第26話 信じること
「とおっ!」
「やぁっ!」
民家の屋根の上で腕を組んでいたウールとアキは、颯爽とその場から飛び降りた。
引き籠り大好き少年とは思えない程の鮮やかな着地をしたウールは、勇者たちから礼路を庇うように前へ立つ。
そしてアキは彼の後に続いて飛び降りると、気絶した美穂の方へ駆け寄った。
「お、おい……アイツらまさか……」
「王都イチのイロモノコンビ……」
「引き籠りのウールだ……」
「なんで、聖拳を庇うんだ……?」
突然現れた二人を見て、勇者たちは歩みを止めて口々に二人の事を呟く。
ウールはそんな勇者たちの言葉を全く気にせず、黒いローブのどこにしまっていたのか分からない程に巨大な杖を取り出すと、右手で器用にクルクルと回しながら辺りを見渡す。
「ざっと20……大体は近接系……」
「魔法が得意な勇者もいるし!ウール気を付けるし!」
「うん、分かってるよ」
アキは流れるような手つきで美穂の足に包帯を巻きつけると、辺りの勇者を「フーッ!」と猫のように威嚇しながら美穂を担ぎ、礼路の下へ走った。
ネイシャはそんな二人を見て、何が起きたのか理解できないでいる。
ポカンとした表情で、自分たちに近寄ってくるアキを見つめることしかできない。
そのために礼路を拘束していた手を緩めてしまい、その隙に礼路は彼女の拘束から脱出した。
「お、お前達……なんで……」
自分たちを助けようとしてくれる二人を見て、礼路は完全に安堵することが出来ずにいた。
勇者たちの欲望を一身に受けた現在の彼の中では、「助かった」という安堵よりも「なんで」という疑惑の方が大きい。
顔見知りではあるが、彼らは勇者だ。
しかも、会った回数はたった二回だけ。
それだけなのに、本当に味方になってくれるなどと、そんな美味い話があるのか?
そんな疑念が大きな壁となり、礼路は素直に彼らを肯定できない。
味方の振りをして、後で自分たちを全滅させるつもりなのか。
そう思うと、彼は握る拳を緩めることが出来ないでいた。
「……信用できないかい、親友?」
そんな礼路に、ウールは振り向いて話しかけた。
礼路が見たウールの顔は、前に宿屋で見た不健康そうな青白く、陰気が籠った笑みを浮かべている。
たったそれだけなのに、礼路には何故か彼がとても眩しく見えた。
「信用できないなら、それでもいいさ。でも、僕は友達を絶対に裏切らないから。迷惑でも助けさせてもらうよ」
多くの勇者たちを前にそう言い切ったウール。
礼路は彼を信用したいと思ったが、それでも完全に心を許すことが出来ない。
先程の勇者たちの狂気。
多大な狂気をぶつけられた彼は、ウールの眩しさですら、どこか偽りのように思えてしまう。
その笑みの中で、どんな醜い感情を潜めているのか。
そう思うだけで、握っていた手がブルリと震えてしまっていた。
「でも……お前だって叶えたい栄光があるんだろ?」
故に、意思とは別にウールたちを探るような言葉を吐く礼路。
そんな彼をウールはジッと見つめるのみ。
「栄光が欲しいからか?俺たちを助ければ、聖拳にも認められるって……そう思って助けるのか?」
「親友……」
「お、お前がそういう考えなら、助けてくれなくても良い。早く勇者側に行ってくれ、その方が俺も楽に――」
黒い感情を露わにする礼路であったが、突然頭に強い衝撃を受けて言い切ることが出来なかった。
「いッ!?」
「ちょ、レイジ!?」
遅れてやってきた激痛に耐え切れず、頭をおさえて蹲ってしまう礼路。
ネイシャは片膝をつき、彼を心配そうに見つめる。
何が起きたのか理解できず、礼路は若干涙を溜めながら痛みを感じた方向を見た。
「うるさいし、お前ッ!」
その方向には左腕で美穂を担ぎながら、右手を顔近くまで挙げて礼路を睨むアキがいた。
礼路が受けた衝撃は、彼女の拳骨であったのだ。
