いつもの昼休み、高三の秋

おと

いつもの昼休み、高三の秋

「なんで光は私と友達でいてくれるの?」

「え?」

 高校三年生、10月、普通の日、昼休み。質問を投げかけた先は小学校の頃からの友達である光である。

 私たち-光と私、鈴-はいつものように高校の食堂で昼ご飯を食べていた。

 突然の私の質問に光はパンを食べるのを中断し、顎に手を当ててすこしうつむいて考え込んでいる。それを見ながら私は紙パックのジュースのストローをぱくりとくわえた。

「なんでっていうとなんでかわからない…小4の時席が隣になったからかなあ…」

 しばらく考えてひねり出すようにそう答えた、でもその表情からしてその答えに納得はしていないようだ。

「でも席が隣になった人全員とすずっちくらい仲良くなったわけじゃないから何かしら理由はあると思う! それがなにかはわからないけど!」

 光はそう言うとどうだ! と言わんばかりにドヤ顔をした。ここ今ドヤ顔する場面じゃないよ。

 光の言った通り、私たちは小学校四年生の時に席が隣だったことがきっかけで友達になり、そのまま同じ中高一貫校に上がった。同じ学校を選んだのは偶然だけど、そのおかげなのか腐れ縁なのか、ずっと光とは一緒にいる。

「私もなんで光と友達なのか考えても特に理由はないや。偶然気が合ったってことかな」

 私の返答を聞いて光がそうでしょうとうなずく。そして首をかしげてこう聞いてきた。

「でもなんでそんなこと言いだしたの?」

「いやー…そのままだけどなんで光は私と一緒にいてくれるんだろうって思ったから。ほら、私女子力ないし可愛いげもないけど光は女の子らしくて可愛いじゃん」

「えーー! そんな、すずっちー! 私すずっちのこと大好きだよー!!」

「はいはい」

 いきなりがばっとこちらがわに身を乗り出して大声をあげるので少し驚き、光がいるのとは反対側に身を引く。

「わかった! 私すずっちのことが好きだから一緒にいるんだ! そうだそうだ!」

 光は袋に入ったパンを机の上に置いてポンポンと右手のこぶしで左手のひらをたたきはじめた。賑やかな子だ。

「水を差すようで悪いけどさ、別に光が私のこと好きでも私が可愛げがないことの否定にはならないんだよ」

 こういうこと言うから可愛げがないって言われるんだろうなあと思いつつ言うと光は意思の固そうな顔をこちらに向けてくる。

「んー、そうだけど。でも私はすずっちのこと好きだよ! ほかのみんなもそうだよ」

「可愛げがなくても?」

「可愛げがなくても」

「そっか」

 そういうもんかー、と誰にともなく呟き、お弁当の卵焼きを口に放り込んだ。私はわからないけどそういうものかもしれない。

「それ言ったらさ、みんなすずっちのこと好きになるから、すずっちが大学行ったらすぐ男の子と仲良くなって彼氏作っちゃうんだろうなって思うと寂しい」

「えー?できないできない。安心していいよ」

 私たちの通う高校は女子校なので学内では男子との出会いがないし、それなりに格式高い学校なので街で男子と遊ぶような生徒も少ない。彼氏がいるのは一学年で2,3人ではないだろうか。もちろん光も私も彼氏はいない。

「できるよー」

「必要性が感じられない」

「必要性がなくてもできるときはできるんだよ、多分! もし私の知らない男がすずっちと出会って半年とかで彼氏になって、『おれはこいつのことを一番よく知ってるんだ』みたいな顔したら耐えられない。私はこの子と8年以上一緒にいるんだよ、うぬぼれるなって言っちゃうと思う」

「思ってたよりも過激だわ」

 つい小さく笑ってしまった。確かに言われてみれば、である。

「でももし結婚したらずっと一緒にいるわけだし、一番よく知ってるって言われても文句は言えなくなるんだなー…うん、そっか」

 光が自己完結してすこし沈んだ顔をする。結婚か。いつかはするんだろうなという気はなんとなくするが、全然具体的にイメージできない。今後出会う人と仲良くなって死ぬまで一緒にいるという図が小説の中の出来事のように思える。

