」


 少しだけ残念だと肩を落とす。嵐龍の方が余程威圧感があったし、畏怖するに値した。最後の最後が壊れた人形遊びかと、軽い溜め息を吐く。


『第十階層、機械神デウス・エクスマキナ戦ヲ始メマスカ?』

「ーーうおぉっ⁉︎ 人形が喋った! っつーか、お前がプログラムの正体だったのか!」


 数歩分近付いた直後、カクリと項垂れていた力無き人形の口が不自然に動いた。俺は思わずビックリして声を荒げてしまう。


 昔からホラーとかの類は苦手なんだよ。だって斬れませんし。


「返答無しか……どうでも良い! チュートリアル最終戦を始めよう!」

『交戦ノ意思ヲ確認シマシタ。神ノ敵ヲ殲滅シマス』


 俺が覇幻の柄に手を掛けた時、『ソレ』は起こった。機械神の身体から無数のコードが触手の様に飛び出すと、繭に篭ったのだ。


 一体何をする気なのか様子を見ていると、次第にヒビが走って上部から繭が割れていく。


「ーーーーッ⁉︎」


 繭の中から現れたのは、十枚の機械羽根を広げた機械神デウス・エクスマキナの見違えた姿だった。


 肩まで掛かった美しい銀髪の隙間から真っ赤な宝石で出来た両眼が覗く。


 透明感のある布地が幾重にも重なった白いローブをはためかせ、右手には金色の錫杖を掲げていた。


 俺は前世で様々な人形の類を見てきたが、これ程までに目を奪われた事はない。無機質な美。命なき人形だからこそ持ち得る造形美に見惚れそうになる。


「だが、斬ることに躊躇はしないな」


 俺が斬りかかろうと身構えた直後、機械神が口を開いた。


『警告シマス。コノ神域ハ私ノ支配下ニアリ、貴方ノ行動ハ制限サレマス。故ニ、貴方ノ希望ガ叶ウ事ハアリマセン』


 警告と言いつつも、機械神から全く殺気を感じない。神族というからには何らかの特殊能力を有しているのは当然だが、こちらから殺気を放っても当てられている気配がない。


 ーー戦う気があるのか?


「やってみなきゃ分からないよな!!」


 俺は最初から特殊歩法『縮地』で一気に機械神の前まで疾駆すると、足を封じる為に左太腿を愛刀で切り上げた。


 羽根があるから飛べるのかもしれないが、神族と呼ばれる者がどんな風に対処するのか試したのだ。


 ーーピタッ!


「ぐむ、うおぉ、ふんぬおおおお〜〜!!」


 覇幻の刃が機械神に触れようとした瞬間、俺の肉体は固まった。


 いきむ様な声を上げながら、全力で拘束を解こうとしたがビクともしない。

 両手首、両足首、膝、肘などの関節と、首から背中にかけて俺の自由は奪われたのだ。


 どんな攻撃を受けてこうなっているのか。原因が不明過ぎて、驚愕を通り越して混乱した。


「嘘……だろ?」

『貴方ノ希望ガ、叶ウ事ハアリマセン』


 目の前では十枚の機械羽根の内、一枚の形状が一メートル半程の長さの大剣へ変わっていく。


 機械神デウス・エクスマキナは死の宣告を告げた後、ゆっくり瞼を閉じた。


 大剣が無慈悲に振り下ろされるのを何も出来ずに見つめていたが最後、第一回戦は俺の惨敗だった。

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