第3話 チュートリアルに挑む前に。
そう言えばしっかりと自己紹介をしていなかったと思い、俺は四人に向けて名乗った。
「改めて自己紹介をしよう。俺の名前は
「茶髪ハーフ……」
「黒髪巨乳眼鏡……」
名前は合っている筈なのだが、立花と葵ちゃんは薄目で俺を睨んでいる。一体どうしたというのか。
「わいの名前は
「……名字は嫌いだから、
土井は拳の骨を鳴らしながら勇猛な笑みを浮かべ、結衣奈は髪の隙間からチラリとこちらを覗いていた。
「うむ。生まれや育ち、境遇などはこれから転生する俺達にはどうでも良い。少しでもあの小狡そうな自称神から情報を引き出すからしっかり聞いてろよ?」
俺達は視線で同意を交わすと、顔が付いていたらニヤケているであろう神様へ向き合った。
「作戦会議は終わりかい? 言っておくけどさっきから会話は筒抜けだからね」
「だろうな。それで、お優しい神様に聞けば欲しい情報はしっかりと教えて貰えるのか?」
俺はこれでも言葉を慎重に選んでおり、挑発まではいかなくても、興味を抱いてくれる匙加減を調整していた。
ーー最悪なのはこのまま会話に飽きられて何の情報もないまま、『チュートリアル』に放り込まれてしまう事だ。
「一から十まで説明してあげる程、私は暇じゃないのさ。だから転生特典の一つである『知恵の種子』を先にあげるよ。これで異世界の知識や言語を最低限理解出来るし、その種子は彼方側で大いに役立つと思うよ」
自称神から五本の影が伸びると、俺達五人の額に黒い燐光を放つ何かが入り込んだ。驚いたのは、俺が一瞬も反応出来ない程の速度だった事だ。
「異世界ハースグラン……」
「見た事もない景色なのに、自分の記憶みたいに思い出せる」
まるで最初から知っていたかの様に覚えのない情報が流れ込んでいた。全員困惑しつつも、少しだけ胸に熱い感情が巡る。
少なくとも地獄に送られるとか、罠では無さそうだ。
「さぁ、これが私から最後の説明になるよ。君達はこれから現れる五つの扉の中に別々に入って貰おう。さっきも言ったけど、どの階層まで到達出来たかによって転生先の境遇と、生まれ変わった自分の『
「おい、さらっと重大な情報を流すな。ステータスって何だ? ゲームとかで良くあるアレか?」
「朧君は元々お爺ちゃんの癖に詳しいなぁ。そうそう、新しく生まれ変わった肉体にはステータスが見えるよ。今はまだ転生前で関係無いけどね」
俺が睨み付けると、自称神はやれやれと肩を竦める仕種をとる。立花は何かを考え込んでいたが、一歩前に進み出た。
「神よ! どの階層まで行けばどんな待遇になるのか、目安を教えて欲しい!」
「え〜? 知ったらつまらないと思わないの?」
「自分達の人生が掛かってるんだ。頼む! 目安だけで構わないから!」
茶髪ハーフ君は必死に頭を下げており、俺は若干引いている。因みに前世で俺が一番嫌いなのは土下座も含めて頭を下げる事だ。
自分に非のある謝罪ならば致し方ないが、権力とかを振りかざす阿呆に下げるなんて真っ平御免であり、どんな理不尽にも屈しない力を求めた。
今の状況は『頭を下げるべき時では無い』と判断する。なので下げん。ほら、自称神は嬉しそうに口が三日月だよ。見下されてるぞ茶髪ハーフ君。
「そこまで言うならしょうがないなぁ〜! 大体三階層まで行ければ、転生先では勇者だよ。一階層で心が折れたら、村人あたりだね」
その言葉を受けて、俺以外の四人は覚悟を決めた様だ。そんなに安易に捉えて良いのかと思うが、折角やる気になったのだから余計な口は挟まない。
「さて、時間だよ。一人ずつ現れた扉に入ってね。『チュートリアル』が終わり次第、そのまま転生するから」
「「「「…………」」」」
静寂が場を支配する中、一つ目の扉が現れた。何の装飾も無い洋風の木の扉だ。立花が手を挙げて、周囲を見渡しつつ口を開いた。
「俺が行くよ。順番は関係無いだろうし、朧さんには最後をお願いしたい。何かあった時に対処できるのは朧さんくらいだから」
「うむ。分かったから、しっかりやって来いよ。またあっちの世界で会おう」
「はい。本当に俺達より年上なんですね。貴方が見ていてくれると思うと、安心して進めます」
俺は立花に答えず大きく頷いた。この先に何が待っているのか分からないが、無事に転生出来る事を願おう。
ーーガチャッ!
