第22話 変わらない世界


「今日はゆっくりしたいわ。クエストはまた今度にしましょう」


 雨の勇者たちとの一件があった後、礼路達はネイシャの提案で防具の購入に向かった。

 礼路は、基本的には防御のことは二の次にした格好をしている。

 そんな彼を見て、ネイシャはクエストよりも防具を整えるべきだと判断した。


 ……と、いうのは表向きの理由で。

 今の礼路をクエストに向かわせたくない、というのがネイシャの本音であった。


 雨の勇者の人を道具のように扱う姿を見て、彼が怒りに身を震わせていることは簡単に察することが出来た。

 先程は自分の説得を聞いて落ち着きを取り戻したようだったが、未だ握りしめている拳を見ると、いつ爆発してもおかしくない。

 そんな冷静さを欠いている彼が魔物と戦えば、思わぬ痛手を負ってしまう可能性がある。

 そう思ったからこその提案であった。


 礼路は突然の提案に面を喰らったが、断る理由も無かったために彼女の提案にのった。

 美穂も、ネイシャの考えを理解したのか、特に反対はせずに二人について行くことに。






 そして現在、三人は道中の露店で朝食を済ませた後、防具を主に売っている店の中にいた。

 店内では全身を守ることが出来る鈍重な鎧から、急所のみを守るようにできた軽めの鎧もある。

 その他にも、盾や兜、ローブから帽子まで。

 ありとあらゆる装備品が、店にズラリと並んでいる。

 

「なぁ美穂、勇者ってのは皆付き人をあんな風にしてんのか?」


 礼路は未だ消えない怒りを抑えながら、少々乱暴な口調で美穂に話しかけた。

 礼路の頭の中では、今でも付き人の少年をいたぶる勇者の姿が消えない。


 そもそも、礼路の中での勇者はもっと崇高な存在であった。

 善を助け、悪を倒し、全ての人々から慕われる。

 そんなおとぎ話の主人公みたいな存在が、彼の勇者像であった。


 ところがあの勇者はなんだ?

 いや、もっと言ったら、最初に出くわした氷の勇者も。

 ネイシャを氷漬けにした男を思い出し、礼路は眉間のしわをさらに深くさせる。

 宿屋で出くわした暗闇と日輪の二人組はまだいいとして、先の二人は勇者どころか人としても問題のある人間だ。

 もちろん、良い勇者もいるのだろう。美穂も行動がちょっとアレなところもあるが、いい人間なのは確かだ。

 だが、あんな勇者が大多数なら、そんな奴らに聖拳は死んでも渡したくない、というのが彼の考えである。


「……そうじゃない人もいる。でも、そういう人もいる」

「なんで、誰も何も言わないんだよ。さっきだって、見てるだけだっただろ」

「皆、勇者の力が怖い。勇者は憧れであり、恐怖でもあるから」

「仕返しされるのが怖いってのか……」


 礼路の言葉に対し、無言で首を縦に振る美穂。

 ネイシャも思う所があるのか、彼から視線を逸らして考え事をしていた。


「それに、この世界の大多数は聖拳教って宗教に入信してる」

「聖拳……教?」

「うん。簡単に言えば女神の恩恵を得た勇者と、真の勇者へ栄光を与える聖拳を至上の存在にしてる宗教。ネイシャは説明してなかったの?そういえば、付き人の事も……」

「……言う機会が無かったのよ」

 

 突然美穂から名前を呼ばれたことに驚いたネイシャ。

 少々反応が遅れてしまったが、目の前にあった手袋を見ながらそう答えた。


「一度に全部教えても、頭が混乱しちゃうだけでしょ?だから機会を見計らって、ゆっくり教えようと思ってたわ」


 そう言って、ネイシャは手袋から視線を逸らして礼路を見つめる。

 

「レイジ、あの森の中でも言ったわよね。過ぎた力は、人の心を狂わせるって」

「あ、あぁ……」

「アンタがこれから見ていく勇者は、全てが善人であるワケがないの。むしろ、力に溺れた奴の方が多いかも。アンタはこれから、そういう連中の中から真の勇者を探さないといけないの」

「で、でも……!」

「でも、じゃないの。あんなふざけた奴の事は捨て置きなさい。あんなのに聖拳が輝くワケがないんだから。あの付き人が可哀想だって思うのなら、少しでも早く真の勇者を見つけて、魔王を倒すのよ」