「ウチだって、本当はお前を捕まえたいし!でも、ウールが助けたいって言うから助けてあげるんだし!」
「ウールが……?」
「そうだし!ウールは本気でお前を助けたいんだし!だからウールを信じてここから逃げるし!」
そう言われ、礼路は再びウールの方を見る。
彼は気恥ずかしそうに頬をポリポリとかきながら、困ったように笑っていた。
自分の言おうとしたことを、別の人間に言われてしまったような様子である。
「ウールはあんなだから、友達が少ないし。誰かとパーティを組もうとしても、バカにされて結局ウチとの二人組だし」
「ウール……」
「だから、お前が仲良くしてくれてウールはとっても嬉しそうだったし。ウチも嬉しくなったし。お前が聖拳でも、助ける理由は十分だし!」
「あはは、友達少ないってのは余計だよアキ……」
アキの言葉に反応して、ガクッと肩を落とすウール。
なぜだろうか、礼路はその瞬間に力み過ぎていた肩から力が抜けた感じがした。
何を信じ、何を頼るべきなのか。
歪んでしまっていた思考を戻し、瞳を閉じて深呼吸した後に、再び前を見据える。
「覚悟は決まったかい、親友?」
礼路の目の前には、変わらず自分を見つめる暗闇の勇者がいた。
暗闇とは名ばかりの、心優しく心強い、礼路が理想とした勇者が。
「本当に、信じていいのか?」
「ははっ、さっきも言っただろう。信じなくても、助けるって。さぁ、ちょっとは勇者らしいところ、見せようかな」
ウールは前を向いて歩き出すと、フードをキュッと下げる。
そこからのぞかせる瞳が、怪しく銀色に輝いた。
「……暗闇の神髄。力は沈み、気は陰る……生死不変の安楽を貴方に。これで、君らも親友だ」
トンッ、とウールは杖で地面を叩く。
そこからモクモクと黒い煙のような何かが出て来ると、辺り一面を一気に真っ黒に染め上げる。
「ッ!?ヤバいぞ、ウールの暗闇だ!」
「クソ!先にアイツを仕留めるんだ!」
ウールの煙に気付いた勇者が叫ぶと、礼路たちの様子を伺っていた他の勇者たちが各々武器を構え、バラバラにウールへとびかかる。
しかし、その攻撃がウールに届く前に、暗闇が勇者たちを完全に包み込んでしまった。
「遅いさ。どんなタイミングだろうと、これだけ離れていれば僕の勝ち……逃げる事に関しては」
ウールは勇者たちが黒煙から出てこない事を確認しながら、辺りをさらに暗くさせていく。
そして気付けば、辺りは前すら見えない程真っ暗になってしまっていた。
「これって……あの真っ黒勇者の?」
突然辺りが暗くなったことに驚くネイシャ。
声は聞こえるが、礼路は彼女の姿を見ることが出来ない。
それほどまでに、辺りは真っ暗になっていた。
「この感じ……あの宿屋で……!」
その光景に、礼路は見覚えがあった。
ウールと初めて会った宿屋での事。
彼が礼路に見せた部屋も、これと同じ雰囲気を漂わせていた。
「気付いたし?これがウールの力だし!」
呆けた顔で暗闇を見ていた礼路に、近くにいたアキが話しかけた。
彼女は美穂を担いだまま、誇るように腰に手を当てて「ふふん!」と得意げに笑った。
「ダークネス・ミスト。ウールのこれに包まれたら、敵はみんなウールと同じになっちゃうし」
「同じ?」
「やる気が無くなったり、動きたくなくなったりするし。王都の外でヤバいのに出くわしたら、いつもあれで逃げるんだし!」
アキの解説を聞いて、礼路は「あぁ」と宿屋での一件について納得していた。
なぜ、宿屋で彼の誘惑から逃げ切れなかったのか。
つまりは勇者の力であったと。
しかもアキの「敵は」という言葉を聞く限り、影響を与える対象も決められるようだ。
礼路はそう思い、次いで体を軽く揺すって、自分には全く影響がない事を確認する。
「……本当だ。でもまさか、精神にまで影響があるなんてな……」
