第31話 見守る者達
時は少し遡る。
礼路とシグレが戦闘を開始して暫く、ネイシャは二人をただ見つめていた。
「……」
息をのみ、美穂とシュウの近くから離れない。
理解しているのだ。彼らの間に、自分が入ってはならない事を。
本当ならば、今すぐにでも礼路に加勢したい。しかし、それは礼路が望まないであろう。そのことを分かったいるがために、その場から動かない。
「あっ……」
礼路がシグレの剣を受けた時、彼女は思わず声を出してしまう。ミーティアを握る手に力が入り、顔を強張らせた。
「ダメよ……これは、アイツが望んだ事なんだから……!」
動きそうになる足を抑え、自分自身に言い聞かせる。
自分ではなく、誰でもない礼路の意思を尊重するために。
しかし、もし彼が負けそうになったら?二度と治らない傷を負ってしまったら?
「……」
そう思った瞬間、彼女の中で黒い感情が生まれる。止めていた足が動き、気付いた時には立ち上がっていた。
そして考えを別のモノに染めてしまう。
「……早く、助けてあげないと」
黒く染まっていく頭の中で、彼女は考える。
自分の役目はなんだ、彼の守護だ。彼の身の回りの面倒事を全て請け負い、聖拳の使命を全うさせることだ。
そのためなら、どんな障害だって打ち砕かなくてはならない。彼の敵になるすべてを、この手で。それが、他でもない彼の意思であっても。
今の状況だってそうだ。
恐らく、シグレは本気を出していない。礼路の実力を見極めるためか、弄ぶためか。原因は定かでないが、動き一つ一つにまだまだ余裕がありそうであった。いずれはシグレに圧倒され、負けてしまうだろう。
ならば、自分のするべきことはなんだ?
その結論に至った結果、彼女はもう自分を止めることが出来なくなった。
「大丈夫……礼路は後でちゃんと言い聞かせれば……分かってくれるから」
思い浮かべてしまった最悪の結末。それを否定するために、ネイシャはゆっくりと礼路達の間に入ろうとした。
しかし。
「ダメだよ、ネイシャさん」
彼女が纏うローブの端を、ウールが掴んだ。
ネイシャはゆっくりと掴まれた方へ顔を向け、感情の無い瞳をウールに向ける。
その目は、ネイシャを止めたウールが思わず固まってしまうほど、真っ黒に染まっていた。
「邪魔するんじゃないわよ、アイツを助けられるのは私だけなんだから」
「ッ……君の気持ちは分かるよ。でも、感情だけで今の親友たちの間に入っちゃいけない」
「感情って何よ?そんなの、アンタが助けに入らないのも感情とやらが原因でしょ?そんなもので足を止めて、取り返しのつかないことになったらどうするの……?」
怒りすら籠っていないような、恐ろしく平坦な声で話すネイシャ。
先程までとは全く違う雰囲気に、ウールは恐ろしいモノを感じていた。同時に、彼女の中で礼路という存在がどれだけ大きい存在なのか、少しばかり理解することができた。
故に、ウールはその手の力をさらに強めた。
「……ここで親友を止めたら、きっと彼はこの先、聖拳として生きてはいけなくなる。自分の中の信念も、曲げ続けていくよ。そして最後には……雨の勇者みたいになる」
「ッ……」
「分かっているんだろ?その結果がどれだけ悲惨なモノになるかを」
「……うるさいわね、それでも私は、アイツを助けるのよ。アイツが無事でいるなら、他のことなんてどうでもいいわ」
「ダメだ、それは親友が一番許さない考えだ。彼が望まない、最悪の結末だ。それだけは、僕がなんとしても止めるよ」
ウールは強い眼差しでネイシャを見ながら、ネイシャのローブを掴んでいない方の手で杖を持つ。その杖から、黒い霧が薄らと出てきていた。ネイシャはそれを見ると、彼から離れようと思いっきりローブを払うが、彼の手は一切力を緩めない。
力づくで無理なら、さらに強い力で叩きつけるのみ。そう思った彼女は、握っていたミーティアを飛ばすと、ウールの眼前でピタリと止めた。
高速で迫ってきたミーティアに反応しきれなかったのか、ウールはミーティアを見て冷や汗を流す。
「次は無いわ、この手を放しなさい」
「……」
ネイシャの目に揺らぎはない。ウールが断ったら、容赦なくミーティアを叩きつけるだろう。そんな意思を感じさせる黒い目をしていた。
「ダメだ、君を行かせるワケにはいかない」
