第30話 VS雨の勇者


「先ずは初撃……」

「斬拳ッ!」


 互いに殺気を交わし、各々の武器を前に振るう。シグレは手に持つ剣を、礼路は手より放つ光の刃を。

 触れた瞬間ガキンと大きな音を放ち、辺りに風を撒き散らす。近くの草は大きく揺れ、雨を弾き飛ばしていた。

 礼路はビリビリと手に伝わる衝撃に顔を歪ませたが、シグレはその表情を一切変えない。

 そのまま二人は後ろへ飛ぶが、シグレはそこから一切の休みなく礼路の方へ駆けだした。


「そら、次といこう」

「ッ!?ジィィァァアアッ!!」


 歯を喰いしばりながら、下げていた右手の光刃をシグレへ向けて払い上げた。

 しかし、光刃は最後まで上がりきることはなく、途中でシグレの剣に止められてしまう。

 再び轟音と衝撃が礼路を襲う。しかし力の流れが上から下であったため、先程と違い体を後ろへ逃がすことが出来ない。


「ぐ……ギ……!」

「ふん、先程までの威勢はどうした?コチラはまだまだ本気を出しておらんぞ?」

「こ、のォ……震撃ッ!」


 たまらず礼路は聖拳より強烈な振動を発生させ、シグレの剣を弾き飛ばす。

 シグレは少しだけ目を見開くと、振動が自分の中心へ到達する前に後ろへ下がる。


「ほぉ……器用だな。大道芸でも始めたらどうだ、聖拳?」

「うるっせぇ!空撃ッ!」


 次いで礼路はノーモーションで魔法陣を発生させ、そこから目で捉える事の出来ない砲弾を放つ。

 しかし、彼の腕から何が飛び出したのか視認することすら出来ない筈なのに、シグレはつまらなさそうに礼路を見つめるのみ。

 そんな余裕そうなシグレを見て、礼路は彼女が油断していると考えた。故に、放った空撃は確実に彼女に当たる。そう礼路は確信していた。

 しかし。


「ふん……濃い上に脆い敵意だ。これでは当たる方が難しい」


シグレは少しだけ横に移動して空撃を躱した。さも当然のように、何事も無いかのような表情で。


「なッ……!?」

「……どうした、まさか隠し玉はこれで終わりか?」


 目を細め、礼路を睨み付けるシグレ。礼路はその目を見て、何も言えなくなってしまう。

 必中を疑わなかった空撃が、当たり前のように躱されてしまった。その事実を受け入れるのに、数秒の時間がかかってしまう。

 その間に、シグレは礼路の中に次の手がない事を悟り、攻めの体勢をとった。


「なら、次はこちらの番だ」

「ッ!?」


 そう言うと、シグレは低く屈み剣を逆手に持ち直す。

 その刹那礼路には、雨に打たれる刀のように細く長い刃が、怪しく光ったように見えた。


 そして次の瞬間。


「雨に打たれて死ぬがいい、秋雨一閃あきさめいっせん


 鋭い殺気を持った刃が、礼路の喉元をめがけて神速の如き勢いで放たれた。


「ッ!!」


 放たれた瞬間礼路に視認出来たのは、シグレの右手から光る何かが飛び出たことのみ。それが彼女の剣だなどと理解する時間すらなかった。

 一直線に礼路へと向かう刃に対し、礼路の反射神経はどこまでも鈍かった。


 しかし、礼路にその刃が届くことは無かった。

 いきなり前へ突き出された彼の右手が、盾を模した輝くオーラを放ちその身を守ったのだ。


「なッ……今度は盾拳かよ!?」

「ッ!?」


 突如現れた光の盾を見て、礼路とシグレはそれぞれ驚く。礼路は王都の時のように勝手に動いた自分の腕に、そしてシグレは自身の技を止められたことに。

 光の盾に当たった刃は、キィンと鉄がこすれるような音を発すると、そこから一切前に進まなくなった。


 シグレは大きく目を開くと、大きく後ろへ飛んで剣を持ち直す。

 その様子を見て、礼路は先程見た光が彼女の剣であったことにようやく気付き、その顔を青くさせた。


「よもや、私の技が防がれるとはな。摩耗し、腐り落ちても伝説、ということか」


 対するシグレは忌々しそうに礼路を睨み付ける。

自分の技を防がれたことが、余程気に食わなかったのだろう。彼女の手に、今まで以上に力が込められていた。


「……なんで、また勝手に発動したんだ?」


