第17話 決着
「バインド・チェインッ!」
先に仕掛けたのは美穂だった。
彼女は屈んで両手を地面へ叩きつけると、地に這わせていた鎖の内数本を礼路へ飛ばす。
それぞれの鎖がくねくねと不規則に動き、各々の意思を持っているかのようだ。
「ッ!知ってるぞ美穂。拘束技なんて、随分優しいじゃねぇか!」
礼路はその技に見覚えがあった。
かつて自分がやっていたゲーム。
その内のジョブの一つ、「鎖使い」の使う技の一つが、いま彼女の放ったバインド・チェインであった。
バインドの名の通り、相手の動きを封じてしばらくの間行動不能にする。
主に魔物の捕獲ミッションなどで重宝された技であった。
故に、礼路はその対策を知っている。
「震撃ッ!」
礼路はそう叫び、全身を強烈な振動で包ませる。
遅れて彼を捕獲しようとした鎖は振動の壁に弾かれると、標的を見失ったかのように地に落ちた。
「バインド・チェインは拘束力が高い代わりに、標的を一度で捕えられなければ不発で終わる。ゲーム通りの技だな」
「くふふ、れいちゃんの震撃も同じだね。防御や一部のステータス異常の解除……とても便利」
次いで美穂は立ち上がると左手を礼路に向け、鎧の隙間から新たな鎖を飛ばした。
「ストレート・チェイン……かわせる?」
「チッ、
礼路は迫りくる鎖に目がけて拳を叩きつける。
腕に生じた魔法陣が拳の方へ放たれると、彼の上半身と同じくらいの盾型のオーラを生じさせた。
鎖は彼の拳に触れた瞬間、鉄の壁にでもぶつかったかのようにガキンと音を立て、その勢いを止めて美穂の下へと戻っていく。
「美穂、そんな下級技何回やっても無駄だ。本気で仕留めたいなら、もっと強い技を使って来いよ」
「……」
鎖を弾いて得意げになった礼路は、美穂を見て軽く挑発しようとした。
そんな時だ。
「ッ、レイジ!足元気をつけなさい!」
援護のタイミングを探していたネイシャが、異変に気づいて大きく声を上げた。
「え……?」
礼路がその声に反応して下を見てみると、そこにはゆっくりと地を這いながら虎視眈々と自分を狙う鎖が。
あと少しで礼路に届く、その直前にネイシャが飛ばしたミーティアにぶつかり、地に落ちて動かなくなる。
「なっ!?これって……!」
「チッ、あとちょっとだったのに」
礼路は驚きの声をあげ、美穂は悪態をつく。
憎々しげにネイシャを見つめ、また新たな鎖を地面に這わせる。
いつの間にか、辺り一面鎖だらけ。
それに気付いた礼路は、自分の記憶にない鎖使いの技に驚愕していた。
「なんだ……これ……こんな技……鎖使いには無かったはず……!?」
「うん、だってこれゲームの技じゃないもん」
鎖をジャラリと鳴らし、美穂は礼路に向かって微笑む。
「私はこの世界に来て、ずっと鎖を使った戦い方を勉強してきた。エマちゃんの……信託の勇者の所で」
「……まさか、それで新しい戦い方を身に付けたってのか!?」
「そうだよ、れいちゃん。この世界は、ゲームの世界じゃない。ちゃんと鍛えれば、与えられた恩恵を完璧に使いこなすことが出来る」
そう言って美穂は右手を上に向けると、背後の地面から膨大な量の鎖を出現させる。
鎖は互いに絡み合っていくと、大きな球体を作り出した。
「さっきだけで分かった。れいちゃんは、聖拳を全然使いこなせていない。ただ聖拳の力を振り回しているだけ……剣のおもちゃを振り回す子供と同じだよ」
「なっ……!?」
心当たりはあった。
彼はこの世界に来て行った戦闘は二回だけ。氷の勇者との一戦と、先程の魔物戦のみ。どちらも技を発動して相手を圧倒し、楽に倒すだけだった。
彼はそう考え、美穂に会う直前にネイシャが言っていた言葉を思い出す。
――アンタ、前の世界では戦ったことがないの?
