第15話 幼馴染


 礼路が目が覚めると、先程までいた場所と違うことに気付いた。

 ゴツゴツとした岩壁に、かったい地面。

 暗い空間を、何本もの松明で照らしている。

 どこかの洞窟のようであった。

 そして当然のごとく、近くにネイシャはいない。


「えぇ……」


 礼路は自分が幼馴染である美穂に拉致されたことを思い出し、先程のやりとりを思い出す。

 礼路にとって、美穂からの告白はとても衝撃的だったが、それ以上に彼女の豹変ぶりが恐ろしかった。


「あの美穂が、あんな目をして襲い掛かってくるなんてな……」


 最後に見た暗い目を思い出し、礼路はその身をブルリと震わす。

 そんな時であった。


「かーらーすー……何故鳴くのー……」

「!!!?」


 聞き覚えのある美声が彼の鼓膜を響かせた。

 次いで、振動が心臓へ伝いブルッと震わす錯覚を覚える。


「子があるかーらーよー……」

「えぇ……」


 半分くらい端折った歌が終わると、奥の方から美穂が現れた。

 その手には、何本もの鎖が握られている。


「……カラスには子供がいるから、まっすぐに家に帰れる……」

「み、美穂……?どうした、口調が変だぞ?」

「でも私には子供がいないから、帰り道が分かりません」


 途端、美穂の半分しか開いていない目が少しだけ開き、キラリと光る。

 その瞬間、とんでもない寒気を感じた礼路。


「道しるべ、一緒につくろ?」

「はい震撃発動ォッ!」


 聞くや否や、礼路は恐怖に耐え切れなくなり、聖拳の技を放った。

 強烈な振動が右手を中心に発生し、礼路を拘束していた鎖を弾き飛ばす。

 そのまま礼路は立ち上がると、彼女の右隣りに見えた出口らしき道へと目指す。


「あっ、れいちゃん待って」

「まぁたないよぉッ!とにかく今は美穂から離れないと――」


 言い切ろうとして、礼路は言葉を失う。彼女を横切って道へ行けたのは良かった。

 問題は、その奥。

 出口と思った先には妙に綺麗なベッドが一つあるだけで、続く道が一切なかった。


「え?は、え?」

「待ってれいちゃん、まだ私準備できてない」


 礼路の背後から、指をパチンと鳴らした音が聞こえた。

 礼路は振り向こうとしたが、突如美穂から強烈な光が放たれ、目をかばいその場で動けなくなってしまう。


「……もういいよ、れいちゃん」


 不意に美穂の声が聞こえ、礼路は恐る恐る目を開いた。


「え、なんで鎧が……?」


 そこには先程までのごっつい鎧ではなく、袖のない薄着とスパッツっぽいピチッとした短パンを身に付けた美穂がいた。

 美穂はくるくると回り、豊かに育った体を礼路に見せつける。


「ふふ、鎧の特別な仕掛け……出たり消えたり、私の思い通り」

「へ、へぇ。随分便利なんだな」

「うん、いつでも自由。今からも」


 そう言って、美穂は少しずつ礼路の方へ歩み寄る。

 礼路は先ほど彼女が言っていた準備が何の準備の事か察し、ジリジリと後ろへ下がる。


「なぁ美穂、俺一回外の空気を吸いたいんだが、出口はどこなんだ?」

「出口、あっち」


 美穂は立ち止り、ゆっくりと右方向を指さす。

 礼路はその方向見るが、どうも暗いからか岩しか見えない。というか岩壁以外何もない。


「美穂さん、俺にはただの壁にしか見えないんですけど……」

「うん、れいちゃんが寝てた時、埋めた」

「……」


 礼路は沈黙した。

 目の前の様子がおかしい幼馴染を、なんとか元に戻さねば。

 そう心の中で決意する。


 きっと、信託の勇者に何か細工されたんだ。

 そう思い込むことで、失いかける正気を留める。


「美穂、さっき言ってたよな?信託の勇者に世話になっているって」

「うん、そうだよ」

「じゃあさ、ソイツと一緒にいた時、何か変なことされたりとかしなかったか?頭をいじくられたり、そんな妙なこと」

「妙な……あ」

「覚えがあるのか!?」


 美穂は何かを思い出した素振りを見せると、頭を抱えて蹲ってしまう。

 礼路は自分の予想が的中したと確信し、急いで彼女の下へ駆け寄った。


「う、うぅー……頭がぁいたいぃ……」

「どうした、そんなに痛いのか!?」


 苦しそうな美穂を見て、礼路はどうしたらいいか分からなくなり焦り出す。

 精神を治せる技なんて聖拳にはなく、つまりは自分自身の手で彼女を救う以外に方法は無い。


 こんな時にネイシャがいてくれたら。あまり頼りたくないと言っていた矢先に、礼路はそんな事を考える。

 どれだけ打開策を考えても、答えは出ずに焦りは増すばかり。


「……れいちゃん、頭」

「頭?頭がどうした?」

「撫でて」

「は?撫でてどうにかなるのか?それよりも早く外へ出て――」

「うー頭が痛いよぉー」


 そこで礼路はハッとする。

 彼女の痛がりが、どうにもワザと臭い。

 それに気付いた礼路は、再び後ろへ後ずさる。


「……ん?れいちゃん、撫でて」


 礼路の後退に気付いた美穂は、チラリと礼路を見て再び催促。

 その一切揺れていない眼差しが再び彼の恐怖心をあおる。触れてしまったが最後、さっきの拉致の時みたいになにかされる可能性もあった。


 そんな時、礼路は自分にだから出来るであろう見分け方を思いついた。


「み、美穂……俺嘘つきって嫌いなん――」

「痛いの飛んでった、もう大丈夫」


 効果はバツグンであった。