「すずっち、もし私が嫁き遅れてすずっちも結婚してなかったら一緒に暮らそ!」

「ええー、光が嫁き遅れることはないでしょ」

「そんなことはーない!」

 きっぱりと断言される。そんな言いきらなくてもいいのに。

「わかった、じゃあお互い嫁き遅れたらそうしよう」

 そういうと光は笑顔になり、またパンの袋を手に取った。うんうんと満足げな顔をしてパンを頬張るのを再開する。

 まあこういうことを言い出すほうはさっさと結婚してしまって、言われたほうはなかなか結婚できないのが社会の常だろうなと思う。光もこんなことを言っていても大学に入ったらちゃっかり彼氏を作ってしまうんだろう。彼女がAOで入学を決めた大学は都内の私立で、ちゃらちゃらしてはいないけど堅苦しいわけでもなくて、そんな環境で光のような天真爛漫で気が利く女の子をほおっておく男子ばかりだとは思いづらい。というか、そんなことがあったらお前らの目は節穴かと怒鳴りこみに行ってしまいそう。

「まあ私はそもそも大学に入れなかったら恋愛とか言ってる場合じゃないからね」

「うーそっか、合否がわかるのって年明けだっけ」

「そうだね、第一志望は国立だから二月二十七日」

「うっわ遅い。頑張ってぇー」

「頑張るー」

 応援してくれる気持ちは純粋にありがたい。だからこの前冬休みにヨーロッパ旅行に行くからお土産何がいい?とニコニコして聞いてきたことは不問にしてあげよう。というか、光は私にお土産を買ってきてくれる優しい子であり、それにモヤモヤした感情を抱く私は器が小さいなと思う。でもまあ、受験でピリピリしているから少しは許してほしい。

「あ、そろそろ五限始まっちゃう」

 時計を見た光が空になったパンの袋を畳んで小さくする。次は国語の時間だが、午後一で国語があるのは寝てくださいと言っているようなものだ。それにこの時期、受験勢は学校の国語なんてちゃんと聞かずに受験勉強をしているからいっそのこと自習でいいじゃないかと思うけど、そういうわけにもいかないらしい。ちなみに私もこっそり化学の問題集を進める予定である。

「今お弁当片づけるからちょっと待ってー」

「うん」

 第一志望に受かっても受からなくてもとりあえず光とは今年度でお別れになる。お互いの大学は新幹線が必要なほどの距離ではないが簡単に会えるほど近いわけでもない。今まで8年間、平日は毎日会っていたのに。

 でもお互いが自分のやりたいことを考えてその結論に至ったなら悪いことではないし、大人への第一歩なのかなあとも思う。わからないけど。

「光さー」

「うん?」

 立ち上がりながら光に呼びかける。

「来年から私達バラバラになっちゃうんだねー」

「…うん、そうだね」

「大学行ってもさ、できればたまには会おうね」

 私としてはなんとなく言っただけなのに、それを聞いて光の顔がこわばった。

「何言ってるの、会うにきまってるでしょ。大学行っても彼氏ができても結婚しても定期的に会おう。それこそ毎週会おう」

「毎週はちょっと頻度が高すぎじゃないかな…」

 小声の反論はさらっと無視される。

「もー、すずっち勉強しすぎてストレスたまってるんだよ! たまには勉強休みなよ!」

「ええーでもそしたらノルマが終わらない」

「いいのそれで! 絶対ストレスたまってるから!! そうだよ、だからなんで私と友達でいるの? とか思うんだよ! そのせいだよ!」

「えー、大げさだよ」

 怒る光がおかしくて久しぶりに声を上げて笑ってしまった。久しぶりということはやっぱり最近疲れていたのかもしれない。

 光が会いたいと思ってくれるのは嬉しいけど、彼氏ができても結婚しても会うってことは誰かのものになってしまった光と会うわけで、それも少しモヤモヤする。言わないけど。

 笑っていたら光が授業に遅刻しちゃうと慌てだし、早くとせかされる。彼女について廊下を歩きながら次の国語は久しぶりに授業を聞いてみようかなと思った。化学の問題集は、まあ今日は予備校もないし家に帰ってからでもいいや。

 自分のロッカーから教科書とノートを出しながら、右隣で同じようにロッカーを漁っている光に顔を向ける。そうか、この子と毎日一緒にいられるのもあと二か月くらいしかないんだ。

「光ー」

「なに?」

「私、頑張るわ」

「勉強? またそういうこと言って…」

「ううん違う。色々」

「色々?」

「あ、先生来ちゃったよ」

 怪訝な顔をする光に笑いかけ、ロッカーを閉める。今日のすずっちわからないわーと隣でぼやかれるのを聞き流して教室に入った。

 受験に成功しようがしまいが、もうすぐこの日常が終わって新しい生活と新しい出会いがやってくる、のだろう。実感はないけれど。

 何があっても私は光を応援するし、彼女の歩く道ができるだけ明るいものであることを願っている。

 別々の道を歩いて、たまに会って近況報告をしたり相談したり。

 どんな経験をして、どんな話をすることになるのかはまだわからない。でも、その時はせめて光も私も笑っていられますように、と、そう思った。

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