世界はアメを求めてる!
第19話 宿屋にて
「ほら、着いたわよ。さっさと降りなさい」
礼路と美穂はネイシャに運ばれ、ロズが経営する宿へ到着する。
中へ入った途端、水晶に乗っていた二人は優しく床に降ろされた。
「うぐ……すまんネイシャ」
「助かった……」
礼路はいまだ吐き気が消えないのか、口を押えてゆっくりと立ち上がる。
対する美穂はある程度回復したのか、一人でしっかりと立ち上がった。
宿に来るまでの道中、ネイシャは周りの視線にも反応せず、ゆっくりとしたペースで歩き続けた。
自分に見つからない様に隠れながら、ひそひそ話をする人たち。
その光景に既視感を覚えながら、気にしない素振りで歩を進める。
そんなネイシャに飽きてしまい、一人また一人と見物人は消えていく。
彼女が宿屋に着いた時には、辺りに彼女たちを見る人はいなくなっていた。
「……おや」
ネイシャは宿の扉を開き、カウンターにいるロズを確認する。
微笑みながら「おかえりなさいませ」というロズを見て、ドッと疲れが押し寄せてきたのか、両腕をダラリと下げて大きく息を吐いた。
「えぇ、戻ったわ。とりあえず、部屋をとるから、早く鍵をちょうだい」
あとは部屋を取って、礼路や美穂をベッドに入れて眠らせるだけ。
当然のようにそう考えたネイシャは、ふと何かに気付いたかのように目を少しだけ開くと、小さく舌打ちした。
「はぁ、まさか聖勇者の世話まで見ることになるなんて……まぁレイジの知り合いなら、仕方ないわね」
そう言って、戦闘のダメージからかゆらゆらと体を揺らしている美穂を見る。
正直なところ、ネイシャは本気で彼女を始末しようと考えていた。
聖拳である礼路のことを知る人物、しかも同郷の。
そんな人間が異世界で再会した、勇者どころか王国に繋がれた聖勇者になって。
彼の気持ちが揺らがない筈がない。
現に、自分の到着が遅れていれば、少なくとも彼の心は鎖の勇者に奪われていただろう。
きっと、これからも礼路にとって辛い事が続く。
精神的にも、肉体的にも。
自分が、彼の傍に立って支え続けないといけない。
そう思えば、今後彼にどんな影響を及ぼすか分からない存在である美穂の殺害は、ネイシャにとって当然の判断であった。
「はぁ……気を詰め過ぎてたかしらね」
もう今日はさっさと寝てしまおう。
そう思い、ネイシャは少しだけ肩の力を抜いて……そこで気付いた。
ロズへ伸ばしていた手に、一向に鍵が置かれない。
「……?」
それに気付いたネイシャは、視線をロズへと向ける。
そこには、困ったような顔をして、二つの鍵を持ちながらネイシャを見つめるロズがいた。
「……なによ、どうかしたの?」
「いえ、その……そちらの聖勇者様も、同じ部屋で?」
「そうだけど、別に問題ないじゃない」
「申し訳ありません、ネイシャ様。当宿は一部屋二人までを厳守しておりまして……」
ネイシャは「あっ」と声を出してこの宿のルールを思い出す。
この宿は、例え子供を一人連れた夫婦であっても一部屋では泊めない。
一部屋に二人まで、それがこの宿の鉄則であった。
それを思い出し、ネイシャは少し黙った後に再び口を開く。
「……今日くらい見逃しなさいよ」
「申し訳ありません、一度許してしまうと際限がなくなってしまうので……」
「はぁ……そんな固い事言ってたら、宿も上手く続かないわよ?」
「お心遣い感謝いたします。しかし、こればかりはどうも……幸い、ちょうど二部屋残っておりますので、それでどうかご勘弁いただきたく」
そう言われ、ネイシャは黙ってしまう。
融通の利かないロズに腹が立つが、まず宿のことを忘れていた自分に責任がある。
幸い部屋も残っているのなら、今日は二つ部屋を取ってしまおう。
一部屋分の代金は、後日美穂から徴収すればいい。
そう結論付け、ネイシャは二つ部屋を取ることにした。
「分かったわ、なら私と礼路で1つ、そこでフラフラしてる聖勇者に1つ部屋を取るから」
「ありがとうございます、ではコチラが鍵に――」
ネイシャの言葉に安心し、ロズが鍵を手渡ししようとした、その時だ。
「待った」
二人の間から出てきた影が、鍵の受け取りを遮った。
ネイシャとロズは突然視界に現れた影に驚いて身を反らせる。
しかし正体が分かると、ロズは笑顔に戻り、ネイシャはジロリとその影を睨んだ。
「何かご不満でもお有りかしら?聖勇者様」
「……れいちゃんと相部屋」
影の正体である美穂は、それだけ呟いてフロントの前から動かなくなる。
ネイシャは気にせず、彼女を横にどかして鍵を受け取ろうとした。
だが。
「ちょっ!?なんで動かないのよアンタ!さっきまでフラフラだったじゃない!」
「れいちゃんと相部屋」
「チッ、ミーティアと私以外のモノは転移できないし……どうしようかしらこの鎖女」
押しても引いても一切動かない美穂。
先の戦闘のダメージも残っている筈なのに、どこにこんな力が残っているのか。
岩のように動かない美穂を見て、ネイシャはジロリと礼路を睨む。
彼は先ほどと一切姿勢を変えず、床にへばりついて動かずにいた。
「レイジッ!アンタいつまでそこで寝てんの!?」
「うぐ……!?いや、そうはいってもまだ酔いが……」