「……そう」
さして残念そうでもなさそうな声を出し、ネイシャはミーティアに命令を下す。ミーティアは頭一つ分ほどの大きさになると、バチバチと電気を放ち始めた。
「なら、アンタはここで寝てなさい。起きた時には、全部終わってるから」
ゆっくりとそう呟くと、ネイシャは少しだけミーティアを遠ざけると、一直線にウールに目がけて飛ばした。
すさまじい勢いで飛んでくるミーティア。その衝撃も尋常なモノではないだろう。それを察したウールは、思わず目を閉ざしてしまった。
「……?」
しかしなぜだろう、ウールが覚悟していた痛みは、いくら待てども彼を襲ってこない。
一体何が起きたのか?恐る恐るウールが目を開けると、彼の目の前には幾重にも重ねられた鎖の盾があった。
「……これって……まさか勇者の力……?」
「……美穂、目を覚ましたのね」
ウールは驚いて鎖を凝視していたが、ネイシャはその鎖の主を睨み付けていた。
「……大体のことは、分かった」
鎖の主である美穂は、次いで多くの鎖を上空へ飛ばすと、何重にも重ねて別の盾を作り出した。
「ネイシャ、気付いてる?この雨は、シグレさんの雨……勇者の力」
「な……この雨が?」
「うん。多分、何かしらの影響がある。この子も、こんなに弱ってる」
そう言って、視線をネイシャ達から逸らす美穂。
彼女が見る先をネイシャ達が見ると、そこには弱弱しく座り込むアキの姿があった。
そんなアキを見て、ウールはネイシャのローブと杖から手を放し、一目散に彼女のもとへ駆け寄った。
「アキッ!大丈夫!?」
「だ、大丈夫だし……ただ、お日様が出てないから……力が抜けるのと……なんか……とにかく力が……出ないし」
ニヘラとウールに向かって笑い、彼を安心させるアキ。
ホッとするウールを見て、ネイシャは幾分か毒を抜かれた気分になった。
「チェーン・アンブレラ……即興で作ったモノだけど、なかなか良い」
自分の作った傘が予想以上にいい出来だったからか、美穂は少し嬉しそうに鎖を見つめている。そんな彼女に、ネイシャはゆっくりと口を開いた。
「……ねぇ、美穂。アンタは、礼路を助けないの?」
「助けたいよ、今すぐにでも。でも、助けてばかりじゃ、れいちゃんは成長しない。この世界は、守られるだけじゃ、生きていけないから」
そう言う美穂に、ネイシャは少し苛立ちを感じていた。彼女の言うことなど分かっている。しかし、それでも雨の勇者との一騎打ちは危険すぎる。
それなのに、何故美穂がウールと同じようなことを言うのか。それがネイシャは我慢ならなかった。
「アンタねぇ……ッ!?」
そんな時、ネイシャは美穂の鎖を握る手から血が流れていることに気付いた。ゆっくりと流れるソレは雫となって落ち、草を赤く染めていく。
美穂はその手を気にする様子もなく、今も剣を振るい続ける礼路とシグレを見つめている。
同時にネイシャは理解した。美穂が自分と同じ感情を抱いたうえで、力づくで抑え込んでいたことに。ただひたすら、本当の意味で彼のことを第一に考えながら。
「……我慢しなくちゃ、私たちも」
「美穂……」
「大丈夫、れいちゃんは戻ってくる。それに……」
「それに、なによ?」
「動けない体になったって、問題ない。一緒にいられる時間が増えるだけ。貴方も、そう思わない?」
ブラックジョーク、にしてはタチが悪い。
しかし、ネイシャのはりすぎていた気が、少しだけ和らいだ。
「……フフ」
「……どうしたの?」
「いえ、覚悟できてたと思ってなのに、まだまだダメだなぁって思って……」
邪気のない笑みを浮かべ、再び礼路達へ視線を向けるネイシャ。その目には、先程までの黒い影は見えなかった。
「コレが終わったら、椅子に縛って閉じ込めてやるんだから。心配させてばかりのアイツを……」
「……その次は私。鎖で縛って、ゆっくり教える。誰と一緒にいるのが、一番正しいのか……くふ」
それぞれ独り言をつぶやき、礼路を見つめる二人。
真っ直ぐ……とは言い切れないが、その目は幾分か光って見えた。
「ウール、なんかこの二人怖いし……」
「大丈夫、ここにいれば安全だから……たぶん」
陰りも十分にあったが……。
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