夢と創作に幸せを

道透

第1話 

 ここは人の夢を作る世界。通称、ドリームワールド。人が寝ている間、この世界の住人は人に夢を与えるのだ。人に夢を与える私たちはドリーマーと言うらしい。

 平和が溢れるこの国の民家は石造りである。その中心にある夢を作る棟が飛びぬけて目立っている。今日もここで夢の制作をしなければならない。

 どんな物語を見てもらうか。それは何時間もかかる時もあれば、一瞬にして思いつくときも稀ではない。

 この世界に生まれて十七年と二か月。私は二つ年上の男の子のドリーマーをしている。ちょっと厄介に思う子ではあるが、じゃじゃ馬も乗りこなしたもの勝ちだ。私もまだ二か月と経験は浅く、未熟者ではあるが毎日夢の勉強をしている。

 今日も夢づくりのために街から外れた森に来ている。本当は来ては行けないのだが、どうしてもリラックス効果のあるラベンダーの花が欲しいのだ。街に売ってはいるのだがお金がかかってしまう。

 自慢ではないが私の家庭はお金に余裕はない。父は死んでしまってからだ。

「バーグさん?」

 私はびっくりして振り向いた。そこには同い年ほどの男の子なのに私とあまり身長差のないカタリィ・ノヴェルがいた。

「やっぱりバーグさんだ。こんにちは」

「カタリも来てたのね」

 カタリはこの国では珍しい赤髪を持っていた。肩にかける鞄は重そうだった。カタリもこの森でいっぱい採集したのだろう。

「バーグさんは今日もドリーマーの仕事のために来たの?」

「そうだよ」

「偉いね。聞くところによると、その相手ってかなり勝手な奴だって聞くけど」

 きっとカタリなりに心配してくれているのだろう。

「でも、大丈夫だよ」

 カタリが心配するのも良く分かる。

 人間が夢が原因で悪影響を及ぼしたと思われるとそれなりの罰が下される。だから、真面目に考えることは重要である。

「カタリもドリーマーでしょ」

「おれは辞めた」

「辞めたってなんで。というか辞めるという選択肢があるの?」

 カタリはぼそりと、逃げてきたと白状した。何が原因でそうなったのかは分からないがカタリは悪い奴ではない。彼なりの理由があるのだろう。

「人に夢を与えることに何の意味があるのさ……」

「ねえ、カタリ。一緒にラベンダーを摘みに行きましょう」

 私もカタリの言う言葉の答えが分かるわけではない。だって、ドリーマーが仕事であることが当たり前だから。考えもしなかった。

 森の奥へと突き進んでいくとたくさんの発見がある。木の実や知らない鳥、毒や薬になる植物。

「見ろよ、あれ」

 私はテンションのあがるカタリに言われて見合あげた。すると傍に生える木にアケビが生っていた。身は熟していて、今が食べごろである最高の一品だ。

「食べよう!」

 そう言ったカタリは木に足をかけ始めて間もなく実をゲットした。私は落とされるアケビを二つキャッチする。

 一口かじると水分が体にいきわたる。

「甘いね」

「ああ、さすが自然の中で育つものは違うな」

「そうだね。今日の夢はアケビにしようかなあ」

「どういうことだよ」

 カタリは笑う。

 夢を作る材料は自分の経験から。夢の中でも楽しんでほしい。心を込めて届けるのだ。

 私たちはラベンダーを探しにさらに進んでいく。もっと良い夢を見せてあげたいな。そのためにももっと頑張らないと。

「あった!」

「いっぱいあるな」

 紫の鮮やかさに見とれる。安心できるような優しい香りがここ一帯に広がっていた。

 摘んでもそれ以外に作業はまだあるのだが、見つからないことには作業も出来なかった。本当に見つかってよかった。だって、これでドリーマーの仕事に勢いもつく。

「ねえ、カタリ」

「ん?」

「ドリーマーは人間のためだけど利益があるのは人間だけではないんだよ」

 不思議そうに聞くカタリに話を続ける。

「私もこうしてドリーマーの仕事を果そうとしている。その中でたくさんの発見と興味が出てきた」

 そう、このラベンダーのように。誰かのことを思って何かをするのも大切なことじゃないのかなと私は思う。

「俺にドリーマーへ戻れって?」

「そうじゃないよ。私の個人的意見。別に感性なんて違うんだから強制なんてしない。でも、何かを作ることで他人に喜ばれる快感を得た時は幸せだよ」

 カタリは、バーグさんらしいなとラベンダーの前にかがむ。匂いをまじかで感じる私たちはどこかのだだっ広い草原にでも来た気分に包まれた。

 摘んだものは鞄に優しく入れる。

「付き合ってくれてありがとう」

「このラベンダーどうするんだ?」

「乾燥させて匂い袋に入れようかと。完成したらカタリにもあげるよ」

 私は帰り道をスキップするようにして帰る。カタリも、途中までは一緒にいくと言ったので一緒に来た道を歩いた。

「これって」

 足元にはピンク色のカスミソウがあった。私は何度かこの花を探しに行ったことがある。しかし、いつ行っても見つけることは出来なかった。それがまさか今見つかるなんて期待もしていなかった。

「この花、珍しいの?」

「まあ、カスミソウ自体は珍しくないんだけどこの色が珍しいの。主流は白だね」

「探していたのか」

 私は胸がチクリと痛むのを感じた。本当はいけないことなのに、抑えられない。

「綺麗だな」

「うん。カスミソウの花言葉知ってる?」

 カタリは首を横に振った。

「幸福って意味があるんだって」

「幸福……。よっぽどドリーマーの仕事が好きなんだな」

 それも確かだろう。才能はないが、それに見合うほどの魅力のある創造の世界を届けたい。でも気づいてしまった気持ちはそれ以外にもう一つあった。

「幸福は白のカスミソウ」

「じゃあ、ピンクは何?」

「……切なる願い…、です」

 声が出しづらいように感じるのは気のせいだろうか。いや、そうでもないようだ。実際に声が小さくなっていたようでカタリの顔が近かった。

「やっぱり何でもない!」

「分かった分かった」

 いきなり声のボリュームを上げたものだから、カタリはびっくりして今度は離れた。

 しかし、やっぱりカスミソウは欲しいので摘んでいくことにした。これも夢に出してはいけないだろうか。

「さあ、帰りましょう」

 しかし、カタリは複雑そうな顔で俯いていた。何か他に悩みでもあるのだろうか。

「どうかしたの、カタリ」

 カタリは頭を掻きながらなんとなく気まずそうに眼を合わせて聞いてきた。


「あのさ、バーグさんって夢を見せてる人間のこと好きなの?」


 刹那的に私の中で時間が止まり、聞かれたことが頭で理解出来てしまうと現実に打ちのめされてしまう。

 赤くなっていく私の顔に冗談で聞いたカタリは、えっと言うとそれからしばらく私たちの中に会話はなかった。

 今、別のものになれるのならカスミソウになってその場に紛れたい。

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