第21話 勇者の付き人
朝。
目が覚めた三人は、早々にクエスト受注場に赴いていた。
昨日のグレプスウルフ討伐完了の報告をするためである。
メインターゲットであったグレプスウルフのリーダーは、美穂が事前に倒してしまっていたため、間接的ではあるがクエスト完了という事になる。
故に報酬を受け取るのは当然だ、というのがネイシャの意見であった。
礼路もそれに賛同し、右腕から離れようとしない美穂を引き連れて受注場へ向かったのだ。
報酬を受け取るまでは順調であった。
しかし、提示された金額の倍はある報酬金を見て、ネイシャは自分たちが嵌められていたことを思い出してしまった。
「アンタッ!昨日はよくも騙してくれたわね!?何がちょうど最適なクエストが入りましたよ!!」
「ひぃッ!?ご、ごめんなさいぃぃッ!」
ネイシャは、受付をしていた丸縁メガネの女の子をボコボコにしようと身を乗り出し、礼路と美穂は彼女を止めようと両腕を掴む。
美穂に至っては鎖まで使っていた。
遂には受注場の長を名乗る老紳士まで出てくる騒ぎになり、最終的には二度と同じような根回しされたクエストを提供しない、という宣言を受付嬢にさせることで礼路は場をおさめた。
そして三人は現在、王都の大通りを歩いている。
真ん中に礼路、右側に美穂、左側にネイシャ。
美穂は露店やら人やらをチラチラ見ながら、時々「れいちゃんアレ食べたい?」とか礼路に話しかけている。
彼女に関しては問題ない。
問題なのは左側の方。
「あーもう、今でもムカムカするわ!主にあんなマヌケっぽい女に騙された自分が!」
眉間に皺をよせ、未だ残る怒りをあらわにするネイシャ。
手に持つミーティアをギリギリと握りしめ、向ける先のない矛先をむき出しにする。
美穂はどこ吹く風と言わんばかりに無視を決め込んでいるが、礼路は彼女が自分のために怒っていることを理解しているため、変に声をかけることが出来ずにいた。
「はぁ、レイジに気をつけろって言ったばかりなのに……情けないったらないわ」
ネイシャは額に手を当て、自分を落ち着かせるように首を力なく横に振る。
なにか気の利いた言葉でも浮かんでこないモノか、そう思いながら礼路は腕を組みながらネイシャの横顔を凝視していた。
そんな時だ。
三人の右前方にあった酒場らしき店から、一人の少年が吹き飛んできた。
上手く受け身が取れなかった少年は、ドサリと地面に叩きつけられ、痛そうに身をよじらせている。
「ぐぅっ……いた……い……」
明らかに清潔そうではないボロ布、砂にまみれて一層汚らしい。
そんな布をまとった人物は、三人と同じくらいの少年であった。
ボロ布からのぞかせる腕や足からは、いくつもの打撲が見えた。
そして彼の顔には、殴られたような痕が見える。
それを見て、礼路は少年が殴り飛ばされたのだと理解した。
「……この愚か者が、どれだけ私に恥をかかせる」
次いで、店から一人の女が出てきた。
礼路達よりも一回り年上のように見える彼女は、質素だがとても清潔感のある、着物のように身軽そうな服を着ている。腰まで伸ばした鮮やかな黒髪をなびかせ、腰には刀のように細身で長い剣があった。
女は顔を歪ませ、立ち上がれない少年の前まで行くと、思いっきりその腹を蹴りつけた。
「うごぁッ……!?」
「何度言わせるつもりだ下郎、私の食事中に音を立てるなと。貴様なんぞに、クエスト前の大切な食事を邪魔された私の気持ちが分かるか?」
そんなことを言いながら、何度も少年の体を踏みつける。
少年は逃げる体力も残っていないのか、力なく両腕で頭をガードするのみ。
「ッ!アイツ、なにやってんだッ!?」
そんな姿を見て、礼路は少年を助けるため前に出ようとした。
しかし、前方に鎖が突き刺さり進めなくなる。
「美穂、なんでッ!」
「……あの人、聖勇者だよ。鎧は着てないけど……知ってる人。下手に手出しは出来ない」
そう言って、美穂は礼路を静止しながら女と少年を見る。
ミーティアを取り出そうとしていたネイシャも、美穂の言葉を聞いて悔しそうに動きを止めた。
美穂は礼路が完全に動きを止めたことを確認すると、鎖を引っ込めて言葉を続ける。
「あの子、多分付き人だよ」
「付き人って……召使みたいなもんか?だったら、何もあそこまで殴りつけること――」
「違う、そんな生易しいものじゃないよ。付き人って言うのは……勇者に従い、その身全てを捧げる人たちのこと。簡単に言ったら、奴隷」
奴隷。
その言葉を聞いて、礼路は顔を強張らせる。
彼も前の世界で、漫画やアニメを見てその存在を知ってはいた。
昔は実際に存在していたことも。
だが現実で目の当たりにすると、その凄惨さに目を背けたくなる。
それほどまでに、目の前の少年は痛々しかった。
「付き人は、聖勇者が無料で雇える奴隷のこと。もちろん合意が必要だけど……勇者によっては、無理矢理了承させる人もいる」
