時の芸術

「あっ…」


最後の弦が切れた。


乱れた音に驚いて隣の木に止まっていた鳥が慌てて飛び立った。


彼のアコースティックギターの寿命はここまでた。


ギターを手にこの狂った世界を歩き出したのはもう半年程前だろうか。実際はもっと時間が経っているかもしれない。


時なんて、測ることができなければ、ないものと同じなのだとこの世界に教えられた。


建物だったものや地面、空すら植物に覆われている。


座り込んだままギターを抱いている彼はなんとなく辺りを見渡した。


薄暗い森の中、彼が初めて立ち入るときに思っていたほどジメジメはしていない。


森の天井からいくつもツルが垂れ、花を咲かせている。


視界も通らない。ところどころ、木の天井の隙間から木漏れ日が射している。


彼はその木漏れ日を目指して歩いた。


顔に日が差した。


「まぶっ…」


彼は顔を仰け反らせると「ハッ…」っと自嘲し、ギターを大樹に立てかけた。


ギターに向かい合って座り込んだ。




どれくらい時間が立っただろう。


木漏れ日も、気付けば無くなっていた。

日が沈んでいるのかもよくわからない。


森の中は真っ暗だった。


彼は意識を取り戻したかのように顔をあげると、おもむろに目の前の大樹を登りだした。


足を滑らせたら大怪我では済まない高さだ。


なんとも言えない衝動に駆られた彼はただひたすら手と足を上へ上へと動かした。

森の天井の上には、天井のない天上が広がっていた。


時が止まった。


この世界の全てが、何に言われるでもなく静寂を作り出していた。


彼は大きく息を吸い込む。


誰に捧げるでもない歌がただひたすらに響いていた。


ふと、歌声が止んだ。


それと同時に時も止まる。


彼は再び口を開いた。


時も再び動き出す。


彼の歌が終わると同時に、強い風が吹いた。


森が鳴いた。


時が動き出し、朝日が登った。


彼はギターを置いたまま、再び歩き出した。






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