第2話 中々に理不尽な転生もあるもんだ。
「……此処はどこだ?」
「んっ? 最後の一人が眼を覚ましたみたいだね。モナリサ、彼を此処へ連れて来てくれ」
「了解しました」
天使だ。俺の前には肩に掛かる程度の長さの白髪の天使がいる。白いワンピースに二枚の双翼。銀色の瞳。
美しいとは思うが、どこか機械染みた無感情さを帯びており萌え心が唆られない。
ーー戸惑う俺の右手を無造作に掴まれると、一瞬で景色が変わった。
「何だ……こりゃ?」
眼前には遠方が見渡せない程の真白い空間が広がっていた。左右を見渡すと、俺と同じ様に事態を把握出来ずに困惑から瞳を伏せる若い四人の男女がいる。
格好は様々だが年は
「ようこそ転生の間へ! 私は君達の認識で言う『神様』です! この姿は仮の姿とでも思って貰えば良いかな。重要な話は後でするけれど、君達をこれから別の世界に転生させるから宜しくね!」
「……」
俺達は誰一人として口を開かない。何故なら『自称神』とやらの姿は三メートルを超える真っ黒い影人形にしか見えず、とても神聖な姿をしていなかった。
正直に言って、神というより悪魔や邪神の類だろうと疑念を抱く。
俺が軽く顎をなぞると、隣の茶髪の少年が徐に口を開いた。染めているというより地毛に見えるあたり、顔立ちからしてハーフか。
続いて隣のクラス委員をやってそうな黒髪のセーラー服の子供が我慢していた思いを吐き出す。
「何で……俺達なんだ? これだけの不可思議な光景を見せられては、何かしらの超常現象に巻き込まれたんだと認めて、疑う事はもうしない。でも、俺が……俺達が選ばれた理由が分からない」
「そ、そうよ! 私は病気のお母さんに会う為に深夜バスに乗ってた筈だわ!」
黒い影は口元に三日月を浮かべると、やれやれと言わんばかりに肩を回して一冊の本を開いた。
「えっと、君は
「そんな馬鹿な⁉︎」
「ーーーー⁉︎」
立花は憤り、未鏡は口元に両掌を当てて押し黙る。俺は眉を顰めつつ、現状の把握に努めた。
予想通りならば、俺達は何かしらの理由で死んだのだろう。
ーー隕石に潰された時の記憶はあるのだから。
「……転生させてくれるなら、特典はあるの?」
「おぉ、別にわいは元の世界に未練はないでのう。其奴らとは違うかの」
長く伸びた長髪が、体育座りした体をすっぽりと隠してしまいそうな小柄な少女がボソッと呟くと、続いて身長二メートルを超える道場着の男は胸を張って強気で言った。
さっきまで迷いを帯びていた二人の目に力が灯る。俺は静観する事にして黙ったままだ。この中で俺だけ爺だぞ。立場が違い過ぎる。
視線を自称神と呼ばれた影に向けると、黒い両手を大きく広げて奴は宣言した。
「勿論用意しているさ! ただし、君達がこれから転生して貰う異世界で『どんな特殊能力と立場』を得られるかは、君達の『根性』次第だ!」
ーーはぁっ? 何て言ったこいつ? よりにもよって根性だって?
