第13話 思いがけない再会


 門を抜けると、城の外は緑豊かな草原であった。

 日の光をたっぷり浴びて成長したであろう草木は、人の手を一切借りず健やかに育っている。

 近くから動物の鳴き声も聞こえる、比較的無害な生物がいるらしい。

 そんな当たり前の事実を一つ一つ確認しながら、礼路は顔をキラキラさせて遠くまで見渡す。


「おぉ、すげぇ……」


 感動の言葉を漏らし、肺一杯に空気を吸い込む。

 空気が美味いとはこういうことなのか。

 そう思う礼路は、清々しい気分で歩み続ける。


「アンタの世界じゃ、外はこんな風じゃなかったの?」


 ネイシャは近くに人がいない事を確認して、礼路に話しかける。


「あぁ、俺のいた所は全然違ったんだ。辺りはコンクリートだらけだし、植物なんて人が育てやすいように加工されてるモノばっかりだったから」

「コンクリート?何それ、鉱物か何かかしら?」


 当たり前のように話していた礼路であったが、ネイシャの不思議そうな顔を見て気付く。

 礼路は彼女から色々な事を聞いたが、逆を全くしていない。


「そういや、俺の世界については何も言ってなかったな。コンクリートってのはな、セメントを固めて――」

「いや、そのセメントって何よ」

「……」

 

 的確な突込みをモロに喰らい、礼路は何も言えなくなる。

 礼路は彼女にも分かるような説明をしようとするが、全く言葉が浮かんでこない。

 それもそのはず、コンクリートがどうやって出来るかなんて、礼路には全く分からないのだから。

 

 コンクリートだけではない。

 携帯電話、車、電気に至るまで。

 この世界において値千金の知識を、礼路は何も持っていなかった。


「……すまん、ネイシャに分かる言い方が出来ない」

「はぁ……まぁいいわ。別にそこまで気にならないし」


 そう言うネイシャであったが、肩を落とす姿を見て、礼路には彼女が明らかに落ち込んで見えた。


「じゃあ、せめて貴方の世界じゃ聖拳がどういう扱いだったのか教えなさいよ」

「聖拳か……。なんていうか、俺がずっとやってたゲームがあってな、使っていたキャラのジョブが聖拳使いだったんだ。あ、ゲームってのは……」

「いえ、もういいわ。何がなんだか分からないし、アンタが何にもしっかり説明できないってのは分かったから」


 失望されてしまった。

 何も反論できず、異世界の厳しさを改めて実感する礼路。

 感動するだけが異世界なワケなかった。


「全く、ホントにダメダメねレイジは。私がいなかったらあの森で死んでたんじゃないかしら?」

「……面目ない」

「いいのよ、そのために私がいるんだから。アンタは何も気にしないで、自分の使命だけ考えなさい。周りの面倒は、私が全部見てあげるから」

「……」


 これじゃヒモみたいだ。

 礼路はただ優しくされる現状に戦慄する。

 ネイシャはキツイ口調で罵倒したり、叱ることもあったが、それは全て自分を思ってのことだと礼路は分かっている。

 そんな彼女に甘えきってしまい、思考がドンドン溶けていく未来の自分を想像すると、礼路は気が気でない。


「……いやいや、出来ることは自分でやるさ。全部ネイシャに任せるわけにはいかないって」

「……はぁ?」


 礼路はみっともない未来を掻き消すように、はっきりとネイシャへ反論する。

 それを聞いてネイシャはゆるりと首だけを礼路に向け、半分しか開けていない目を向けて一言。


「じゃあ聞くけど、この世界のお金はなんて呼ばれているか分かる?」

「え……いや、分からないけど」

「でしょうね。じゃあクエストの受け方は?達成した後の処理方法は?あぁ、そういえば文字も読めないんだったかしら?」

「う……」

「分かった?アンタは一人じゃ何にもできないの。黙って私を頼りなさいよ、それが貴方の出来る事なんだから」


 ネイシャはヤレヤレと笑いながら、礼路と肩が触れるくらい近くまで寄って話す。

 昨日の部屋での一件から、ネイシャの世話焼きがレベルアップしている。

 上目使いで自分を見つめるネイシャから、礼路は怪しい魅力を感じてしまっていた。

 礼路はそんな彼女を見て「ハハハ……」と力なく笑い、目をそらして先に歩く。

 そんな礼路の後に続き、ネイシャは微笑を浮かべたまま礼路を見続けていた。






 そんなこんなで礼路はネイシャと会話が出来なくなってしまい、二人は日が天辺に昇る頃まで歩き続けた。


「……さて、ここにお目当てモンスターがいるわ」


 沈黙を破り、ネイシャが礼路に話しかける。

 礼路が恐る恐るネイシャを見てみたら、先程の怪しい雰囲気は無い。

 ホッとした礼路は手首と足首を軽く回し、今から起きるであろう戦闘に備える。


「本当なら私が終わらせたいところだけど、礼路も聖拳を使いこなせないと困るだろうから、二人で倒していくわよ」

「あぁ、それでいこ――」


 礼路が言い切る前に、近くの草むらからソレは現れた。


「グルルル……」


 灰色の毛をした狼らしい生き物。大きさは礼路の腰辺りまである。

 眼は獲物である礼路たちを睨み付け、口からは大きな牙が光って見えた。

 

