第2話 軍人、大地に立つ

 ピー、ピーというアラーム音で目を覚ます。

 もう朝かよ……そんな事を考えながら目覚ましを切ろうとするが、いつも置いている場所に時計がない。

 それにベッドがゴツゴツして、寝にくい。

 何かおかしい。身体を起こすと辺りは真っ暗で、視界の至る所に赤い光が点滅していた。


「目が覚めましたか? アレクセイ」

「……シヴィ?」


 シヴィの声で、俺はようやく正気に戻る。


「そうだ! 俺は確か敵と一緒に……おいシヴィ、一体何がどうなった!?」

「落ち着いて下さいアレクセイ。順を追って説明いたします」


 俺の問いに、シヴィはゆっくりと答え始める。


「特機と共に惑星に突っ込んだあなたは、そのまま大気圏に突入し、地表へ激突しました。本来であればそのまま燃え尽きるか激突の衝撃でバラバラになっていたでしょうが、丁度敵機がクッションになり、ほぼ無傷で着陸出来たのです。ちなみに敵機はバラバラです」


 大気圏突入の画像、近づいていく地表の画像、砕けた敵機の画像が次々とスクリーンに映し出される。

 そうだ、全て思い出した。そして俺は頭を抱えた。


「……てことは、今はその星にいるってことか?」

「そういう事になりますね」

「軍から何か通信は入っているか?」

「いいえ、何も。この地にはアンテナの類はないため、宇宙との通信は不可能です。また機体も著しく傷しており、今すぐ起動させるのは難しいかと。幸いナノマシンによる自己修復機能は正常に機能しており、材料となる敵機もすぐ傍にあるので、数か月もすれば歩くくらいは可能になりますが」

「戻るのは無理……か」


 惑星へ落ちた機体は基本的にロスト扱い。戦死として扱われる。

 戦況は厳しかったし、俺を捜索する暇などないはずだ。


「ま、こうなったのは仕方ない。シヴィ、この星の大気成分を分析してくれ」

「既に計算は終わっています。大気の成分は窒素が78.11%、酸素が20.98%、アルゴンが0.89%、二酸化炭素が0.02%、あとは未知の元素が感知されましたが、特に人体に毒というわけではないようです」

