第8話 『チュートリアル』 4

 

『第八階層、『巨人タイタン』戦ヲ始メマスカ?』

「あぁ、始めてくれ!」


 鼻血はもう止まっており、徐々に全盛期の若い肉体に馴染んできたと実感出来た頃、ソイツは現れた。


 十メートル近い巨大な肉体は筋肉が隆起しており、太い腕だけで俺の身長を超える。真っ赤に染まった肌に、真っ赤な目。


 狂っているのか、腹が空いているのか、口元からは涎がダラダラと溢れており、右手に握られた棍棒は一振りで俺を肉塊に出来そうな膂力を感じさせた。


「いきなり魔物のレベルが跳ね上がった気がするのは、自称神の仕業か?」

 俺の疑問に答えてくれる者はおらず、静寂を切り裂く様にして爆音が轟いた。


 振り下ろされた棍棒は道場の地面を抉り、散らばった木の破片が飛び散る。


 ーーグオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 鼓膜が破けそうな巨人の咆哮に思わず耳を塞いで距離を取る。

 大気が震えるとはこの事かと、かつて味わった事のない威圧を受けて俺は視線を鋭くした。


 一度だけ深く深呼吸すると、巨人の右膝へ愛刀の一撃を浴びせる。だが、斬撃は肉の浅い部分だけを斬るだけで両断する事は叶わなかった。


「まじかっ⁉︎」


 蛇姫ラミアの時とは違い、正真正銘『覇幻』の一撃を巨人は防御する事なく、肉体の膂力のみで受けきったのだ。


 俺が驚きに目を見開いていた直後、再び棍棒は振り下ろされた。型などなく、己の力を振り回すだけの一撃。


 だが、それは衝撃波を巻き起こして俺の肉体を吹き飛ばす。避けたつもりだったが、右太腿には木の破片が突き刺さっていた。鈍い痛みに一瞬顔が歪む。


「とんでもないな……」


 正直に言って、愛刀『覇幻』と自分の武術さえあれば何とかなると予想していた。多少苦戦はするが、神族を屠るのも容易だ、と。


 そんな浅い思惑は、あっさりと巨人に崩される。


 命を賭けなければ死ぬ。ーーハッキリとそう理解した時に、俺はスイッチを入れた。


(殺す。殺さなければ殺される)


 観察や、遊び心など要らない。手心など加えない。ひたすらに敵を殲滅する。


 先程一太刀浴びせた箇所と寸分違わぬ右膝へ再び刃を沈み込ませると、次撃は骨まで届いた感触があった。それでも右手が痺れる。


 骨自体がとんでもない硬さを誇るのだと悟ると、狙う目標を腱に変えた。


 連続で落とされる棍棒の一撃を空中で避けながら、時に刃で建物の破片を防いで隙を狙う。だが、空中に飛んだのは悪手だったのだ。


 巨人の四肢を警戒していた直後、俺の視界に黒い影が差し込む。一体なんだと顔を向けた時には既に遅い。

 巨大な額が俺の両手を押し込めて吹き飛ばした。ーー頭突きだ。


 刀を持った相手に普通の人間ならば絶対に取らない選択肢の一つ。所詮は不意打ち。敵に首元を晒せば斬られて終わりだからだ。


「ぐああああああっ!!」


 数十メートル吹き飛ばされた俺は、壁に背中を打ち付けめり込む。溜めていた息が肺から無理矢理吐き出されて、堪えきれずに吐血した。


 経験から恐らく内臓が損傷している。それ程のダメージ。たった一撃が致命傷だとわかっていた筈なのに、何たる未熟。


「ゴフッ! 平穏な生活は人を堕落させるというが、修行はサボってなかったんだけどな」

 斬撃は最低でも二撃じゃ骨までは通じない。ならば『面』ではなく『点』で行く。


 ーーよろける体を起こすと、久しい痛みに酔い痴れながら俺は『覇幻』を構えた。奥義を使うとか、正直懐かしいな。


 緋那には幾ら頼まれても見せなかったし。


「覇幻一刀流奥義。『崩月ホウゲツ』!!」


 俺が壁走りに疾走すると、巨人は先手を取ろうと行く先へ向けて最短距離で走り始める。

 距離が徐々に近づいて行くと、俺は『縮地』で一気に加速する。


 不意に視界から消えた俺を探している巨人のアキレス健へ覇幻を突き刺すと、奥義を発動した。

 刺突から刃を剃り返すと円の動きに繋げ、踵付近の肉を削り取る。


 そのまま袈裟斬りを繰り出すと、一気に右足の骨ごと足首は消失した。


 気を刃に纏わせる事で、浸透発勁を斬撃で起こし、強固な内部を破裂させる。


 ーーンギイイイイイイイイイイ!!


「痛いか? 俺も同じく痛いぞ」


 失った右足により態勢の崩れた巨人の背中を駆けて、俺は首へ斬撃を浴びせる。一撃では浅く、二撃では骨に届かない。


 ーーならば、骨を断ち切るまで寸分違わぬ箇所を斬り続ければ良いだけだ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 俺は裂帛の気合いを上げ、乱れ突きの様に首骨の一点へ向けて斬撃を織り交ぜた刺突を繰り出すと、漸く硬い骨を両断出来た。


 頭を刈り取られた事が余程信じられないのか、巨人タイタンは驚きの表情で固まったまま絶命する。


「ぶっはあああああああ〜〜!!」


 俺は覇幻を納刀すると、地面に座り込んで一気に息を吐き出した。


 もう一撃食らっていれば、死んでいたかもしれない。そう思わせる程の存在に会えたのは喜ばしいが、同時に人間の限界を感じた。


「武神の加護がなければ、最初の一撃で死んでたかもな」


 俺が攻撃を受けた瞬間、刃が光り輝いていたのが見えた。

 巨人の頭突きと俺の間に覇幻が無かったら、この程度のダメージでは済んでいなかった様に思える。


「俺はもっと強くならなきゃな。まぁ、その為のチュートリアルだ!! 次の化け物を倒せば、いよいよ神族戦だぞ。胸が高鳴るな!!」


 そう思った直後、喉元から湧き上がる嗚咽感を抑え切れずに血反吐を吐いた。内臓の損傷は拙い。そういえば死ぬ以外の回復方法はあるのかな。


「おい、プログラム。このままじゃ死ぬ。回復方法を教えてくれ」

『回復ノ方法ハ、アリマセン。死ネバ下ノ階層ヘ戻リマスノデ、改メテ、チャレンジシテ下サイ』

「敵も復活するのか?」

『イエ、挑戦スルカ、諦メテ転生スルカ、判断ヲ求メマス』


 あぁ、成る程と思った。俺が勝ち進んでいて階層が上がっていくから、今まで転生のタイミングが無かったのか。


 普通なら死んだり諦めた時点で、転生するかどうか聞かれるんだな。


 ーー彼奴らは無事に転生出来ただろうか。葵ちゃん辺りは、一階層のゴブリン辺りで諦めそうな気がする。


「それじゃあ、俺はこの状態で次に挑むしかないのか……きついな」


 正直いえば一度でも死にたくない。負けるのは嫌だし、死ぬ思いとかを一度植え付けられると、命が軽くなってしまいそうで嫌だ。


 そんな俺の甘い考えは、次の階層で粉々に吹き飛ばされた。圧倒的な力、伝説的な巨躯、空想の存在。


 ーー『嵐龍』によって。

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