第6話 『チュートリアル』 2
「ふむ。この程度か……」
俺は軽く欠伸をすると、腕を伸ばしてホッホッと体操しながら若返った肉体を柔軟した。これは癖みたいなものだ。
三十代を超えた頃から、意識と肉体の性能に徐々にズレが生じ始めた。油断大敵。敵を舐めれば、それは即ち自らの死を意味し、自由を奪われる。
そう考えた時、自然と身体を解すのが日課になった。
現在第七階層に向かうかを否かをプログラムに問われている。そして、俺はその答えに対して『ノー』と答えた。
この『チュートリアル』の中では空腹も、睡眠も、便意も無い。だが、何故か喉が乾くのだ。
これは緊張感からではなく、仕様なのだと途中で理解した。人は極度の緊張状態に陥ると酷く喉が乾く。
俺はともかく、先に進んだ彼らならば一階層をクリアした辺りで実感していただろう。
壁の棚に設置された水で喉の渇きを癒しながら俺は一息つくと、先程までの階層の事を思い出していた。
__________
『第二階層』は
だが、実際には小鬼と大差はなく、巨躯から繰り出す力ある一撃は評価に値したが、贅肉がつき過ぎてて興醒めした。
遅く、小鬼よりも図体がデカい分隙が多い。どこぞの道場主が得意としていた浸透勁を打ち込むと、血を吐き出して一撃で倒れた。
皮の鎧なぞで、防げるとタカを括っていたのが悪い。
『第三階層』は少し楽しかった。
まるで死角から銃で狙われているのと同等のスリルを味わえて、首が異様に細いという弱点を見つけてからも、暫く回避の修練として遊んでしまった。
拳打一撃で首の骨がポキリと容易く折れるのは、生物としてどうかと思うけどな。
『第四階層』はまさかのスライムが登場した。しかも、あの水色の生物の頂上がぴょこんと立っている見慣れた形は、思わず感慨深く殺すのを躊躇った。
ーーもしや、頑張れば友達になれないだろうか?
こんなに無垢な瞳をしているのだ。なんかあるじゃん。『友達になりたがってる』的なやつ。異世界転移の友達を此処で作ったっていいじゃん。
ーーピュイイイイイイイイイッ!!
ほら、可愛い鳴き声で近寄って来たよ。俺の歴戦の勘が働いたね。此奴は絶対俺の仲間になりたがってるって。
「カモーン! 俺の相棒よ〜〜!!」
親友の様に両手を広げると、スライムは迷いなく飛び込んで来た。
「あははっ! 俺、これから転生するんだけど宜しくな!」
「ピュイッ!」
「やめろよ、じゃれつくなってばぁ〜! ん? なんか痛いぞ〜!!」
「ピューイ??」
「お前もしかして……イテッ! ってか、熱い⁉︎ フンッ!!」
俺は空中に飛んでスライムを地面に叩きつけた。酸を浴びせる友達なぞ要らん。そう、現実は常に残酷なのだ。
「ふむ。狡猾な罠だったぜ。やるな自称神……」
四散したスライムの残骸を見やると、俺はやれやれと汗を拭った。友達はやはり異世界で探そう。
『第五階層』では
「貴殿が大神様か?」
五体の大鬼の中から一歩踏み出し、青い肌に巨大な角を生やした三メートルを超える男が、在ろう事か床に膝を突く。
俺は言葉遣いから礼儀を知る者だと感じ、自ら地面に胡座をかいた。
ーー本来、俺は敵に対して絶対に戦闘中に座すなどという隙を見せはしない。
この行為を知能の高い敵がどう捉えるか、観察したかったのだ。そして、この魔物はそれに応えた。正直に言って内心では驚いている。
「ご配慮下さり
「まず、俺は大神では無いぞ。唯の人間だ。何も望んではいないから、元の場所には戻れないのか?」
「はい。ここは現実世界から隔離された場所。外界とは違って時間も停まり、我々魔族の間では『
「お前達の役割りはなんだ?」
「ここに召喚された際、眼前の敵を屠れ、と伝承されていました。しかし我らはそれを望まず、平穏に暮らしていければと思い、隠れ里にて生きております」
「召喚されて、無理矢理ここにいるのか……クソ神が」
俺はすっと立ち上がり、憎々しいと天井を見つめた。そして、ゆらりと
「俺は、俺の目的の為にこの先に進まねばならない。そして、召喚されたお前達を殺さなければ、先へは進めない」
「…………」
「偉大なる戦士達よ。名を名乗れ。俺がお前達の世界に行った際、お前達がどれだけ偉大な戦士だったかを語り継いでやろう。恨むなら恨め。その想いをこの戦いに全てぶつけて来い!! 俺に勝てれば元の世界に帰れるんだぞ? 血を食み、啜り、俺の肉を喰らえ!!」
ーーグオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
手加減は一切せず、様子見も観察もしない。
誇り高き『武人』同士の戦いに、無粋な横槍も入れさせぬと決めた。
「マヌザの里、
大鬼が涙を流しながら叫ぶと、ついで仲間達が腰や背から武器を抜いた。
「キーシャ!」
「フレン!」
「カレザ!」
「モイルド!」
「隊長ワグル! 参る!!」
全員が涙を流していた。だが、鬼気迫る威圧を込めて、各々が持つ武器を振るう。
ーー斬ッ!!
俺は『
隊長のワグルが放った槍は今まで倒してきた魔物とは一線を画していたと言える。
「見事なり。戦士達よ」
俺は普段敵を褒めない。敗者を認めない。戦いが終われば全ては死んでいるのだから、必要のない事だ。
でも、今日くらいは良いだろう。
ーー俺は背後を振り向くと、血を一つ流さずに硬直した屍へ一礼した。
「俺をまた一つ、強くしてくれてありがとう。約束は忘れない」
せめて安らかにという意味を込めて、俺は弔うことにする。こんな事、彼らは望んでいないかもしれないけれど。
「炎の精霊よ。我が敵を滅する力を与え給え。ーー『フレイム』!!」
何故か使えるという確信があった。だって、ここは『チュートリアル』なのだから。魔法だって学ぶ機会の一つとして、敢えて見せられているのだろう。
魔力とか理屈は一切分からないし、この空間が特殊なだけかもしれない。
「詠唱さえすれば覚えられるようにしてないと、『勇者』達が困るだろうしな……」
俺は皮肉を込めて右手で天を仰いだ。何でだろう。ゲーム感覚のつもりだったのに、魔族の闘志に火を点けられてしまったからか。
燃え盛る
「……神族を殺す理由が増えたな」
もう、『覇幻』を使う事を躊躇いはしない。そう決めた。
『第六階層』では
余程自身の肉体の防御力に自信があるのだろう。 布切れ以外防具一つ装備していやしない。
ーーチンッ!!
「馬鹿が……」
少しは楽しませてくれるかと思ったが、魔物は興奮しており隙だらけだ。近付いてきた瞬間に抜刀し、肩口から袈裟斬りしただけで終わる。
牛だからか、斬られた事にすら気づいていないみたいだが。
ーーブンモオオオオオオオオオオオッ!!
魔物は叫びながら俺に襲いかかろうとした。次の瞬間、上半身が斜めにズレる。知能が低いと致命傷にも気付いていないようで、稀にこんな事があった。
「お前の汚い血なんて、覇幻に一滴たりともつけさせねぇよ!!」
向かってきた
先程の
これで、予想以上につまらなかった『第六階層』は終わり。
暫しの休憩を取って、ーー『神殺し』を始めよう。
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