第5話 『チュートリアル』 1
扉に吸い込まれた俺は一瞬眩い光に包まれた後、閉じた瞼をゆっくりと開いた。
いきなり戦闘になる事は無いだろうし、事態も把握出来ないまま死に向かう様な罠を最初から設定している筈がない。
ーーまぁ、俺だけ難易度を変えている可能性は否めないが、それでは『チュートリアル』とは呼べないだろう。
「ここは俺の道場、か? いや……」
記憶にある馴れ親しんだ道場に似せてあるだけで、大分奥行きがある。天井は先が見えない程遥かに高く作られているし、恐らく自称神の悪戯心みたいなものだろう。
『第一階層、
酷く場違いで機械的な声色が場に響いた。誰の気配も感じない事から、『チュートリアル』のプログラムか何かだと周囲を見渡した。
此方に始めるかどうか問うのは、失敗した際に作戦を立てたり、休息を取る為か。随分とお優しいな。
「あぁ、始めてくれ!」
迷う必要も、躊躇う必要もない。所詮は最初に出てくる雑魚の類だ。そして、俺はまだ刀を抜かずに棒立ちのまま、五メートル程前で捻れ歪む空間を眺めていた。
(さて、どこまでの強さか見極めてみるか)
次第に空間の亀裂から五体の
小鬼と呼ばれるだけあって額からは小さな角が生えており、各々が得意とする短剣や杖などの武器を装備している。
俺が黙って観察していると、一際大きい角を生やした個体が筋肉を隆起させながらボスの様に振る舞い、周りの部下へ合図を送る様に長剣を抜き去った。
ーーグギャッ! ギギィイイイイイッ!!
「成る程、知能は低いが仲間と意思疎通を図る程度の事は出来るのか。それとも
俺がブツブツと呟いていると、前方の短剣を持った二体の小鬼が一斉に飛び掛かって来た。
中々良い動きをしているが、型も無く、酷く野生的で面白みにかける。
左右からの挟撃に対して、俺は焦ることも無く往なした。両掌で短剣の軌道を逸らし、空を斬らせる。
賺さず膝を曲げて低く構えると、驚きの表情を浮かべる小鬼の顎へ右の掌底を打ち込み、空いた左肘でもう一体の小鬼の鼻骨を砕いた。
「「〜〜〜〜ギャッ⁉︎」」
「意外に脆いな。骨格や関節の構造は人と大差ないか。つまらん……」
とどめを刺すのはまだ後で良い。もっと観察させて欲しい。俺は魔物や魔獣という異世界の生物を知りたいのだ。
ーーゾクッ!!
「「炎ノ精霊ヨ! 我ガ敵ヲ滅スル
悪寒がして背後に退くと、ボスの両隣に控えている木の杖を持った二体の小鬼が言霊だか、詠唱を終えたらしい。
片言だが、正確な過程を踏んでいれば問題は無いという事か。
「それそれ……折角の異世界だ! 是非とも魔法が見たかった!」
空中に掌大の炎の塊が浮かび上がると、二発同時に撃ち放たれる。だが、俺は直ぐ様失望した。
とにかく遅いのだ。小学生のピッチャーが投げる球ですら、ここまで遅くは無いだろう。人間の反射であれば、簡単に避けられる速度に落胆する。
「こんなもんにどうやって当たれっていうんだよ。隙を作るにしても稚拙すぎるぞ……」
まるで俺がこの炎に包まれて悶え苦しむのが当然だと言わんばかりに、再び前方の小鬼が短剣を突き刺しに飛び込もうとしていた。
「お前らはもういい、死ね」
俺の首を狙っている二体の
そのまま後頭部を押さえ、地面に叩きつけて顔面を破砕する。緑色の血が飛び散って気持ち悪い。
「血の色キモっ!! まずは二体。んで、魔法を放ったお前らもいらん」
緑色の血とか見たくなかったから、『縮地』を使って一瞬で背後に回り込み、掌底で無理矢理首骨を捻り折った。
糸の切れた人形の如く魔法を放った二体の小鬼は地面に突っ伏し、俺はゆっくりとボスの小鬼を見下ろす。
ーーヌギイイイイイイイイイイイッ!!
「変な声を出すなよ。俺は小鬼語なんてわからんが、お前が怒ってる事は伝わってるさ」
次の瞬間、ボス
俺は一歩退いて剣尖を避け、余裕を持って刀の柄を握った。
「さて、愛刀の斬れ味が落ちてないか確かめるとするか!」
ーーチンッ!
俺が『覇幻』を鞘に納刀する音だけが場に響き、既に背後にいるボス小鬼は固まったまま動く事はなかった。
特に問題は無いな、と柄を握り直す。
「畜生。貧乏神とはいえ、やっぱりお前は最高の刀だよ……」
俺は深い溜め息を吐くと、徐に首を鳴らした。準備運動にもならなかったが、少しは楽しめたから良しとする。
『第一階層クリア。オメデトウゴザイマス。続イテ、第二階層ヘ挑戦シマスカ?』
「あぁ、特に疲れてないからな。宜しく頼む」
休息を取る必要も無いと、俺は直ぐ様機械的な声に向けて返事をした。
『ソレデハ、少々地面ガ揺レマスノデ、御注意下サイ』
「地面が……揺れる?」
はて、何の事だと俺が首を傾げると、凄まじい地響きと共に道場の地面が揺れ始めた。
ーーズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
こっちの方が年寄りの心臓には悪いと思う。今は若返ってるから関係ないとはいえ、精神的な意味で。
暫くすると揺れが収まり、俺は階層という意味を漸く理解した。
「クリアする毎に、徐々に上に向かってせり上がっていくのか」
見た目は道場のままだが、明らかに天井へと近付いているからだ。
さぁ、次はどんな敵が現れてくれるのだろうか。楽しみだ。
__________
『天衣無縫の剣士』、朧にその呼び名が名づけられた由来は、『天人が着る衣服には縫い目が無い』という例えから、皮肉を込めて引用されていた。
ーーかの者が斬った敵、血を流さず。
ーーかの者が斬った敵、死した事に気付けず。
ーーかの者は人に在らず。故に殺気を放ち相対した者、生きること
朧が嬉しそうに次の階層の敵を待っている頃、地面の揺れによって無造作にボス
もう興味は無いと言わんばかりに朧が視線を向ける事は無く、呆気なくその身は消失した。
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