世界はクサリを求めてる!
第8話 王都バビリア
「ぐおっ!」
「きゃんっ!」
礼路は地面に叩きつけられ、その上にネイシャが乗っかる形で転移した。続けて地面に置かれていた水晶玉が転移され、礼路の目の前にゴトリと落ちる。
全身で痛みと柔らかさを感じながら、礼路は薄暗い辺りを見渡す。
中世の街を思わせる石畳、レンガでできている建物、そして微かに臭う異臭。
どうやら二人は、路地裏に転移したようである。
「ちょ、もう少し丁寧な感じに出来ないのかよ……?」
「うっさい!アンタがあの時大声あげなければ、もっとマシな転移が出来たのよ!」
ジト目で小言を言う礼路に対し、ネイシャは顔を赤くさせて怒る。
「いや、それなら声とか出すなって言ってくれれば良かったのに」
「そんな事イチイチ言わなくても大体分かるでしょう!?コッチは集中して……」
さらに怒りのまま怒鳴ろうとしたネイシャは、ふと何かに気付いて何処かを見た。
「……一応、予定していた場所からそこまで離れてないわね」
「そ、そうなのか?」
「えぇ、とりあえずこんな暗い場所から出て、宿を取らないと」
ネイシャは立ち上げると埃を払い礼路に手を差し出した。
その手を取って礼路が立ち上がると、落ちていた水晶玉を拾ってローブにしまう。
「まずは大通りに出るわ。そこから少し離れた先にある換金所へ行きましょう」
「換金所?」
「えぇ、何か売って当面の資金にするの。そうね、これなんかそれなりのお金になるわ」
ネイシャは何でもないような素振りで、自分の首にかけてあったネックレスを取り出した。
それを見て礼路はギョッとする。
「おい、いいのか?」
「は?何がよ?」
「いやそれ、大事なモノだったりしないのか?」
「……まぁ、それなりに高価なモノだけど。背に腹はかえられないわ。代わりに売れるモノ、レイジは持ってるワケ?」
そう言われ、礼路は何も言えなくなった。
服装が変わっている時点で薄々感づいていたが、前の世界で持っていたはずの携帯等は無くなってしまっていた。
つまり、完全な無一文。
お金がないどころか、お金にするモノすら持ち合わせていなかった。
「……すまん」
「ふん、分かればいいのよ。安心なさい、別に特段大切なモノでもないから。レイジは何も心配なんてしなくて良いの」
子供をさとすように言うネイシャ。
なんか、お母さんみたいだと礼路は思う。
実際にいた母親とは違う、なんかこう概念チックなモノだ。なんだか、こう、無条件で安らいでしまうような。
そんな雰囲気さえ礼路は感じた。
森の中ではやさぐれた、それでいてひねくれた態度しかとっていなかったが、仲間となってくれた今ではこうも変わるのか。
いや、もしかしたらこの優しさが本来の彼女なのかも、そう思い礼路はネイシャの顔をまじまじと見つめる。
ただ、優しくされているというより、甘やかされているという感じではあったが。
「……」
「何呆けてるのよ?ほら、さっさと付いてきなさい」
そう言って、ネイシャは礼路の手を取る。
礼路はポワポワしていた意識を覚醒させ、不意に手を握られたことにドキリとしながら彼女の後に続く。
「さぁ見なさい、これが王都バビリアよ」
「おおッ!」
路地裏を出ると、辺りは人だらけの大通りであった。
辺りを見ると露天商が並んでいて、多くの商人が呼びかけている。
通行人も多い。
歩くスペースが無い程ではないが、かなりの人間がいる。歩いている人間には、身軽そうな服を着た住民らしい人もいれば、鎧を着たいかにも冒険者らしい人もいた。
「……ほら、コッチにきなさい」
感動しながら辺りを見渡していた礼路の手を引っ張り、ネイシャはそのまま歩き続ける。
少しばかり早足であるネイシャに引かれながら、礼路は再び辺りを見た。
連なって建てられている建物は、前の世界で見慣れたコンクリートのソレとは違う。
木やレンガで作られている建物は、機械ではできない温かみを感じる。
その窓から主婦の方々が顔を出し、乾いた洗濯物を取り込んでいた。
「……あ」
そこで礼路は気付く。
先程までは森の中だったために気付かなかったが、もうすっかり夕方になっていた。
同時に、腹の虫が鳴り出す。
「そういや、今朝から何も食べてなかったな……」
「はぁ、全くしょうがないわねレイジは。ほら、ここが宿だから先に部屋を取ってて」
ネイシャに言われ、礼路は目の前に視線を向ける。
いつの間にか、一際大きい建物の前にいた。
薄緑の外壁である建物の辺りは、しっかりと掃除されているのかゴミ一つない。
「換金所には私が一人で行ってくるから、アンタは部屋の中で我慢の利かないお腹を抑えてなさい」
「いや、流石にソレは悪いって」
「言ったでしょ、心配しないでいいって。二手に分かれた方が効率がいいし、下手に付いてきて露店のモノにでも手を出したら、流石に庇いきれないわ。一つくらいなら買ってあげてもいいけど、それじゃ夜ご飯をしっかり食べれないし」
ママかよコイツは。
ヤレヤレ仕方ないなという感じでこちらを見るネイシャが、礼路には母性溢れるお母さんに思えた。