ネイシャが言いたかったのは、このことだったのか。
礼路はそう思い、思わず眉間に皺を寄せる。強い力を持っていても、使いこなせなければ意味がない。
「……くそっ」
そんな当たり前な事を思いつかず、ただ聖拳の技に酔っていた自分に悪態をつく。
「ネイシャは、俺の事を見抜いていた。でも、俺は何も気づかないで……」
「うん、私に敗れるんだよ……スタードロップ・アンチェイン」
美穂が呟くと、背後にあった球体が礼路に突っ込んできた。
「豪拳以上の技を使えば……でも、そうしたら洞窟が崩れるかも」
「フフ、そうだよ。使ったら、皆生き埋め。れいちゃん、そんなの嫌でしょ?」
「ッ……まさか、そこまで考えてこの場所を選んだのか!?」
逃げなければ。礼路はそう思い、打開策を考える。
礼路は足を動かそうとしたが、何故か動かない。
見ると、先程遠ざかったはずの鎖が礼路の足に絡みつき、一切の動作を封じてしまっていた。
「なっ、いつの間に!?」
「足元がお留守すぎるよ、れいちゃん。大丈夫、気絶するだけにしてあげるから」
最早これまで。
迫りくる美穂の一撃を防ぎきる方法は無く、
礼路はせめて衝撃を減らそうと防御技である盾拳を放とうとした。
その瞬間、礼路の視界が大きく歪む。
同時に、自分の目の前を横切る鎖の球体が見えた。
「なに勝手に諦めてるのよ?一人じゃないんだから、私を呼べばいいじゃない」
何が起きたのか分からない礼路の背後で、遠くにいた筈のネイシャの声が響く。
彼が振り返ると、不機嫌そうな顔をしたネイシャが腰に手を当てて立っていた。
「ネイシャ……俺を転移してくれたのか?」
「えぇ、そういうこと。こうすれば敵の攻撃も、簡単にかわせるのよ」
「……簡単なんて、よく言うッ!」
ネイシャの言葉に反応し、美穂は憎々しげに声を荒げる。
同じタイミングで着弾した鎖の球体は轟音と共に地面を深くえぐりその動きを止める。
そして数秒後、うねうねと輪郭を揺らすと、一本一本の鎖に戻り彼女のもとへ。
「れいちゃんの後ろに配置した魔道具と自分を転移。そこかられいちゃんを巻き込んで別の魔道具ともう一度転移。言うだけなら簡単だけど、ノータイムで同時に発動させるのは、ずば抜けた空間把握能力と、魔力制御が必要……」
「あら、お褒め頂いて光栄よ。なら、これはどうかしらッ!」
叫ぶと同時、ネイシャは二つのミーティアを美穂へ向けて飛ばした。
ミーティアは互いに転移し合い、わざと直角に曲がりながら迫ることで、美穂を翻弄する。
それを見て、美穂は小さく舌打ちをした。
「チッ……転移の時にわざと場所をズラしてる。転移魔法に、こんな使い方があったなんて……」
「ふん、こちとらこの魔法に何年も掛けてるのよ、新米勇者ごときに見切れたりしないわ。さっきは油断したけど、もうアンタ相手に手加減はしないッ!」
ネイシャは二つのミーティアに続いて走り出す。自身も転移させて移動するため、美穂には彼女を捉えきることが出来ない。
ミーティアもろとも鎖で動きを止めようとするが、先程と違いミーティアも高速で移動しているため、同時攻撃も出来なかった。
「このッ……フェザー・チェイン!」
美穂は苦し紛れに鎖を放つ。
フェザーの名を冠した鎖は今までで一番のスピードを出し、ネイシャ目がけて飛んでいく。
「
しかし、礼路が放った不可視の砲弾を受け、同じように地に落ちてしまった。
「ッ、れいちゃ……」
「何よそ見してんのよ、鎖女」
ネイシャはミーティアを美穂の前と後ろに配置していた。
最早攻撃を避ける必要もないと判断したネイシャは、美穂の右側で止まると右手を前に出した。
「このッ……」
「残念だけど、これで終わりよ。安心なさい、痛いけど死にはしないから……ボルト・ツイン・ミーティアッ!」
途端、美穂を挟んでいた二つのミーティアがバチバチと放電しだすと、美穂に向かって強力な電撃を叩きつけた。
「う…ぐぅ……アアアアァァッッ!!」
電撃をモロに喰らい、美穂は大きな悲鳴を上げた。
彼女は体中を駆け巡る激痛に耐えようとするが、次第に声が弱まり立つ力も無くなっていく。
そして電撃が止むと、その場に力なく倒れこんでしまった。
「ッ、美穂!」
礼路は彼女の下へ走り出そうとしたが、それをネイシャが手を出して遮った。
「……ネイシャ、もう決着は――」
「よく見なさい礼路、まだ意識があるわ」
冷静に美穂を見るネイシャ。