「酔いなんてどうでもいいから、早くコイツに一人で寝るように言いなさい!」
そう言われ、礼路はびくりと体を震わせた後にゆっくりと顔を上げる。
正直なところ、彼は今までずっと吐き気と戦い続けていたために、彼女が何故声を荒げているのか分からなかった。
それでも、とりあえず美穂にネイシャの言うことを聞かせないといけない、という事だけは分かっていた。
故に、彼は声が聞こえる方を見る。
そこには、腰に手を当て彼を睨むネイシャと、暗い目の奥に小さな輝きを見せる美穂がいた。
というか、美穂はいつの間にか礼路の目の前に寄ってきていた。
予想以上に近い美穂の顔にドキリとしながら、礼路は彼女に言うことを聞かせようと試みる。
「み、美穂。よく分からないけど、ネイシャの言葉に従って……」
「れいちゃんと相部屋」
「いや、相部屋って……あぁ、そういやこの宿ってベッド二つしかなかったっけ?」
「そうよ、この宿では一部屋二人まで。だからソイツには別の部屋に泊まってもらうのよ」
「申し訳ありませんレイジ様。これも決まりですので……」
無表情で礼路を見つめる美穂。
不機嫌そうなままのネイシャ。
そして、申し訳なさそうな顔をするロズ。
三人をそれぞれ見て、礼路は自分がどうすべきか考える。
無論、一切消えない吐き気と戦いながら。
「……まぁ、アンタが鎖女と一緒に寝たいって言うなら……私はそれでも構わないわよ。別に、レイジの好きなとおりにすればいいわ」
「れいちゃんと相部屋」
ネイシャは礼路から視線を逸らし、彼に選択の自由を与える。
しかし、垂らしている髪をくるくるといじりながら何もない空間を見ているあたり、選んでほしい選択肢があるようだ。
対する美穂は、全く同じことしか呟かず礼路を凝視している。
変化球ではなくド直球で欲望を吐露し、望む選択肢以外は絶対に許さない。
そんな意思を感じる顔であった。
「……」
「さぁ、どうするのかしら、レイジ?」
「れいちゃんと相部屋」
腹部から込み上げてくるモノを抑えることに必死なためか、礼路の中で上手く考えがまとまらない。
いっそもう自分だけ外で寝てしまおうか。
そうすれば、いつでも吐くことが出来るし。
そんなことをおぼろげな表情で考えていた時、救いの神が彼に手を差し伸べた。
「……あの、レイジ様と誰が相部屋になるかが問題なのでしたら、いっそネイシャ様と聖勇者様が相部屋になられては?」
三人が一斉に声が聞こえた方を見る。
そこには、変わらずニコリと微笑むロズが。
「これ以上話し合われても結論は出なさそうですし、それが落としどころかと思いますが……」
「……確かに、それならまだいいかしら」
「れいちゃんと……相部屋ぁ……」
ネイシャは納得したように頷き、美穂は納得いかない様に礼路に迫る。
昔見たホラー映画に出てきた幽霊のような、独特のねっとりとした雰囲気を出し始めた美穂に、礼路は思わず身を震わせる。
「ほら何やってるの、もう結論は出たでしょ?」
そんな美穂をミーティアへ器用に乗せ、ネイシャは彼女と共に階段をのぼる。
礼路はロズに感謝しながら、自分の前に転がってきた別のミーティアに体を預け、同じように運んでもらう。
ミーティアは階段をのぼる時には、器用に礼路の足が階段に当たらないギリギリの高度を保ちながら、彼の体に負担をかけないようにゆっくりと進んで行く。
そんな行き届いた心遣いに、礼路は改めてネイシャの優しさを感じた。
「すまんネイシャ、マジでこれ助かるわ……」
「感謝してるなら、明日にはちゃんと全快してなさいよ。私がいないからって、夜更かししたら許さないからね」
「あ゛ぁ゛ー……れいちゃんとぉ……相部屋ぁぁ……」
彼が階段をのぼりきると、そこには自分の泊まるであろう部屋の前で、ドアノブにしがみついて離れない美穂と、そんな彼女の両足を引っ張り部屋まで運ぼうとするネイシャがいた。
ネイシャは未だ礼路と同じ部屋で寝ることを諦めない美穂に戦々恐々としながら、ドアノブを掴んで離さない手に弱い電撃を当て、無理矢理引きはがして隣の部屋へ向かう。
同時に、礼路が身を預けていたミーティアも、彼が一人で立つように上手くバランスを崩していき、しっかりと立つと二人の部屋の中へ入っていた。
「それじゃ、おやすみレイジ。あぁ、これカギね」
「うぅ……おやすみれいちゃん」
「あぁ、おやすみ」
挨拶を交わした後に鍵を渡し、ネイシャと美穂は部屋に入っていった。
「……」
観念して部屋に入っていったように見える美穂。
しかし、礼路は見逃さなかった。
今自分が手に掛け、そして彼女が先程まで掴んでいたドアノブ。
美穂はこのドアノブにしがみついているように見せかけ、実はその下の鍵穴に指を押し当てていたことを。
そして、連れて行かれる時に小さな声で「……ぬるい」と呟いていたことを。
「ひぇっ……」
ふと、ベッドの中で美穂が淀んだ目で自分を見つめる情景が浮かび、礼路は強烈な寒気を覚える。
「……戸締りはちゃんとしないとな」
ついでに扉の前に椅子を置いて、念のためのテーブルや棚も置いておこう。
そんなことを考えながら、礼路は部屋に入っていった。
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