「ふむ、とりあえず外に出てみるか」


 いつまでもコクピット内に引きこもっているわけにもいかないからな。

 酸素も食料も有限だ、いつかは外に出なければならない。

 俺はハッチを開け、外に出る。

 外は荒野、短い草木がまばらに生えており、虫も飛んでいた。

 見た感じ、母星アースとあまり変わらないようだ。


「ってか暑いな」


 俺はヘルメットとスーツを脱ぎ、コクピット内に放り投げると、シャツとジーパンというラフな格好で機体から降りた。

 足元の地面は大きくえぐれており、潰された特機は原型をとどめていなかった。

 これではパイロットは確実に生きていないだろう。俺は十字を切って敵兵が安らかに眠れるよう祈った。


「アレクセイ、待ってください」


 頭部から射出された球体が、ふわふわと浮きながら俺の傍に来た。

 これはシビラ08の遠隔型飛行モジュールで、AIとリンクし地上にてパイロットの補助を行うというものだ。


「どこへ行くつもりですか」

「ちょっとそこらを探索してみようと思ってよ。なーに山歩きなら慣れてるさ。俺の出身は牛や馬がうろうろしているようなド田舎村だからな」


 人類が宇宙に進出したとはいえ、栄えているのは都市部のみ。

 郊外に出れば畑もあるし家畜もいる。俺はそんな田舎の出身である。


「田舎ではなく未知の惑星なのですよ? 少しは警戒してください」

「少しはな。だがジッとしててもどうしようもないだろう。お、水があるぞ!」

「あぁもう、全く」


 やや離れた場所に小川を見つけ、駆け出した。

 シヴィはやれやれと言いながらついてくる。

 辿りついた小川は見事までに透き通り、魚も泳いでいた。


「驚くほどきれいな水です。健康面での効能が期待できそうです」

「見ればわかるさ。これだけ透き通っているんだからな。……んぐ、んぐ、ぷはっ! 美味い!」


 顔を川に突っ込み、直に喉を潤す。

 冷たい水が体中に染み渡り、身体が癒えていくようだった。


「一応水筒に入れておこう。あとは食い物があれば……」


 言いかけて俺は、何か妙な気配を感じた。

 野山で獣に襲われた時に感じたような、薄く粘っこい敵意。


「アレクセイ、北西より生体反応が近づいてきます。数は32。画像送ります」


 腕に嵌めていた操作パネルを押すと、透明なウインドウが表示される。

 そこに映っているのは緑色の肌をした真っ赤な目を持つ小人。

 口は耳まで裂け、その耳は長く尖っている。

 狂暴そうな見た目で、手にはこん棒を持っていた。


「こいつは……現地民か?」

「周囲の音声を拾いましたが、獣が吠え声で会話するのに似ていました。どうやら獲物を狙っているような」

「ギシ! ギシシシ!」


 シヴィの声を遮るように、俺を見つけた小人が声を上げる。

 獲物を見つけた、とでも言わんばかりにはしゃいでいるように見えた。

 俺は両手を上げて、小人に声をかける。


「なぁおいあんた。俺は怪しいもんじゃ――」

「ギシャーーーッ!」


 だが小人はいきなり俺に飛びかかってきた。

 振り下ろされる棍棒を避けるが、追撃を仕掛けてきた。


「ちょ、待てよ。落ち着けって」

「ギシ! ギシ!」


 俺の制止など聞く耳持たず、小人は攻撃を続ける。

 大した速度ではないので軽く躱せるが、どうやら完全に敵と見なされているようだ。


「仕方ない。先に攻撃してきたのはお前だから……なッ!」


 躱しざまに蹴りを一撃、小人のどてっぱらにぶち込んだ。

 吹き飛ばされた小人は、何度もバウンドして地面に倒れる。


「ふぅ、野蛮な奴だぜ」


 人型だがあまり知能は感じられなかったな。

 猿のようなものか。


「まだ終わっていません。アレクセイ」


 シヴィの声に辺りを見渡すと、先刻の小人に囲まれていた。

 小人たちは弓矢や投石紐など、遠距離用の武器を持っている。

 前言撤回、猿よりは頭がよさそうである。


「ギシ!」「ギギギ!」「ギシシシ!」


 小人たちは仲間を攻撃され怒っているのか、奇声を上げながら、突っ込んできた。


「待て! 話せばわかる!」

「ギシャー!」


 俺の制止に耳を傾けることもなく、小人たちは矢や石を放ってきた。

 慌てて岩陰に逃げ込み、それを防ぐ。

 風切り音と岩に当たる音が断続して響く。


「あぁくそ、話が通じないな」

「そもそも会話が成り立ちそうにありませんね」

「仕方ない。最初に手を出してきたのはお前らなんだからな。……シヴィ、08の兵装は使えるな?」

「バックパックは無事です。問題ありません」

「オーケー、目にもの見せてやる」


 俺は腕に取り付けた遠隔操縦用コンピュータを起動する。

 半透明のウインドウが目の前に出現し、操作パネルにてカタカタと入力する。

 これでシビラ08の簡易操作が出来るのだ。

 遠くの方でぶぅんと起動音がした。


「充填率100%、ホーミングレーザー発射します」


 08の背中のバックパックが開かれ、そこから無数の光が放たれる。

 ――直後、辺りが光に包まれた。

 俺以外の熱源を対象とし、ホーミングレーザーを撃ったのだ。

 光の雨が降り注ぎ、小人たちの悲鳴や苦悶の声、地面の削れる音が断続的に聞こえる。

 しばらくして物音がしなくなり、光が徐々に薄れていく。

 どうやら攻撃が終わったようだ。

 岩陰からちらりと覗くと、胴体に大穴を開けた小人たちが、地に伏していた。

 動く気配はない。全員死亡したようだ。


「すまんがこっちも必死でな。まぁ相手が悪かったと思えよ」


 小人たちの冥福を祈りつつ、その場を立ち去ろうとした俺の頭にぴろん、という妙な音が聞こえた。

 見れば小人の姿が消えていくではないか。

 驚いていると、抑揚のない機械音声が聞こえてくる。


