第18話 帰還
「はい、仲直りはすんだかしら?」
パンと手を叩き、ネイシャは抱き合ったまま動かない二人に注意を向けさせる。
礼路はハッと我に返り、恥ずかしそうに顔を少し赤くさせて美穂から少し離れた。
美穂は離れていく礼路を名残惜しそうに見つめながら、ガクッと膝を落として座り込む。
どうやら、もう立つことも限界だったみたいだ。
「ネイシャ、すまん。聖拳使いとして、すべきじゃなかったってことは分かってる。でも――」
「いいわよ、アンタが鎖女の事を大切に思ってることは分かったし。今回は見逃してあげるわ。それより、さっさと王都に帰らないとね」
ネイシャはミーティアを全て自分の周りに集めると、転移の上級魔法を準備する。
礼路が昨日森の中で見た魔法陣と同じモノを生じさせ、三つのミーティアが強い光を発した。
「レイジ、早くご友人を連れてコッチに来なさい。中途半端に魔法陣に入ると、また変なところに飛ばされちゃうから。注意するのよ?」
「……なんで、私もいいの?」
美穂は当然のように自分を転移させようとするネイシャに困惑の眼差しを向ける。
ネイシャはそんな彼女をチラッと見ただけで、すぐ転移発動の準備に戻った。
質問に答える気は無いらしい。
ネイシャが両手を合わせると、水を流し込むように魔法陣が中心から赤く染まっていく。
「ほら、準備完了よ。さっさと来なさい。それとも、ここに置いてかれたいの?」
素っ気ないが確かな優しさを感じるネイシャの言葉に反応し、礼路は急いで美穂を抱きかかえた。
「わ、わ、れいちゃんすごい。私、鎧着てるのに」
「あぁ、この世界に来てから体もかなり丈夫になったみたいでな。美穂一人くらいなら、簡単に運べるよ」
「へぇ……私そんなこと……なかった……くふ」
礼路はニカッと笑うと、ネイシャの方へ小走りで向かっていく。
たどたどしい口調になった美穂は、奇しくもお姫様抱っこされる形となった現状に感謝しながら、礼路の胸に顔を近づけてその匂いを大いに堪能していた。
「み、美穂。着いたぞ、いつまで掴まってるんだ?」
「ぐふ、ふふふ……くひひ……」
様子がおかしい幼馴染を心配する礼路であったが、とりあえず元気そうな笑い声が聞こえたために無視することにした。
というより、彼女が怖くて直視することが出来なかった。
「……随分楽しそうなことしてるじゃない。節操がないわね、さすが聖拳様」
ネイシャは両手を合わせたまま、皮肉たっぷりな言葉と共に二人を迎え入れる。
反論しそうになった礼路であったが、きっとそれ以上の皮肉が返ってくるだけだと思い、浮かんだ言葉をグッと胸の内へ押し込んだ。
「さぁ、帰るわよ。レイジ、アンタは私の肩を掴みなさい」
「え、こうか?」
礼路はネイシャの言うがままに彼女の肩に手を置く。
その瞬間、礼路の視界がグルグルと回り始め、次の瞬間には見覚えのある門の目の前にいた。
辺りは薄暗くなっており、地平線を見ると日が沈みかけている。
洞窟の中にいたために彼らは気付かなかったが、もう夜になりつつあるらしい。
礼路は目の前の門が王都バビリアの入り口であると分かったと同時に、彼の腹部を重い衝撃が襲った。
「うぶっ!?なんでいきなり……ぎぼぢわる……」
「あぁ、アンタ転移で酔っちゃうタイプなのね。さっきは余裕そうだったから気にしなかったわ」
「あ、あの時は周りを……直視してなかったんだよ……自分の右手見てたし……」
胃から込み上げてくるものを必死に堪え、なんとか平静を保とうとする礼路。
しかし彼はその衝撃に耐えることに必死で、膝と手をついて動けなくなってしまう。
ネイシャはそんな礼路を呆れた表情で見つめ、小さくため息をついた後に彼へ手を差し出す。
「ほら、さっさと起きなさいな。今日はもう日が暮れそうだし、さっさと宿屋に行くわ」
「う、すまん……」
「はぁ、まったく……隣のご友人も、ちゃんと拾ってきなさいよ」
そう言って、礼路の背後を指さすネイシャ。
礼路が後ろを振り向くと、そこには自分と全く同じ姿勢で苦しみを耐える美穂がいた。
「み、美穂。大丈夫か?」
「う、ぐ……転移がこんなに、厳しい、なん、て」
礼路の前という事もあるからか、口を手で押さえて必死に吐き気を抑える美穂。何度もえずきながら、震える足で立ち上がっていた。
天を見上げ、祈るように両手を心臓あたりでギュッと握りしめる。
どうやら、彼女も彼女で尊厳を守りたくて必死なようだ。
それを察した礼路は、自分も苦しい状況ではあったが、まずは美穂の介抱が優先だと判断した。
その場で立ち上がると、おぼつかない足取りで美穂のもとへ。
「美穂、掴まれ。俺がなんとか、連れてってやるから」
「うぅ……れいちゃん、私が汚くなっちゃっても、一緒にいてくれる?」
「やめろ、悪い方向だけ考えるな。宿に着けば勝ちなんだ、それまで耐えてくれ」
「……何やってんのよアンタ達」
まるで、死に掛けの少女と助けようとする少年。結局はゲロるかゲロらないかの話であるために、見た目がなんとなく汚い。
しかしネイシャの目に映る二人のやりとりは、下手な三文芝居よりよほど鬼気迫るものであった。
「見てらんないわね、まったく」
彼女は再びため息をつくと、二つのミーティアを胸におさまるほどの大きさにして、二人の目の前に落とした。
「ほら、早くそれに体を預けなさい。多少は楽になるでしょう」
「お、おぉ……ネイシャ、ありがとう。さすが、頼りになる」
「私は、貴方の事を誤解していた……」
「はいはい、分かったから早くなさい。まったく、この調子じゃ宿へ行くまでにどれだけ時間がかかるか分からないわ……」
ミーティアに体を預け、フヨフヨと浮きながら宿へ運ばれていく二人。
一方が国に雇われた凄腕の勇者で、もう一方が聖典に書かれた伝説の聖拳。とてもそうには思えない、情けない二人がいた。
「……はぁ。まったく、妙なのが増えたわね。本当ならあの洞窟で生き埋めにすべきだったのに」
物騒なことを言うネイシャであったが、言葉とは裏腹に美穂をゆっくりと浮かせる。
最低限の揺れしか生じさせず、絶妙な操作で2つのミーティアを自分の前へ。
そしてネイシャは二人の様子を見ながら、後ろから歩き始めた。
聖勇者の鎧を着たまま力なく呻いている少女。
そんな彼女と変な恰好をした男を水晶に乗せ、平然と道を歩く魔女。
異様な光景を見た王都の民たちは、遠巻きに奇異な目で彼らを見守っていた。
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