第4話 『覇幻』の正体。

 

「それは、俺の愛刀……」


 空間から突如現れた『覇幻』を見て、俺は何故か身体が固まった。元の世界ではいつから手元にあったのか、物心がついた頃から気が付いたら振るっていた愛刀。


 漆黒の鞘には漆が塗られていて、光沢が色褪せる事はない。刃長二尺五寸程の長さで、一刀の元に敵を両断する長さを有しており、更には切っ先が欠ける事も終ぞなかった。


「これね、只の武器じゃないんだよ」

「ーーーーッ⁉︎」


 俺は思わず目を見開いて驚きを露わにしてしまう。確かに武器を持ち込めないミッションで他の刀を使用した際に、脆すぎると不思議に思った事があったのは事実だ。


「何が言いたい?」

 自称神を睨み付けると俺は右手を差し出した。それを返せと、それは俺のものだ、と。


「この刀……正確には日本刀って言うのかな? これ、『武神の加護』が授けられてて、この武器を通じて君にも神気が流れ込んでいたんだよね」

「武神?」

「うん。君に心当たりはないかな? 例えば銃弾の雨霰の中を歩いても、何かに守護されているかの様に傷一つ負わなかったり、困った時にいつのまにかこの刀が手元にあったりなんていう、奇跡の類さ」

「……ヒュ〜! プヒュ〜!」


 あるね。ありまくるね。俺はだらだらと流れる脂汗を無視して、吹けもしない口笛を吹きながら自称神との会話を続けた。


「ちなみに神様が加護を与える際には、『その者が人生で困らない程度』の代償を勝手に貰うんだ。例えば、『武力』を代償に『富』を差し出すとか……ね?」


 チラリと此方を一瞥した自称神の悪戯心に満ち溢れた表情を見るまでもなく、俺は膝をついて項垂れていた。


「まじか……俺の愛刀が貧乏神に取り憑かれた原因ってか……十連ガチャを幾ら回してもURウルトラレアの美少女が手に入らなかったのも、課金して新しいアバターを手に入れようとしても一向に出なかったのも、娘の緋那ヒナに彼氏が出来たのに俺が童貞のままなのも、狐耳の美しい熟女に出会えないのも……」

「あの、落ち着いてね。色々と間違えてるよ朧君?」

「全てお前のせいかああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 俺は生きている頃も見せなかった全力の怒気、殺気を放ちながら咆哮した。涙が流れてるのだって仕方がないだろ? だってお爺ちゃんお金欲しかったんだもの。


 ーー年末ジャンボの宝クジ、実は緋那に隠れて毎年買ってました。


「……なんか色々と武神が可哀想になってくるけど、とりあえず話を戻すよ。この刀が先程の彼等四人の勇者の転生システムに混ざり込んで、今の君はここに居る」

「じゃあ、さっさと元の世界に戻さんかい」

「それは無理だよ。だって君は既に死んでしまったからね。致し方ない事だが、『チュートリアル』の後に彼等と同じ世界に転生して貰う」


 嫌々と言わんばかりに自称神は影に浮かんだ目元を顰めた。やんのかこら? と喧嘩を売りたい気分なのはこっちじゃい。


「因みに、先程の彼等には私の恩恵と加護を与えてあるから、『チュートリアル』内での身体能力が十倍程に上がる。三階層位なら何度か死ぬだろうがクリア出来るし、無事に異世界へ『勇者』として転生出来るだろう。力も引き継いだままね」

「……ふむ。続けろ」

「話が早くて助かるよ。君にはこの『武神の加護』以外、何も与えない。私の加護は無いから地球の頃の身体能力のままチュートリアルに挑んで貰う。先程の彼等は転生というか、転移に等しい形で現在の年齢と近しい環境の人物と入れ替わる様に手配してある。でも、君は赤子からだね」


 転生というからには過度に驚きはしなかったが、それでも俺だけ扱いが酷いな。何かしらの意図を感じ取りつつ、疑問を口にした。


「俺だけが、赤子なのは何でだ?」

「一つはその刀を手にした君の戦闘力は勇者である彼等を優に超えるだろ? 私の目論見が崩れる事は避けたい」

「……じゃあ、何でわざわざ『チュートリアル』に挑ませる前に肉体を若返らせた? 爺ままの方が好都合だったろ」


 俺は大体だが、この答えの先を知っている。良くも悪くも『人』でも『神』でも関係ないんだろ。権力を手にした者へ噛み付く愚者の姿を見て、嘲笑いたい類の生き物はどこでも存在しているのだから。


「察しているんだろう? たかが人の身で何階層まで踏破出来るのか見たかったのと、前世で無敗を誇った人間が、打ち拉がれた時にどんな行動を起こすか、ーー君で実験したかったのさ!」

「お前、本当に神様か? その顔付きじゃ、狂人かマッドサイエンティストと然程変わらんぞ」

「君のデータは今後の転生の貴重なサンプルにさせて頂くよ。それでは、いってらしゃい朧君」


 自称神がヒラヒラと手を振ると、俺の手元へ吸い寄せられる様に『覇幻』が握られた。


 何か強い力に引き摺られながら、現れた『チュートリアル』の扉へ飛び込まされる。


 最後に見たのは嬉しそうに口元を歪めた黒い影。その横で無表情のまま俺を見下ろした美しい天使の姿だった。


 俺は肩を回して首を左右へ振ると、右手に握られた『覇幻』の鞘を道着の腰元へ差し込む。


「さて、いっちょ神族とやらをぶっ殺して、あの自称神の驚く顔を見てやるか」


 あぁ、強者と戦えるなんて楽しくて堪らない。どうか見知らぬ化け物達よ。俺の渇きを満たしてくれ。

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