俺を含めた五人は一斉に眉を顰めて自称神を見る。
全く焦る様子もないまま、黒い影は口元を歪めながら説明を続けた。
「いきなりファンタジーな異世界に魔法もスキルも知らない君達を放り込むなんて、優し過ぎる私には出来ないよ!! だからね、『チュートリアル』とやらを用意したんだ。ステージは十段階あって、クリアした段階によって転移先の待遇が決まる」
「「「「「…………」」」」」
俺達はこの説明が後々の生き方に絶対に関わると瞬時に理解した。一人が呆けていても、周りの放つ雰囲気を感じ取って全員の視線が鋭くなる。
「良い殺気だね。それでこそ『理不尽に抗う者達』に相応しい! 『チュートリアル』の階層の中では何回死んでも生き返れるよ。その代わり、敵に対して極度の恐怖を抱いたり、絶望を感じて負けを認めた瞬間に『チュートリアル』は終了だ。ーー即ち、心が折れたらその階層で挑戦者の『評価』は終わる」
「……階層と言ったが、最後まで辿りついた時のラスボスにはどんな存在が待っているんだ?」
俺は慎重にして核心を突いた質問を投げかけた。これに答えてくれるかくれないかで、およそ自称神の本質が分かる。
「絶対に不可能だけど、最上層にいるのは私と同じ神族だよ。それを倒すまでに到達出来たなら、転生先は神に連なる最高峰になるだろうね。それこそ僕は君の眷属に落とされるかもしれない」
「ほぅ……それは楽しみだな」
「ふふっ、ははははっ、あははははははははははははははははははははは〜〜!!!!」
俺が目標を見つけ牙を覗かせると、自称神は黒い影の身体全体を震わせながら大爆笑した。
「無理に決まってるだろう⁉︎ たかが地球生まれの魔力を持たぬ猿が、屑が、チュートリアルとはいえ神を超えられる筈がない!!」
「やってみなきゃわかんねぇさ」
「……ふぅん。じゃあ、『楽しみ』にしてるよ」
俺と自称神から起こる殺気の渦に呑まれ、他の四人は目を見開いて棒立ちしていた。このままじゃ拙いと背後を振り向いて手招きすると、作戦会議を始める。
それが伝わったのか、自然と四人は俺を中心に円形に集まった。
「……色々あるが、お前ら死ぬ程痛い思いをしても踏ん張れ!!」
「「「「作戦が雑過ぎる⁉︎」」」」
「ん? だって死んでも諦めなきゃ倒せるんだろ?」
俺が何を当たり前の事を言わせるんだと首を傾げていると、立花が疑問を口にした。
「お前は何でそんな平然としていられるんだ? 俺達と同じ高校生か、童顔だとしても大学生だろう? それにしては神に対する態度としては憮然とし過ぎてる! もしかして、俺の知らない情報を何か知ってるんじゃないのか⁉︎」
「ーーはぁ?」
「わいも思っておった。お
別に無礼だと喚き立てる程俺は小者ではないが、不意に大男に道着の襟首を掴み上げられて考えが変わる。『チュートリアル』とやらに挑む前に軽いテストをする事にした。
このままじゃ転生したとしても、こいつらの転生先が心配過ぎるしな。
「なぁ……俺に質問する前にさ。まず名前を名乗れ。この中で一番無礼なのはお前だ巨漢」
「「ひいぃっ⁉︎」」
試しに一瞬だけ全力の殺気を放ってみると、三人はその場で立ったまま硬直し、巨漢の男は片膝をついて首を垂れた。
この行動だけでもこいつが武を学ぶ者だということは理解出来る。他の者はからきしだ。
「まず、俺は見ての通りお前らと違って年配だ。しっかり敬えよ。まず言葉遣いがなってないだろう? それに今の時代、年寄りでも『儂』とか言う奴の方が珍しいわ」
「も、申し訳ございません。以後、口の聞き方を気をつけますゆえ、殺気を解いてくだされ」
「うむ。許す」
俺が殺気を解くと、全員が一斉に深い深呼吸をしながら真白い床にへたり混んだ。だが、視線にはどこが懐疑心が覗いている。
「なんだ? まだ文句があるのか?」
俺が肩を竦める仕種を取ると、未鏡が恐る恐る俺の様子を伺うように進言した。
「い、いえ……先程御自分で年配と仰っておりましたが、どう見ても私達と変わらぬ十代にしか見えないのですが?」
「ハハッ! んなわけないだろ。俺はこう見えて今年六十だぞ? 馬鹿言うな」
冗談も良いところだと俺が小笑すると、黒い影から手が伸びて手鏡を渡される。
自称神は今の話の流れを聞いても邪魔をする事なく、様子を見ていてくれたようだ。その気遣いをもっと他に使え。
「何で鏡? ……意味が……わか、らん……。うん。若い頃の俺だな。懐かしいな〜。確かこの頃は日本全国道場破りとかやってて、精神的に未熟だったね〜」
自称神が混乱する俺に補足してくれる。少し有難い。
「えっと。
「……してねぇけど、それなら尚更後悔すんなよ?」
俺は脱力しながら軽い溜め息を吐いた。
なんだ。爺のままの方が楽しめそうで良かったなぁ。
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