立花が開けた扉の先には何も無かった。どうやら入った本人しか分からないみたいだ。
「次はわいが行く! 朧殿、彼方で会えたら是非稽古をお願いしたい!」
「あぁ、それまで精進しておけよ」
「ガッハッハ! 人生は常に修行なり。我が師の教え通り鍛えておきますわい」
土井は振り返る事もせずにドアを開くと突き進んでいった。中々鍛え甲斐がありそうだが、いかんせん暑苦しい奴だな。
「……行く」
結衣奈は一言呟くと、挨拶も無しに中へ飛び込んだ。それともさっきのがあいつなりのお別れだったのかね。
そんな中、葵ちゃんだけがブルブルと震えていた。
「私は……行きたくありません! どうして転生なんてしなきゃいけないの? 元の世界に帰してよ! まだやりたい事だって沢山あったのに、家族とだって離れたく無い!!」
「そりゃそうだな」
涙を流しながら叫ぶ姿を見つめ、俺はゆっくりと瞼を閉じた。気持ちが分からなくはないが、彼女はまだ若い。感情を御せと言っても無駄だろう。
緋那とは違って、ただの女子高生に俺が掛けてあげられる言葉の何と少ない事か。
「どうして貴方は平然としていられるんですか? 未練は無いんですか⁉︎」
「……未練はある」
UR《ウルトラレア》の女の子キャラが欲しかったとは、口が裂けても言ってはならない。ネトゲの無い世界に行くとかまじ嫌だって俺も一緒に叫んでしまおうかな。
ーー駄目だ。何故か葵ちゃんから今後まともに接して貰えなくなる気がする。お爺ちゃん泣いちゃうぜ。
「葵ちゃん。この世は理不尽な事に溢れてる。日本は平和でも、毎日ニュースが流れるのはそれだけ沢山の人が何かしらの不幸に巻き込まれているからだ。幸せだと思えるのは、知らないだけなんだよ」
「でも、でもぉっ!!」
「ここで駄々を捏ねれば、あの神様が元の世界に戻してくれると本当に信じているのか? そんな甘えた考えじゃ、ーー異世界でまた死ぬぞ」
「…………」
葵ちゃんの頬を涙が伝う。俺はそれを指先で拭い去ると、ポンッと背中を軽く押した。逡巡の後、彼女は小さく一礼して、扉の先へ消えた。
「意外に優しいんだね。ちょっと驚いたかな」
「煩い。それで、俺を最後にした理由は何だ?」
立花に言われるまでも無く、俺には自称神から『君は最後だ』と伝言が送られていた。脳の中に直接伝わる様な不思議な感覚だったが、神ならそれくらいは出来るのだろう。
「簡潔に言うとね、君はイレギュラーなんだよ。私は元々彼等四人を『勇者』として異世界ハースグランに転生させ、魔物や魔獣の類が発する瘴気を駆逐する事によって抑え込ませ、少しだけ時代を発展させてくれれば良かったんだ」
「んじゃ、俺は何でこんな所にいる? よりにもよって隕石を斬ろうとして潰されたんだぞ」
「はい。これが原因だよ」
自称神は少し困った様な、気怠い仕種を取りながら空間より一本の刀を取り出した。
見間違える筈もない。俺の愛刀『
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