 言い終えて、ネイシャはすぐ近くの別の装備を見はじめた。

 礼路は奥へ行くネイシャの後姿を見ながら、沸き立つ感情をこらえて右手を強く握る。


「ちくしょう……」


 怒り、違う。

 悔しさ、違う。

 哀れみ、違う。

 そう、言ってしまえば全部。


 勇者に振り回されるこの世界の人々を哀れみ、何もできない現状を悔しく思い、そして。


「手を差し伸べることも……出来ねぇのかよ……」


 目の前の弱者を守ることも出来ない、そんな自分に怒っていた。

 彼はその全てをごちゃまぜにした感情を何かにぶつけることも出来ず、右手を見つめて泣きそうな顔になる。


「何が聖拳だよ。結局はこそこそ隠れて、何があっても指加えて見てる事しかできないってのか……!」


 前の世界となんら変わらない。

 力ある者が力ない者を虐げ、それを良しとする人々。

 かつて自分が抵抗し、みじめに押しつぶされてしまった世界。

 聖拳という力を手に入れても、そんな世界を変えることが出来ない。


 昔と何も変わらない自分に苛立ち、近くの棚に拳を叩きつけてしまう。

 そんな彼を前に、美穂は何も言えずただ彼の傍に立つのみ。


「……?」

「……」


 ふと、美穂は棚を挟んだ別の列にいるネイシャを見つけた。

 奥の方へ行ったようであったが、礼路が気になったのか近くで見ていたらしい。

 心配そうに礼路を見つめる彼女を見て、美穂は何故ネイシャが彼に聖拳教や付き人を教えていなかったか理解した。


 彼女は礼路がこうなってしまうと分かっていたのだ。

 聖拳教の盲信者による過ぎた勇者崇拝。

 それにより生まれた、付き人と言う存在。

 己を過信する勇者、虐げられる者。

 そんなことを全て教えられて、素直に納得できる礼路ではない。

 暴走はしないにしても、聖拳の使命を受け入れたかどうか怪しいだろう。


 そう思い、美穂は礼路へなんて言葉をかけたらいいかを考える。

 だがそんな彼を前に、最適な言葉が思い浮かばない。

 悔しがる幼馴染を見つめることしか出来ず、美穂は口を閉じたまま奥歯を強く噛み締めていた。




 そんな時、ふと彼女は視線を感じた。

 見ると、他の客が礼路を見ている。

 さらに突然起きた大きな音を不審に思ったのか、店の奥から店主らしき女が顔を出して礼路を睨んでいた。


「……ネイシャ」

「分かってる、場所を変えた方が良いわね」


 小声で話し合う美穂とネイシャ。

 意見が合った二人は礼路の肩を片方ずつ掴み、引きずるようにして外へ向かう。


「……なんだよ、二人して」


 急に両腕を掴まれ、二人をジロリと見る礼路。

 普段の彼ならば驚いて大きな声を上げるが、暗い気持ちになっていたためかリアクションは薄く、声も低い。


「レイジ、気持ちは分かるけど、ひとまずここから出るわよ」

「人、いっぱい見てる」


 そう言われ、礼路はハッと気づいて辺りを見る。

 迷惑そうな、あるいは不思議そうな。

そんな目で見つめられていることに気付き、礼路は今の状況を理解し、バツが悪そうに顔をしかめた。


「……ごめん、二人とも」

「構わないわよ、装備なんてまた今度見ればいいわ」

「そんなことより、もうお昼。ご飯食べよ」


 礼路は二人の言葉を聞いて、少しだけ気持ちが和らいだ。

 ずっと握っていた拳を緩め、肩を掴んでいた二人の手を優しくどかす。

 彼が微笑むと、二人はつられて笑顔になった。


「ありがとう、もう大丈夫だから」

「ふん、思ったより大丈夫そうでよかったわ。まったく人をヒヤヒヤさせて……」

「……よかった」


 三人はそろって外へ出る。

 上を向くと、太陽がちょうど天辺まで昇っているのが見えた。

 辺りでは露店で買ったであろう果物やサンドイッチを食べる人が多い。


「そうだ!朝は簡単なモノだったし、豪勢なモノでも食べないか?」

「えぇ、そうね。ちょうど報酬も多めに貰えたんだし、そうしましょう。ついて来なさい二人とも」

「……楽しみ、お肉食べたい」


 そう言いあって、礼路たちはネイシャの案内で飲食店へと向かう。

 最初はネイシャ、次に美穂。

 そして二人を見ながら、礼路が前へ。


「……」


 一見、元に戻ったように見える礼路だったが、その目は黒く淀んでいる。

 前を歩く美穂とネイシャはそんな彼に気付くことが出来なかった。

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