彼女の言葉を聞いて礼路が美穂を見ると、美穂は苦しそうな声を上げて立ち上がろうとしていた。
鎧のいたる所が黒ずんでおり、相当な威力の電撃であったことが見て取れる。
ソレと同時に、彼女が被っていた兜がビキリと音を立て、真っ二つに割れてしまった。
露わになった顔も、所々が黒く染まっている。
「う、ぐぐ……ま……だ……見てくれ……たんだ……ずっと……待ってた……」
「なるほど、鎖で電撃を地面へ流したみたいね……兜にも、魔法防御の効果があったのかしら」
雷撃がどれほどのダメージなのか、くらわせたネイシャが一番よく分かっている。
だからこそ、未だ鎖を持って自分を睨む美穂に驚愕する。
「今の魔法は、中級モンスターくらいなら一撃で倒せるくらいの威力はあるわ。たとえ威力を抑えられたとしても、素人がすぐに立ち上がれるワケが……」
礼路と同じ世界から来たのなら、彼女も戦闘のみを見ればまだまだ素人のはず。
しかし目の前の女は、気絶するほどの電撃を浴びたのにも拘らず、未だ目に強い意思を宿している。
「分かってる……聖拳が……光らなかった私……は……れいちゃんと……一緒に……いられない……でも……」
「この女、精神が常人のソレじゃない……!?」
「聖拳に……認められなく……たって……関係ない……れいちゃんの……隣は……私……!」
「……」
美穂の幽鬼のごとく立ち上げる様子に、言い様のない恐れを抱くネイシャ。
一方、そんな彼女の姿を見て、礼路は瞳を閉じて数秒思考を巡らせる。
勇者である幼馴染に聖拳は反応を示さなかった。それはつまり、彼女が真の勇者ではないということだ。
ならば、聖拳の所有者である自分は彼女にこれ以上接触するべきではないのだろう。
だが。
「……くそ、やっぱり割り切れねぇよ」
そう呟き、礼路は目を開いて前へ進んだ。
一直線、自分たちを睨み続ける美穂のもとへ。
「ッ、レイ――」
ネイシャは礼路を止めようとして、口を閉じた。
拳を握りしめ、明らかに今までとは違う雰囲気を出す礼路に、静止は無駄だと理解したが故に。
「……美穂」
「れい……ちゃん……」
美穂の目の前で立ち止まり、礼路はボロボロになってしまった彼女を見つめる。
対する美穂は近づいてきた礼路を捕まえようと鎖を持つが、力が上手く入らず地面に落としてしまう。
それでも彼を捕えようと、籠手の隙間から新たな鎖を生やした。
しかし鎖はズルズルと出て来るだけで、もう先ほどのような拘束力は無いように見える。
「こんなんじゃ……ダメ……れいちゃん……遠くに……行っちゃう……」
揺れ続けているその瞳は、それでも礼路の姿だけはハッキリと映していた。
常人では耐え切れないであろう一撃を受けてなお、幼馴染である礼路の隣にいようとする美穂。
そんな彼女の姿を見て、もう礼路は自分を抑えきれなかった。
「れいちゃん……私ね……ここに来る直前に……れいちゃんが……先生に……冤罪……かけられたって……聞いて……もうれいちゃんの……隣にいれないって……きっと……嫌われたって……思って……」
「……」
「でもね……この世界で……れいちゃんを……守れるって……一緒に……なれるって……」
「美穂、もういい」
礼路は優しく美穂を抱きしめ、その耳元で優しく囁いた。
美穂は逃げるとばかり思っていた彼の予想外の行動に驚き、持とうとした鎖を落としてしまう。
一切の音がしなくなった空間で、二人は互いの存在を確認するように心臓の鼓動を感じていた。
「確かに、美穂は真の勇者じゃなかった。でも、それでもお前が、俺の幼馴染だってことは変わらないから……。ずっと、友達だから」
「れい……ちゃ……」
美穂の目にこもっていた力が弱まり、大きく揺らぐ。
そして揺らぎがまぶたに達すると、そこから大粒の涙が流れた。
「れいちゃん、いいの?私、聖拳に選ばれなかったんだよ?」
「何言ってんだ。美穂が真の勇者じゃないからって、友達なのは変わらない」
「……そっか。やっぱり、変わらないなぁ……れいちゃんは」
残念なことに、美穂に彼を抱きしめる力は残っていない。
震える足で、立っているのが精いっぱいだ。
「うん、安心した……ありがと、れいちゃん」
しかし、今は彼が自分に与えてくれた幸せを感じたかった。
美穂は瞳を閉じ、ただ温もりを感じる。
その顔に、先程までの暗い感情は一切残っていなかった。
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