「……何だよソレ。確か勇者の登録ってガバガバなんだよな?それだったら、付き人なんて簡単に手に入っちまうんじゃ――」
「聖勇者は別だよ。信託の勇者であるエマちゃんが認めてなれる存在だから、身分が保証されている……あ」
そう言って、美穂は何かに気付いたように目を少しだけ開かせた。
口に手を当て、何か考えるようなそぶりを見せる美穂。
妙な動きを見せる彼女を見て礼路は首を傾げ、ネイシャは彼女の考えを察したのか呆れたような顔をして二人を見ていた。
そんな三人であったが、少年の苦しそうな声が聞こえ、再び前へ視線を移した。
「ぎっ……がぅ……すみま……せん……ぐっ……急に……立ちくらみ……が……」
「ふん、そんな理由で私の背後で物音をたてたのか、愚か者が。貴様なんぞ、いくらでも代わりがいると知れッ!」
女は殴るのを止めると、少年の髪を掴みあげた。
少年は「ぐぁっ」と小さく悲鳴を上げるが、身動き一つ取れないでいる。
そんな様子を見て、知らんぷりしていた周りの人間も非難の視線を向けていた。
「さっさと立て、この役立たず。何もできないウスノロが」
「……は、い」
「これだから力も無いクズは……何を見ている貴様ら」
女は自分たちを見ている視線に気付いたのか、辺りの人間を睨み付ける。
無力な王都の民たちは、それだけでビクリと体を震わせて自分の仕事へと戻っていった。
だが礼路達はは突き刺さるような鋭い視線にひるまず、睨み返して女へ嫌悪感を露わにする。
「ふん……ん?」
女は三人に事を無視し、視線を少年に戻そうとした。
しかし、聖勇者の鎧を着る美穂を見て、目をさらに鋭くさせる。
「ほぅ……こんな所で出くわしたか、鎖の」
「うん、お城以来だね。雨の勇者、シグレさん」
雨の勇者と呼ばれ、女は気分良さそうにニヤリと笑う。
まるで、勇者という地位に酔いしれているように。
「気分の悪くなる視線を感じたが……貴殿の付き人であったが。まったく、飼い犬くらいしっかりと躾けておいて貰いたいものだな」
「ッ……彼は、友人です。付き人じゃない……」
「おぉ、そうだったか。それはすまなかったな、ご友人」
そう言って、シグレと呼ばれた女は軽く頭を下げた。謝罪の言葉を述べてはいるが、その顔は笑みを浮かべたままである。
謝りはしたが、申し訳ないという気持ちは微塵も無いらしい。
「シグレさん……そいつ、付き人ったヤツなのか?」
そんな様子が、礼路をイラつかせた。
彼は一歩前へ出ると、睨んだまま口を開く。
「あぁ、コレは私の付き人だが……それがどうした」
「いくらなんでも、その扱いは酷いだろ」
「ふん、何を言うかと思ったら……コレは自分の意思で私の付き人になったのだ。どう扱おうと私の勝手だろう」
そう言って、女は無理矢理少年を立たせる。少年はガクガクと震える足を叩き、必死に立とうとしている。
その様子を見て、礼路は心の底で何かが沸き立つような感覚を覚える。
そう、まるで氷の勇者を対峙していた時のような感覚。
それが礼路の中を支配しようとしていた。
「ッ……レイジ、ダメよ」
そんな彼を、今度はネイシャが止めた。
強く握りしめていた彼の拳を優しく両手で包み、顔を近づけて言い聞かせる。
表情こそ冷静そうに見える彼女であったが、今にも爆発しそうな礼路を止めようと必死だった。
「ここで力を使ったら、きっと正体がバレるわ。お願いだから、耐えなさい」
「ネイシャ……でも!」
「あの女が許せない事は分かるわ。私だって、今すぐにでも引っ叩いてやりたい。でもダメ、それだけは……アンタを危険にさらす事だけは」
そこで礼路は、自分の拳を握る彼女の手が、少しだけ震えていることに気付いた。
恐怖が原因ではない。
目の前で傍若無人に振る舞う聖勇者への怒りでだ。
礼路は、彼女がどれだけ勇者と言う存在になりたかったかを思い出す。
兄に恩恵を奪われ、居場所を無くして絶望したことも。
そんな彼女から見て、聖勇者の身分に甘んじて付き人である少年を好き勝手にいたぶる女が、到底許せる存在でない事は確かだった。
その事に気づき、その上で自分を止めようとするネイシャを見て、礼路もその怒りをおさめて手を下げた。
「……ふん、軟弱者が」
心底見下したように、シグレは礼路にそう言い捨てた。
「刃向う度胸も無いのならば、最初から話しかけてくるな。気分が悪い」
「く……」
「ではな、鎖の。私はこれからクエストゆえ、急がねばならん」
「……はい、貴方に聖拳の加護があらんことを」
「ははっ、貴殿に言われると気分が良いな」
美穂に軽く挨拶をしたシグレは、近くで立っていた少年の頭を殴って門へと歩いて行った。
少年はふらつきながら必死にシグレのあとを付いて行く。
その途中、自分たちを見てきた彼の悲しげな目が、礼路には忘れられなかった。
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