第12話 王都の外へ


 礼路が宿を出ると、大通りは多くの人でにぎわっていた。


 商人は商売を、主婦は買い物を、冒険者は準備を。皆、各々の目的のために市場を歩いている。

 そんな中、目の前に怪訝そうな顔をしたネイシャがいた。


「アンタ、ロズと何を話していたワケ?」

「いやぁ、別に?ちょっと世間話をしてた」


 見え透いた嘘にネイシャは目を細めるが、しばらくするとハァとため息をついて歩き出す。

 礼路は置いて行かれないように気を付けながら、ネイシャの後を追っていく。


「それで、受注場ってのはどこなんだ?ここから遠いのか?」

「いえ、すぐそば……ていうか、あれよ」


 そう言い、ネイシャは前の方を指さす。

 礼路がその先を見ると、多くの人が集まっている建物が見えた。宿屋よりは汚れが目立つが、多少綺麗に掃除されているような外壁をしている。


「あれが受注場か」

「えぇ、さっさと決めて出発しま……ん?」


 そのまま受注場へ入ろうとしたネイシャであったが、近くまで来ると足を止めた。

 礼路は何事かと思い、ネイシャの横から受注場を見ようとしたその時、ソレは起きた。


「ぴゃぁぁぁああああ!」

「よっしゃあ!出発するし!」


 バンと勢いよく扉が開かれると、そこから昨日見た黄色と黒色の二人組が現れた。

 黄色こと昨日礼路が見た少女は、満面の笑顔でずんずんと歩いており、黒色ことウールは彼女に襟元を掴まれて引きずられている。ウールの顔には涙やら鼻水やら色々な液体が付いており、散々泣き喚いたのが見て取れた。

 

