第16話 VS鎖の勇者


「ネイシャ、来てくれたのか!?」

「ふん、当たり前でしょ?私はアンタの守り人、勇者の選定をする魔女よ?そう易々とアンタから離れてたまるものですか」


 突然の来訪者に礼路は喜び、美穂は怒りを覚える。

 礼路はネイシャの方へ走り、


「……ありがとうネイシャ、でもなんでここが分かったんだ?」

「あれだけ鎖を這わせていたんだから、洞窟の入り口までは簡単だったわよ。まぁ、その後はミーティアを飛ばして探し回っただけ。まったく、色々入り組んでて面倒ったらなかったわ」


 ネイシャはローブに付いた砂を払いながら、浮かせていたミーティアのうち一つを手に取る。

 彼女が少しだけ力を込めると、持っていたミーティアに炎が生じた。


「……邪魔、しないで。あと少しで、私とれいちゃんは、一緒になれたんだから」

「一緒?馬鹿言わないで。この世界に来て半年しか経ってない半端勇者が、簡単にコイツの手を取れると思わないでよ……それと、レイジ」

「な、なんだよ……?」


 ネイシャは礼路を睨み付ける。

 その眼はどこまでも鋭く、見つめられただけで礼路は動けなくなってしまった。


「アンタ、一番しちゃいけないこと、しようとしたわね?」

「……」

「この女がアンタの知り合いだろうとなんだろうと、私情で勇者を選ぶなんてありえないわ。アンタは、自分の事を好きだって言う女全員を真の勇者にでもするつもりなの?」

「ち、違う!そんなつもりはない!」

 

 ネイシャの言葉を聞き、礼路は強くする。だが、礼路が美穂の言葉を聞いて同情したのは事実だった。

 もし、ネイシャがここに来るのがあと少し遅れていたら、少なくとも礼路は彼女を真の勇者に決定していただろう。

 礼路の意思が聖拳の意思に直結するか、彼には分からなかったが。


「違わないわ、レイジ。貴方がしようとしていたことは、ソレとほぼ同じことよ」

「……」

「いいかしら?これからアンタは色んな勇者を見ていく。その中には軽い理由のヤツもいれば、一生をかけてでも叶えたい願いのために聖拳を求める奴もいる。でもね、可哀想とか、助けたいとか、そんな気持ちで差し出して良いほど、その手は軽くないわ。そのことを、しっかり胸に刻みなさい」


 さとすように、ネイシャは厳しさと優しさを感じる口調でそう言った。

 礼路は自分のしようとしたことの重大さを理解し、自分の右手を見る。彼の右手、聖拳は少しだけ光を放っていた。

 まるで、彼女の言葉を肯定するかのように。


「……ごめん、ネイシャの言うとおりだ。俺、まだ全然自覚が足りなかった」

「まったく、昨日の夜から何も進歩してないじゃない。まぁ、今はいいわ。ほら、もう相手は爆発寸前みたいよ?」


 ハッと思い、礼路は美穂の方を見る。

 その瞬間、見覚えのある光が礼路たちを襲う。


「くっ、この光……」

「まぁ、容赦しないってことね」


 光が消えると、その場に先程の幼馴染の姿は無い。

 

「……台無し」


 そこには鎧のいたる所から鎖を生やし、蛇のようにうねらせる鎖の勇者がいた。

 兜によって彼女の表情は見えなくなったが、逆にそれが礼路に恐怖を与える。


「全部、台無し。受注場に先回りして、お金握らせて、近くまで来るようにまでしたのに……貴方のせいで」

「へぇ、妙にクエストの準備が早いと思ったけど、そういうことだったのね。分かるかしら、レイジ。アンタが決めようとしてた女は、こういう奴なのよ。多分、アンタを説得するためのセリフも考えていたんでしょ?」

「違う、それは本心。れいちゃんを一番想ってるのは、私」

「ふぅん、そうなの。で、だからなんなのかしら?それでレイジが振り向いてくれるとでも?アンタやろうとしたことは洗脳と同じことよ。レイジを落ち込ませて、選択肢を一つだけに絞らせて、自分だけを見るようにするだなんて。本当に頭のイカレた――」