 礼路が言い切る前にスクッと立ち上がった美穂は、頭痛なんて無かったと言わん勢いで彼の前へ詰め寄る。

 それに合わせて礼路もさがるが、数歩下がった後に壁にぶつかってしまった。


「やっべ……」

「れいちゃん、なんで遠ざかるの?」


 美穂はジィッと礼路を見つめる。


「私、魅力ない?」

「い、いやそういうワケじゃ……」

「じゃあ問題ない。胸だって、れいちゃん好みの大きさのはず。他の所、見る?」


 そう言って、美穂はゆっくりと身に付けている服に手を賭けようとする。


「ちょ、やめろ美穂。もっと自分を大切にしろって!」

「……なんで?私が欲しいの、れいちゃんだけ。望む栄光も、れいちゃんとの永遠……」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、俺自身どうやって聖拳が真の勇者を決めるのか分からないんだよ。それに俺自身、軽い気持ちで選びたくな――」

「軽く、ない」


 礼路の言葉を遮り、美穂は床にあった鎖を手に持った。

 途端、鎖は動きだし、その先端を礼路に向ける。


「軽くなんて、ない。ずっと見てた。また隣にいたくて、いっぱい頑張った」

「美穂……」

「でも、れいちゃん見てくれなかった。アピールしても見てくれない、話しかけてもそっけない……嫌われたかもって思った」


 ジャラリと鎖を鳴らし、体をフルフルと震わせる。

 そんな彼女を見て、礼路は自分が前の世界で彼女とどんな接し方をしていたか思い出す。


 中学生になってから、礼路は彼女と今までどおり遊ぶのが恥ずかしくなってしまっていた。

 礼路は男で、美穂は女。男女の仲を意識する歳になると、その差はあまりにも大きい。

 昼休みの時、友人と話しながら人懐っこそうな笑みを浮かべる美穂を、礼路はとても魅力的に感じてしまった。


 へたれであった礼路はその時から美穂の事を友人とは思えなくなり、気付いたら自分から遠ざかっていった。

 彼女と目があっても視線を逸らし、挨拶されても適当にしか返さなかったことを思い出す。


 そして高校生になっても、彼は全く変わらなかった。

 別々の友人をつくり、それぞれのグループで遊ぶ。


 よくよく考えれば、美穂の学力ならもっと上の学校に行けたはずだ。礼路はそんなことを考える。

 もしかしたら、自分を追って同じ学校に来たのでは、と。

 そう思うと、礼路の心に重い罪悪感が生まれた。


「……ごめん、そんなに美穂が傷ついていたなんて、知らなかった」

「ううん、大丈夫。あの時、嫌われてないって確信できた」


 手に持つ鎖を親指でなぞりながら、美穂はニコリと笑った。


「あの時ね、夕方に先生に呼び出されたの。なんだろって思って行ってみたら、成績を下げられたくなかったら、抵抗するなって……」

「……」

「私ね、推薦入学考えてたんだ。それでいい大学に行って、いい会社に就職して、れいちゃんを養うの。そうしたら、れいちゃんも喜んでくれるかなって……だから、あの人を振り切れなかった」

「美穂……」

「でもねでもね、あとちょっとの時にれいちゃんは来てくれたんだよ!私の手を取って、急いで家まで送ってくれて……まるで昔に戻ったみたいだった」


 遠い目をして、かつてのことを思い出す美穂。

 その顔はどこまでも幸せそうで、安らぎに満ちていた。


「れいちゃんは昔から全然変わってなかった。私が困った時にはいつも助けてくれて、手を取って導いてくれた。だから、この世界に送られてからも、ずっと待つことが出来たんだよ」

「俺は……」

「街で貴方を見かけた時は本当に嬉しかった!あぁ、やっぱり貴方は来てくれた。この世界に、私と一緒になるために」


 言い終えて、美穂は右手を前に出した。

 まるで、子供が手をつなぐときのように。


「れいちゃん、一緒にいよ?もう悩むことなんてないんだよ。魔王だって、一緒ならきっと倒せるから」


 その言葉を聞いて、礼路はゆっくりと手を動かす。

 こんなに自分を思ってくれているのなら、美穂で良いではないか。

 きっと力も申し分ない。

 何より、もう彼女に寂しい思いはさせたくない。


 そんな事を考え、礼路は彼女の手を取ろうする。

 光り輝かない右手を伸ばし、その手に触れようとした。


 その瞬間だった。




「はん、舐めたこと抜かさないでくれるかしら?鎖女」


 そんな声が部屋に響いたと同時、美穂が埋めた通路が爆発し、砂煙の中から誰かが出てくる。


「好きとか愛してるとか、そんな安い感情だけで真の勇者に選ばれるわけないでしょう?レイジ、アンタだって分かってるでしょ?世界を賭けるっていうのが、どれだけ重い事か」


 礼路はその言葉で我に返ると、差し出そうとしていた右手を引っ込める。

 美穂は離れていく礼路を悲しそうに見た後、彼を止めた声の主を睨み付けた。


「貴方……お役御免って言ったでしょ?」

「はん、お生憎様。私の役目はアンタなんかに止められるモノじゃないの。それより、よくもまぁレイジを攫ってくれたわね」


 込められた殺気に反応し、美穂は鎖を構えた。


「構えなさいレイジ、とりあえずはこの鎖女を止めるわよ」

 

 砂煙から出てきたネイシャは、三つのミーティアを浮かせながらそう言った。

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