 ゴブリンを倒した。32EXPを取得。


「シヴィ、何か俺に話しかけたか?」

「いえ、ですが先程から光波、電磁波、音波とも違う、奇妙な波長の乱れがアレクセイの脳内で見受けられます。先刻観測した大気中の未知の元素が作用しているようです」

「この世界特有の何か……というわけか?」


 その間もメッセージは流れ続ける。


 ゴブリンを倒した。32EXPを取得。

 ゴブリンを倒した。32EXPを取得。

 ゴブリンを倒した。32EXPを取得。

 ゴブリンを倒した。32EXPを取得。

 レベルが上がった。

 ゴブリンアーチャーを倒した。64EXPを取得。

 ゴブリンアーチャーを倒した。64EXPを取得。

 ゴブリンアーチャーを倒した。64EXPを取得。

 ランドゴブリンを倒した。142EXPを取得。

 ランドゴブリンを倒した。142EXPを取得。


「なぁ、変な機械音声がずっとゴブリンを倒したとかレベルが上がったとか言ってるんだが」

「私には聞こえませんが……知覚をリンクしてもよろしいですか?」

「おう」


 俺の了承を得て、シヴィは俺の脳波を通して知覚を共有する。

 これで俺の見聞きしている事が、シヴィにもわかるようになる。


「……なるほど。まるでゲームか何かのようですね。どうやら例の未知の元素が作用しているようです」

「ゲームねぇ。ならあの小人はさしずめモンスターってところか?」

「メッセージによれば、ゴブリンのようですね」


 子供の頃、よくテレビゲームをやっていたが、RPGなどではこういったモンスターを倒してレベルを上げるのが定番だ。

 シヴィの言う通り、あの小人もそれでいうところのゴブリンっぽい。


 グリズリーを倒した。641EXPを取得。

 グリズリーを倒した。641EXPを取得。

 ワイバーンを倒した。986EXPを取得。

 ワイバーンを倒した。986EXPを取得。

 レベルが上がった。

『戦士』のジョブを得た。

 サンドワームを倒した。1623EXPを取得。

 サンドワームを倒した。1623EXPを取得。

 サンドワームを倒した。1623EXPを取得。

 レベルが上がった。

『斥候』のジョブを得た。


 ゴブリンを倒した系のメッセージが終わった後、違うモンスターを倒したと流れ始める。

 見る限り近くにはそんなのはいなかった気がするが……


「……なぁシヴィ、もしかして結構広範囲を攻撃してしまったか?」

「ホーミングレーザーの最小射程は10キロ立方メートルですので。辺り一帯に降り注いだはずですね。地中も、空中も」

「……そういやそうだったな」


 どうやらこの辺りの生物全てが攻撃対象になってしまったという事になる。

 罪のないモンスターたちに申し訳ないと詫びるしかない。

 鳴り止まない撃破とレベルアップメッセージを聞きながら、俺は周りに人がいなかった事を祈るのだった。


 しばらくして、音が鳴り止んだ。

 幸運なことに人は倒したというメッセージは流れなかった。

 村でもあったら大惨事だったな。気をつけよう。

 そして気づけば目の前に、謎のウインドウが表示されていた。

 意識を向けた瞬間、そのウインドウが大きくなる。


 アレクセイ=ガーランド

 レベル86

 ジョブ なし

 力A

 防御B

 体力A

 素早さB

 知力SSS

 精神S


「……見えてるか? シヴィ」

「はい、どうやらアレクセイ、あなたのステータス画面のようですね」


 なんだかわからんがこいつが俺のステータスのようである。

 数値が高いのは先刻のレベルアップのせいか。

 数えきれないくらいレベルアップしてたからな。


「いまいち実感はないが……ふむ」


 俺は足元に転がっていた石を拾い上げると、それを軽く握り締めた。

 するとぱきんと軽い音がして、サラサラと崩れてしまった。


「……信じられませんが、アレクセイの身体能力が大幅に向上しているようです。例の元素がアレクセイの身体に多く集まり、力となっているように見受けられます」

「うーむ、レベルアップで強くなるとはマジでゲームみたいだな。よし、便宜上例の元素を魔素と名付ける」

「魔素……なるほど、魔力の源というわけですか。ゲームのようですね」

「恐らく何者かがこの魔素に生物を変化させるプログラムを埋め込み、制御しているのだろう。どこかのマッドサイエンティストが星を丸々一つ使ってRPGっぽい世界を作り出したと聞いたことがある。そこへ人間が入り込むと、レベルアップや装備で身体能力が大きく変わるというものだ」


 昔、ネット記事で見たことがあるが、星一つを改造してテーマパークにしようという計画があったらしい。

 リアルRPGとでもいうべきか。それはどんどんエスカレートし、人工生命でモンスターやNPCを作り始めたとか。

 だが未開惑星保護団体がそれに抗議し、国が動いて計画は頓挫。

 以来、その星は国の管理下に置かれたらしいが……


「恐らくこの星がそうなのだろう」


 もしくは似たような事を考え、実行した人間がいたかだ。

 宇宙は広い、ありえない話ではない。

 考え込む俺に、シヴィは話しかけてくる。


「しかしアレクセイの知力がSSSというのは何かの間違いでしょう」

「ひでぇな。一応帝国一の士官学校を卒業してるんだが」

「お情けのギリギリですけどね」

「だから一言多いっつーの」


 どうあれしばらくはこの星で生きていくしかない。

 だが考えてみれば悪くないかもしれない。

 戦争にも飽きてきたところだ。

 ゲームは嫌いじゃないし、休暇と思って楽しむとしようじゃないか。

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