「でも、武器を向けたりしたらすぐに解けちゃうし。アイツらを倒そうだなんて思わないことだし」
「そ、そうなのか……しかし恐ろしい能力だな」
勇者の力の幅広さに恐れを抱きながら、礼路は数歩後ろへさがる。
目の前の闇。
それは心地よい物でありながら、とても恐ろしいものだ。
そう思いながら、一度はソレに染まりそうになっていた事実に顔を引き攣らせる。
「さぁ、早くここから逃げるんだ!ミストは辺りに散らせたけど、ずっと足止めできるワケじゃないからね!」
近づいてくる足音と共に、礼路たちの耳にウールの声が届いた。
勇者の力を使いながら、礼路たちのもとへ走って来ていたようである。
「うっしゃ!この聖勇者はウチが運んであげるし。とりあえずは路地裏を走りまくるし!ほら、お前もついてくるし!」
「えっ?ちょ、ちょっとアンタ待ちなさい!」
言うが早いか、アキは美穂と共に暗闇の中を走り出す。
同時にネイシャの声が響く。
恐らく、アキは走り出すと同時に彼女の手を取り、引っ張るように進んで行ったのだろう。
礼路はそう思いながら、ふとアキが当たり前のようにウールの暗闇を走って行った事に気付き、焦ったようにウールへ話しかけた。
「お、おいっ!あの子暗闇の中走って行ったけど大丈夫なのか?」
「問題ないさ、アキには僕のミストは効かないから。それより、少しジッとしていて」
「え……な、なんだよ?」
怪訝そうな目でウールの声が聞こえる方を見つめる礼路に構うことなく、ウールは彼の両目の少し下あたりに指を当てる。
するとどうだろう、礼路の視界から暗闇が消え、とてもクリアに辺りを見ることが出来るようになった。
「こ、これは……?」
「僕の世界への入門を許したんだよ。一度コレをしちゃうと、もう二度と僕の暗闇は効かなくなるんだ」
言い終えて、恥ずかしそうにニシシと笑うウール。
その笑みを見て、礼路は彼が何を言いたいのか理解し、驚いたように目を見開く。
勇者の力である自分の切り札を使い、その上聖拳である自分に対して使い物にならなくした。
それはつまり、ある種の降伏のようなもの。
「なんでって顔してるね、親友」
「え?」
「これは僕にとって、君への証明だよ。やっぱり、一方的な友情は寂しいから」
つまりは、ここまでしても礼路の信用を得たかった。
蓋を開けてみれば、それだけのこと。
だが、礼路がウールを信じるのには、十分すぎるダメ押しであった。
「……ありがとう、ウール」
込み上げてくるモノを感じながら、礼路はそれしか言えなかった。
その言葉以外に、彼へ向ける言葉が考えつかなかったがゆえに。
ウールは泣きそうな彼を見ながら、少しだけ微笑んだのちにアキが進んだ方向を指さした。
「いいんだよ。少ない友達くらい、守り通したいだけだから」
「はは、なんだそりゃ。勇者なのに慎ましいな」
「よく言われるよ……さぁ行こう。あと少しで暗闇も晴れてくる」
そう言って、ウールはアキが行った方向へ走りだす。
礼路もあとに続いて走り出そうとした。
そんな時だ。
「……ッ!」
礼路の辺りが見えるようになった目に、一人の少年が見えた。
辺りの人間は、暗闇の効果で動けないでいるためか、その少年に気付かないでいる。
ボロ布を身に纏っている彼は、先の戦闘に怯えて物陰に隠れているようであった。
「……」
礼路は少しだけ彼をジッと見つめると、ルートを変更させてその少年の手を取る。
そして勢いのまま立たせると、その手を引いて再び走り出した。
「えっ!?あ、あの……!」
「黙ってて、今は一緒に逃げよう」
そう言って、礼路は雨の勇者の付き人である少年を連れ、ウールの後を追ってその場を後にした。
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