 しかし、礼路は彼女の様子ではなく、自分の右腕を注視していた。

 先程、王都にて白風の勇者に掴まりそうになった時にも技を発動させた聖拳。何がトリガーになっているのか、シグレと対峙する中で礼路は一つの仮説を立てた。


「まさか……聖拳が……?」


 とても考えにくい、しかし無いとは言い切れない仮説である。

 聖拳が宿主である礼路を守るため、自分からその力を行使させた。それならば、命を絶つことを目的としなかった美穂との一戦では、聖拳が勝手に発動しなかったのも頷ける。


「聖拳の、防衛システム……みたいなものなのか?」


 自らの存在を脅かす敵への対抗手段。己が使命を果たすために行使されるシステム。

 それが、危機に瀕していた礼路の命を守ったのだ。まるで、聖拳そのものが一つの生命であるかのように。

 そう考えると、礼路は情けない気持ちで一杯になった。


「……そこまで、俺が不甲斐なかったってことか」

 

 彼はそんな結論に至った。

 要は自分が未熟であったために、仕方なく聖拳が身を守ったと。

その考えは、美穂との一戦にて自分の弱さを知った礼路には、とても重いモノであった。


「俺自身が技に頼りすぎてて……弱いままだったから……守ってくれたってのか……?俺が、情けなくて……」


 礼路がそう呟くと、彼の右手は弱弱しく光った。肯定と慰め、その二つを同時に伝えているように。


「……」


 光る聖拳から目を放し、礼路は目の前のシグレを見る。彼女は剣を構え、彼へどう攻めるかを考えているようであった。


「……確かに、情けないよな。勇者一人に圧倒されるようじゃ」


 そんなシグレを見ながら、礼路はそう呟く。次いで両手を強く握りしめると、再び構えをとった。

 その目には、燃えるような輝きが宿っている。


「安心してくれ……なんて、簡単には言えない。けど、少しずつ強くなってみせるから……見ててくれ」


 ザァザァと雨が降り続ける中、礼路は聖拳の輝きを強くさせる。しかし、技の要である魔法陣は発生させていない。


「何のつもりだ、聖拳?」


 礼路を見続けていたシグレは、先程までとは雰囲気がまるで違う礼路を見て、妙な違和感を覚えた。

 先程まで礼路が纏っていた怒りの感情。その一切が感じられなくなっていたのだ。


「いや、自分が聖拳に頼りっきりだったって、改めて痛感してな」

「ほう。して、痛感したうえでどうするのだ?命乞いでもするつもりか?」

「まさか、倒すんだよ、アンタを。今度こそな」


 一切の揺らぎなく、礼路はシグレにそう言ってのけた。


「……この状況で、まだそんな戯言を言えるか。夢を見るだけの未熟者が」


 そんな彼を前にして、シグレが見せたのは怒りであった。今まで少ししか変わらなかった顔を大きく歪ませ、眉間に皺を寄せて礼路を睨み付ける。

 刀を両手で持ち、柄を顔の左横まで近づけると、内より膨大な殺気を放った。


「冥土への土産に教えてやろう。私が発生させたこの雨は、私が敵と認識した者の身体能力を減少させる。初めは体に感じさせない程だが、打たれれば打たれるほどにその効果は増していく」

「……なるほどな、道理で体が怠くなっていくワケだ」

「ただでさえ、私は貴様より強い。その上に我が女神の力を受け、貴様なんぞに勝ち目があると本気で思っているのか?」


 体中から紫色のオーラを発生させ、シグレは新たな技を出そうと力を溜める。次こそ、礼路の命を完全に刈り取るつもりのようだ。

 強烈な殺気に当てられ、礼路は思わず足を震わせてしまう。しかし両手で膝を殴りつけ、再びしっかりと大地を踏みしめた。


「あぁ、本気で思ってるさ。俺は、全力でアンタを打ち破る」

「……愚か者が。泣いて許しを請えば、腕を切り落とすのみで許してやったものを。ならば容赦はしない。無尽なる雨の刃を受け、鮮血の河を築くがいい……霧雨千閃きりさめせんせん


 シグレがそう言った瞬間、礼路の目の前に無数の斬撃が現れた。

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