「……」

「……」


 ネイシャは意外な二人の登場を素直に驚き、礼路は哀れなウールの姿を見て白目になる。


「ハッ!し、親友!?頼む助けてくれ。僕をこのハツラツお馬鹿から助けてくれぇぇ!」

「何言ってるし、ウチは馬鹿じゃないし!」

「ぐえっ!?」


 ウールの叫びに反応し、少女は急ブレーキをかけた。ウールは反動で首がきつく締められ、カエルが潰れた時に出すような声をあげる。

 もう、それだけで礼路は泣きそうになった。


「ウール、なんて惨めな姿に……」

「……ん?お前、昨日ウールと一緒にいた奴だし?」


 礼路が哀れな目で失神したウールと見ていると、横にいたアキが反応した。

 いきなり声を掛けられたことに驚きながら礼路が見ると、アキはニッコリと笑って目を輝かせる。


「昨日はウールと仲良くしてくれてありがとだし!ウチはアキ、日輪の勇者だし!」


 ペカーッと輝く笑顔を見せながら、アキは礼路たちにお礼と自己紹介をする。

 なるほど、日輪の名は伊達ではない。

 礼路はそう思いながら、未だ失神したままのウールを指さす。


「いや、礼はいいんだけどさ。ウール大丈夫か?泡吹いちゃってるけど」

「大丈夫だし!ウールは強い子だから、この程度問題ないし」

「えぇ……今にも死にそうだぞコイツ」

「そんなの見かけだけだし。ほら、起きるしウールッ!」


 叫ぶと同時に、アキは右手を広げてウールをまっすぐ見据え、そのデコをべべべッと高速で叩き始めた。

 その振動で小刻みに震えるウール。

 礼路は自分が殴られているワケでもないのに、何故か胸のあたりが痛くなった。


「……ハッ、僕はいった痛いッ!?ちょっとアキ、何で僕のデコいたたたたた!?」

「ほら、大丈夫だし!」


 突然の痛みに耐えきれないウール。

 なんとかアキの拘束を解こうとするが、非力っぽい彼には無理な話。

 数秒ジタバタしていたウールであったが、すぐに動けなくなり荒く息をするだけの動物に成り下がってしまった。


「ぐ、うぅ…嫌だ、クエストなんか行きたくない……」

「もう、何でそんなに嫌がるし?近くの草原に行って弱いモンスターを倒すだけだし」

「そう言っていつも森やら洞窟やらに入っていくでしょ!?」

「アレはウチの冒険心が鳴り響いたから仕方ないし!さぁ、四の五の言わず門まで行くし!」

「あああぁぁぁぁもう嫌だぁぁぁぁ!!」


 最初に会ったダウナー系勇者はどこに行ったのか。

 礼路には、今のウールが苦労系勇者にしか見えなかった。


「……あぁいう勇者も、一応いるんだよな」


 ふと自分の使命を思い出して、礼路は猛スピードで消えて行く二人を見ながら呟く。

 もしあの二人のうち、どちらかが聖拳に選ばれでもしたら、自分は一体どんな立ち位置になるのか。

 いやむしろ、アキが選ばれでもしたら。


 引きずられる人間が、一人増えるかもしれない。


「……つらい、ただただつらい」


 あり得るかもしれない未来を想像して、礼路は目の前に迫るアキの笑顔を幻視して震える。

 そんな時に肩をポンと叩かれ、何者かと振り返る礼路。

 そこには、少々不機嫌そうに腰に手を当て、礼路を見つめるネイシャがいた。


「お友達との話は終わったかしら?」

「え……」

「ほら、終わったなら行くわよ。クエスト受注してきたから」


 そう言って、ネイシャはローブから出した羊皮紙をヒラヒラさせながら、ぽかんとしている礼路に見せつける。

 瞬間、やってしまったと後悔する礼路。


「いつの間に……ていうか、もう終わったのか!?ごめん、一緒に行くつもりだったのに」

「別にかまわないわよ。登録も簡単だったし、クエストも運良くすぐに見つけられたから。そんなことより……」


 ジロリと礼路を睨み、不機嫌な理由を口にする。


「知らない人とは、もう喋らないんじゃなかったの?」

「あ……いやすまん。アイツらは、昨日知り合ったし大丈夫だと思って……」

「でも、黒い方はアンタを誘拐しようとしていた……違う?」


 そう言われ、礼路は何も言えなくなった。

 ネイシャの視線は一切揺れることなく、礼路は視線を逸らすことが出来ない。

 まるで、蛇に睨まれ一切動けないカエルのように。


 しばらくそんな状態が続いたが、ネイシャが瞳を閉じたことで礼路もようやく視線を逸らす。


「……ふふ、ごめんね。少し厳しすぎたかしら」

「い、いや、約束破ったのは俺の方だし。またネイシャを心配させるようなことしちまった」

「いいの。レイジは優しいから、つい話にも乗ってあげちゃうんでしょ?アンタって人の良さそうな顔してるから、そういう人を呼び寄せるのかもね」

「う……」

「それに、聖拳としての使命も果たさないと。真の勇者探しは、隠れてるだけじゃできないわ」


 言い終えて、ネイシャは礼路の前を通り過ぎて歩を進める。

 礼路はそんな優しい彼女を見て、昨日以上に重い罪悪感に苛まれた。

 ギャアギャアと叱られるより、よっぽどキツい。

 そんなことを考えてしまい、礼路は彼女の隣になかなか辿り着けない。


「……しら」


 そんな時、ふとネイシャが何かを呟いたことに気付く。

 礼路は言った内容の異様さに驚いて彼女の方を見たが、ネイシャは変わらず歩き続けるばかり。

 だから礼路は、その聞こえた言葉を記憶から消した。



 いっそのこと、誰も来ない場所で隠れてお世話しようかしら。



 そんな怖いこと、彼女が言うワケない。

 だが、絶対にそうだとも言いきれない。

 小心者の礼路には尋ねることも出来ず、ただ彼女の後を追うことしか出来なかった。






 モヤッとした気持ちと、言い様のない不安を抱えがら歩いて数十分ほど。


「見えたわ、あれが城の出口よ」

「……あれがそうか」


 立ち止まったネイシャの横で礼路も止まると、目の前に40メートルはありそうな巨大な城壁、そして城門が見えた。

 彼が想像していたよりも多くの人が出入りしており、門の近くでは子供たちが追いかけっこをしている。

 たくさんの荷物を載せた馬車は中へ、剣や杖を携えた者達は外へ。他にも色んな恰好をした人たちが、各々の目的のために中へ外へと向かっていく。


 前の世界じゃ見れない光景を前に、礼路は意識せず「おぉ」と声を上げる。

 モンスターを倒し、仲間と友情を深め、勇者と共に魔王を打倒す。

 そんなゲームのような冒険生活が、門をくぐった時に始まる。


 自重しなくてはならない身分であることは重々承知している。

 少なくとも真の勇者を見つけるまでは、隠れるように生活しなくてはならない。

 だが未知なる世界へのスタートを前に、男の子である礼路は興奮を抑えきれなかった。

 

「ちょ……急ぐのは構わないけど、私から離れないでよ!?」

「あぁ、分かってるって!」


 ネイシャの言葉に応えはするが、実際は全く耳に入っていなかった。

 彼女を追い越し、意気揚々と門へと向かう。


「ふふ、まったくしょうがないわね……」


 子供のように興奮する礼路を見失わないよう、ネイシャは彼の後を追っていく。

 

「……やっぱり、閉じ込めるのは無しね。アイツ、多分泣いちゃうだろうし」


 そして少しだけ濁らせていた瞳を元に戻すと、前を行く礼路を見つめてそう呟く。

 対して、初めての冒険に心躍らせる礼路は、抱いていた不安などすっかり忘れ、アホ面下げて歩いていた。


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