「グレプスウルフ……アレが今回の標的よ。さぁ、周りに人はいないから、思いっきりやっちゃいなさい」

「よし、それなら全力でいかせてもらうッ!」


 叫ぶやいなや礼路は狼に向かい走りだし、右手に力を込める。

 同時に、右腕から赤色の魔法陣が現れた。


「喰らいやがれワン公、豪拳ッ!」


 礼路が拳を前に出すと、腕に発生した魔法陣が拳の先まで飛ばされ、そこから放たれた衝撃波がグレプスウルフを襲った。


「ギャギィッ!?」


 衝撃をモロに受けたグレプスウルフは、突然の衝撃に耐え切れず吹っ飛ばされ、近くの木にぶつかる。

 それから小さくうなりながら小刻みに震えていたが、やがて力尽きたのかピクリとも動かなくなった。


 あまりにあっけない。

 礼路は息絶えた狼もどきを見てそう思う。


「……これで終わりか?」

「そんなワケないでしょ。あの魔物は群れで行動してるのよ、ほら見なさい」


 ネイシャに促され、礼路は辺りを見回す。

 草むらに隠れていて見にくったが、同じ魔物が何体か此方を見ていることに礼路は気付いた。


「へへっ、そうこなくっちゃな。どうせだし、他の技も試してやる!」


 礼路は戦闘が終わっていないことを喜び、今度は右手で手刀を作る。

 腕からは先ほどとは違う魔法陣が現れ、発動されるその時を待っているかのように光り輝く。


「いくぞ、斬拳ざんけんッ!」


 瞬間、魔法陣が右手まで移動すると、指先からオーラを出した。

 オーラは刀のような形を作り、迫りくる狼たちを切り裂いていく。


「ははっ、本当に斬れてる!それならこれはどうだ、空撃くうげきッ!」


 オーラの刀を消した礼路は、次に叩きつけるように拳を前へ出す。

 生じた魔法陣は空を裂き、目に見えない弾丸を標的へ叩きつける。


 痛快、礼路の頭の中はその感情で一杯になる。

 やはり異世界はこうでなくては。

 そう思い、覚えている技を次々と試していく。


 拳から放たれる様々な技は魔物たちを一掃し、気付けば辺りは死骸だらけになってしまっていた。


 「あ、やりすぎたか……」


 周りの惨状を見て、調子に乗っていた自分を反省する礼路。

 そんなことを考えていたために、彼は後ろからせまる魔物に気付かなかった。


「グギャァァ!」

「なっ生き残り!?」


 礼路が振り返ると、もう目の前まで魔物が迫っていた。

 礼路は何か技を発動しようとするが、咄嗟の事で頭が回らない。

 迎撃できずガードの姿勢を取ると、目の前まで来ている魔物の一撃に恐怖し目をつぶった。


「ベータ・ミーティア!」


 しかし牙が礼路に届く前に、急降下してきた水晶玉が魔物の頭に直撃した。

 礼路が恐る恐る目を開けると、そこにはピクピクと震え頭から血を流す魔物が。


「はぁ、危なかったわね」

「ごめんネイシャ、助かった」


 ネイシャは魔物のが死んだことを確認すると、フワフワと水晶玉を浮かせて手元に戻した。


「アンタ、前の世界では戦ったことがないの?」

「え、そうだけど……なんで分かったんだ?」

「そりゃそうよ。だってアンタの戦い方、まるで――」


 ネイシャは何かを言おうとしたが、途中でやめて近くの草むらを睨む。

 どうかしたのかと思い、礼路もその方向を見ると、わずかに草むらが揺れていることに気付いた。


「おい、まさか……」

「えぇ、さっきの残党……恐らく親玉よ」


 礼路は再び拳を構え、出てくる敵に備える。

 ネイシャも三つの水晶玉を浮かせ、いつでも動かせるようにした。


 そして待つこと数秒。

 揺れが大きくなった草むらを掻き分け、ソレは二人の前に出てきた。

 二人は臨戦態勢になったが、出てきた存在を見ると驚きで目を見開く。


「……あれ、人?」


 出てきたのは人間であった。

 全身を細かく装飾された銀色の鎧でかため、顔すらも兜のせいで分からない。

 まさかこれが親玉?

 そう思い礼路はどんな技を使おうか考えていたが、次のネイシャの一言でそんな思考を止めることになった。


「……まずいわね。なんでこんな所に聖勇者が?」

「は?聖勇者?」

「あの鎧、間違いないわ。聖勇者に支給される特別な鎧よ」


 ネイシャの言葉を聞いて、礼路は目の前の聖勇者を凝視する。


 なぜこんな所に?

 いや、そんなことよりも礼路には考えるべきことがあった。


「まさか……さっきの見られて……」


 自分が調子に乗って発動していた技の数々。

 それらをもし、アレが見ていたとしたら。


「場合によっては、ここで消すしかないわね」

「け、消すって!」

「仕方がないわ。アンタの存在を王に知らせるワケにはいかないし、アイツだって何をしてくるか分からない――」

「礼路?」


 二人はどうやってこの状況を打破すべきかを小声で話していたが、不意にかけられた予想外の言葉に思考を停止させ、目の前の聖勇者を見た。


「……アンタ、今俺の名前を?」

「礼路、やっぱり礼路なのね!?」


 そう言うと聖勇者は兜を脱ぎ、顔を露わにする。

 ツヤのある黒く長い髪、パッチリとした綺麗な瞳、どこか子供らしさの抜けない顔立ち。

 その顔に、礼路は見覚えがありすぎた。


「み、美穂!?」

「礼路、会いたかったよぉ!」


 そう言って礼路に抱きつく聖勇者の正体は、彼が前の世界で変態教師から救った幼馴染、鴉野美穂からすの みほであった。

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