さっきの路地裏でも感じていたが、ネイシャはかなりの世話好きなのかもしれない。
そう思いまた礼路はポワポワした気持ちになったが、ブンブンと顔を振って正気に戻した。
「部屋を取るのはいいけど、金ないのに出来るのか?」
「大丈夫よ、この宿は出る時に支払いをするタイプだから。じゃ、まかせるわよ」
そう言ってネイシャは手をヒラヒラと振り、礼路を置いて人混みの中へ歩いて行く。
なぜだか、初めてのおつかいをする子供の気分だった。
「……まぁ、頼まれたことはちゃんとしないとな」
見えなくなるまでネイシャを見送った礼路は、意気揚々と宿の中へ入っていった。
この時、礼路は気付かなかった。
「……」
礼路が入った宿とは反対側。
そこに礼路を凝視する人がいたということに。
「……ふふっ」
全身を銀色の鎧で固めたその人は、宿へと入っていく礼路を見て微笑む。
その声は女性のようであった。
「やっと会えた」
それだけ言うと、鎧の女はジャラリと何かの音をたて、人混みの中へと消えて行く。
彼女の独り言に気付いた者は一人もおらず、その場に残ったのは不自然に空いた一人分のスペースのみであった。
何者かの視線に気づくことなく、礼路は宿の中へと入った。
宿の中は簡素な造りをしていて、近くには木で作られた小さな椅子に机、そして奥の方にフロントがある。
飾りっ気のない木の壁には、そこまで高価そうには見えない絵がいくつか飾ってある。
ほぼ、礼路が想像していた内装であった。
「……おや、いらっしゃい」
扉を閉めると同時、フロントの方から声が聞こえた。
見ると、そこには痩せた中年男性が一人。
白髪が混じった黒髪は短く切り揃えられており、着ている服も清潔そうである。
礼路は男の前まで歩いていくと、男は優しげに微笑んだ。
「私、この宿の店主をやっている者でございます。どうぞよろしくお願い致します。部屋は一つでよろしいでしょうか、旅人様?」
「あ、あぁはい。それでお願いします」
「はい、承知致しました」
店主は書類を一枚取りだし、礼路の前に出す。
礼路はその書類を読もうとして、気付いた。
「……ヤバい、読めない」
忘れていたのだ、この世界が自分の元いた世界とは違うことを。
国が違うだけで言語が変わるのに、どうして異世界でも文字が同じだと思ったのか。
目の前の書類には、見たことも無い文字が並んでいたのだ。
「……」
「おや、どうかされましたか?」
店主は固まった礼路を見て心配そうに声を掛けるが、焦る礼路には届かなかった。
礼路は頬をひきつらせ、どうしたものかと頭を悩ませる。
この状況をどうやって切り抜けるべきか。
書類の中で書くべきだと思われる場所は一つのみ。きっと名前を書けばいいだけだろう。
しかし、もし間違っていたらどうしたらいいだろうか?
文字が読めないなんて言ったら、それこそ怪しまれてしまう。
そう考ると、礼路の額から汗が止まらない。
「……あぁ、もしかしたらお付きの方でしたか?」
「え?」
少しだけ大きめに出された声に礼路が反応すると、店主は優しい笑顔のまま書類をしまいだした。
「いえ、文字が読めないようでしたので、てっきり勇者様のお付き人かと思いまして……違いましたか?」
「ッ!あぁいえ、そうです!いやぁ、すいません。初めてなモンで焦ってしまいました!」
「そうでしたか、ソレは気付かずに申し訳ありません。それでしたら、サインは後で来られる方にお願いさせていただきます」
「はい、それで頼みます!」
助かった、と礼路はホッとする。
礼路にはお付き人という存在がどんなものかは分からないが、なんとか誤魔化せそうだと安堵する。
このまま怪しまれずに部屋の鍵を受け取り、さっさと部屋に入ってしまおう。
そう考えて、礼路は手を差し出した。
「……ふふ、では。コチラが鍵になります」
店主は喜ぶ礼路を見て何かを悟ったように微笑むと、鍵を礼路に渡した。
手に置かれた鍵は特に何かの装飾はされておらず、客である礼路を歓迎するかのように輝いている。
「部屋はそこの階段をのぼって二階、203号室になります」
「ありがとうございます!ではこれで……」
「あぁ、それと……」
もう終わったかと思い、部屋へと向かおうとした礼路を呼び止める店員。
何かオプションの説明でもあるのかと思って礼路が振り返ると、そこには先程までの笑顔を消し、無表情でこちらを見つめる店主がいた。
「今回はこれ以上言及致しません。しかし、他のお客様のご迷惑になるような事があれば……」
「あ、あれば……?」
「……どうか、お覚悟を」
「……はい」
そう言って、店主は先ほどと同じ笑顔に戻る。
礼路は了承の言葉以外何も言えず、顔を引き攣らせたまま深く頷くことしか出来なかった。
「では、ごゆっくりおくつろぎ下さい……」
誤魔化せたと思ったら、全然そんなこと無かった件。
底の知れない店主を見ながら、礼路は逃げるように二階へと駆けて行った。
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