 勇者ですこと。

 そう言おうとして、ネイシャは言葉を続けることが出来なかった。


「ハァァア゛ア゛ッ!!」


 喉の奥からひり出したような掛け声とともに、美穂が鎖を投げつけてきたからだ。

 まるでボールを投げるかのように見事なフォルムから投げ出されたソレは、一直線にネイシャの心臓へ飛んでいき、その先端にある大きな円錐を突き刺そうとする。


「ネイシャ!」

 

 礼路はネイシャの方を見て叫ぶ。

 彼女にアレが当たれば、恐らく即死。

 そう思いネイシャを庇おうと走り出すが、反応が遅れてしまったせいで鎖に先制を許してしまった。

 それでもなんとか辿り着こうと、ネイシャに向けて手を伸ばす。


 その瞬間だ。


「礼路、忘れたのかしら?」


 突然ネイシャの姿が消えると、あらぬ方向から彼女の声が届く。

 その方向を見ると、美穂へ指さしミーティアを飛ばすネイシャがいた。

 

「私の得意魔法は、転移よ。行きなさいアルファ!」

「ッ……厄介」


 美穂は炎をまとったミーティアを鎖で弾くと、後ろへさがり距離を取る。

 着地と同時、地面に這わせていた二本の鎖をうねらせ、ネイシャの方へ飛ばしていく。

 だが、同じようにネイシャは転移すると、別のミーティアをぶつけた。


「ぐっ……このぉ、ウォール・チェイン!」


 背後からミーティアをぶつけられ、美穂は苦しそうな声をあげながら背後の壁に手を叩きつけた。

 途端、壁から何本もの鎖が出てくると、全てがネイシャの方へ向けて飛んでいく。


「はん、何度も芸が無い……ッ!?」


 ネイシャは同じように転移しようと辺りを見て、驚愕した。


「チィッ……ミーティア全部に鎖を……!」

「転移の魔法は知っている、止める方法も……」


 美穂はネイシャへ鎖を飛ばすと同時に、辺りに浮かぶ三つのミーティアにも鎖を飛ばしていた。


「そうか、美穂のヤツ転移先を潰したのか!」


 転移魔法は、簡単なレベルだと転移先に媒体が必要。

 ネイシャが自分に説明してくれた事を思い出し、礼路はハッと彼女を見る。

 ネイシャは苦虫を噛み潰したような顔になり、迫りくる鎖を睨み付けていた。


「これで終わり、死んで」

「ネイシャッ!!」


 裂けるように口を歪ませ、美穂はネイシャに向かって死を告げる。

 礼路は瞬時に右手を強く握り、腕に現れた魔法陣を前に飛ばした。


「このッ、豪拳!!」


 途端、前に突き出された礼路の聖拳から衝撃波が放たれた。放たれた衝撃波は鎖を吹き飛ばし、壁に叩きつける。

 鎖は地面に落ちたが、直ぐにゆらゆらと揺れながらその先端を礼路に向けた。

 どうやら、次の標的は礼路らしい。


「……れいちゃん、その子を庇うの?」


 美穂は暗く淀んだ目で礼路を睨み、手に持つ鎖を彼へと向ける。

 礼路は彼女の殺気に少しだけひるんだが、すぐに気を持ち直して負けじと睨み返す。


「美穂、お前の気持ちは確かに嬉しい。正直、前の世界でお前の本音を聞いていたら、きっとその手を取っていた」

「だったら、今からでも遅くない。すぐにでも一緒に――」

「でも、ここは前の世界じゃない。倒さなくちゃいけない存在がいて、それを望む人が大勢いる。そして俺は、そんな人たちを救う存在だ。だから、聖拳の使命だけは果たさなくちゃいけない」


 はっきりと言い、礼路は再び拳を握る。

 右腕は彼の気持ちに合わせて光り輝き、その力を次の一撃へ込めて新たな魔法陣を形成した。


「だからコイツが……聖拳が真の勇者を見つけるまで、旅を終えることはできない」

「……なら、いたいと言うまで一緒にいる。鎖の勇者として、貴方を縛るから」

「……美穂に聖拳は輝かなかった。今は、美穂の隣にはいられないッ!」


 そう言い合って、二人は各々の武器を構えた。

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