第7話 手にした力と共に
「こほん、これが私の努力の結晶……ミーティア・シリーズよッ!!」
「おぉーすげぇッ!!」
テイク2。
顔を赤くしたまま、先程の二倍の声量でネイシャは氷から解放された水晶玉を見せつけた。擬音もペカーッからベカーッッになってしまっている。
礼路も釣られて大声で叫び、勢いに全てを任せていた。
「その水晶玉にはどんな力が宿っているんですか、ネイシャさん!」
「ふふん、無知なレイジに教えてあげましょう。これには私が長年かけて詰め込んだ魔力が籠っているの。だから、私が燃えろと命令すれば……アルファ!」
途端、ミーティアと呼ばれた水晶玉の一つが炎を纏った。
フワフワと辺りを飛ぶその姿は、礼路が昔見たホラー映画に出てくる火の玉のようである。
「うぉぉ……こ、この浮かんでるのもネイシャの力なのか?」
「当たり前でしょう?込めた魔力を伝って水晶玉に命令することで、自由に動かしているのよ」
「はーなるほど」
まるでラジコンみたいだと思いながら、礼路は動き続けるミーティアを目で追っていく。
子供の頃に遊んだヘリコプタータイプのラジコンを思い出し、礼路は少々懐かしい気持ちになった。
「ま、こんなところね」
そう言うと、彼女はパチンと指を鳴らした。
すると浮かんでいたミーティアに纏っていた炎は消え、一直線にネイシャの下へと戻っていく。
何でも無いようにミーティアを手に戻したネイシャを見て、改めて目の前のファンタジーに感動していた。
「こんな感じで魔法を付与したり、少し大きくしたりして相手にぶつけるのが、私の基本的な戦い方よ」
「お、大きくもなるのか……ネイシャって凄いんだな」
「ッ!ふふん、そうでしょうそうでしょう!」
腰に手を当て、ネイシャは満面のドヤ顔で胸を張る。
同時にローブ越しでも分かる胸が揺れ、礼路は魔法とは関係ない所でドキッとしていた。
「こんなのは序の口ですけど、お気に召したかしら?」
「あぁ、ここまで頼もしいとは思ってなかったぞ」
「えぇそうでしょうとも!そんな私が貴方に手を貸すのですから、もっと喜び……」
さらに調子に乗ろうとしたところで、ネイシャは我に返る。
固まった笑顔のまま礼路を見つめていたが、サッと後ろを向き、咳払いを少々。
そして二回ほど深呼吸をした後に振り返ると、そこには先程までの少しやさぐれた感じのネイシャ・グラスさんがいた。
「……それで、転移魔法についてだけれど」
さも当然のようにテンションを戻しているが、目が泳ぎまくっている。
それを追求したらミーティアが飛んでくるかもしれないと礼路は考え、あえてソレに突っ込むことはしなかった。
礼路は察することが出来る人間である。
「まぁ、見せた方が早いわね。レイジ、これ持って」
「ん?」
ネイシャは持っていたミーティアの一つを礼路に投げた。
一体何が起きるか分からない礼路は、ただ言われるがままに受取ろうとする。
そのままあと少しで自分の手の中にミーティアが届きそうになった瞬間、それは起きた。
「うおォッ!?」
ブンッ、という奇怪な音と共にボールは消え、代わりにネイシャが目の前に出現した。当然手元にミーティアは届かず、代わりにネイシャの左手が少しだけ触れる。
ネイシャは手元に残っている二つのミーティアをローブの中に戻し、空いた手で転移させた水晶玉を引き寄せた。
「どう?これが転移魔法の初歩。自分の魔力を込めた魔道具と、自分の位置を入れ替えたりするの」
「す、すげぇな……コレが出来たら不意打ちとか簡単じゃないか」
妙にゲスい考え方をする礼路に対し、ネイシャは目を細めて少し遠ざかる。
そんなに変な考え方だろうか、そう思いながら礼路は首をかしげた。
「アンタ、考え方が盗人のソレね。まぁ世界中探せば似たような使い方をする人もいるでしょうけど、早々にいないわよ」
「え、なんで?」
礼路は再び首をかしげて不思議に思う。
転移なんて便利な魔法、出来るなら誰だってやる筈だ。生半可な攻撃魔法より、よっぽど欲しい能力である。
「簡単な話よ。魔法自体は覚えれたとしても、そのための魔道具が簡単には出来ないの」
そう言われ、ハッと礼路は気付く。
ネイシャの言った通りであるならば、転移魔法には彼女のミーティアのように媒介となる魔道具が必要になる。
そして、ネイシャはそのミーティアを努力の結晶と称していた。
「私、結構魔力のコントロールは上手い方だけど、それでもコレを作るのに5年かかったわ。普通の人間は、5年もこんなモノに時間を費やすくらいなら、もっと別のことに時間を使うわよ」
ネイシャは両手でミーティアを弄びながら、少し自虐が籠った口調で説明した。
「皆ダサい脇役よりも、カッコいい主役になりたいの。表舞台で派手に戦う主役にね。極めてもサポートでしか活躍できない魔法なんて、誰も使おうとしないわよ。それこそ、そういう専門職でもなければね」
「そういうもんなのか……俺からしたら、そんなに長い間頑張り続けたネイシャの方がカッコいいと思うけどな」
純粋に思ったことを礼路は言った。
広い分野を浅く覚えるのもアリだが、一つの分野を極めれば十分な力になる。例え衆目を浴びないような事でも、それはとても立派なモノだろう。
それが礼路の考えであった。
「……ふふ、それはどうも」
ネイシャはゆっくりと礼路に視線を移し、にへらと力なく笑う。
笑うだけマシか、そう礼路は勝手に判断した。
「転移魔法はこの程度が普通だけど、もっと鍛錬すれば長距離の転移が可能になるの」
「ほほぉ……その魔法を使って、この森から脱出するわけだな」
「そういうことよ」
「あ、でも流石に王都には、ネイシャの水晶玉なんてないんだろ?」
「えぇ、水晶玉はないわ。でも、代わりがあるの。それさえ残っていれば、転移はできる筈……」
そう言うと、ネイシャはゆっくりと瞳を閉じる。両手を前に出し、人差し指と親指で三角形を作り出した。
まるで何かを探しているような、そんな様子であった。
「……あった、まだ残ってるわ」
「お、マジかよ。そんなので分かるのか……ていうか、行き先に道具は必要ないのか?」
パチッと目を開け、ネイシャは自分の魔力を発見したようだ。
両手を下げてニコリと笑い、転移可能なことに喜んでいる。
「えぇ、私ならね。転移で必要なのは主軸になる魔道具……行き先なんて自分の魔力が残ってればイケるのよ」
「へぇー便利なもんだな」
「ふふん、そうでしょう。それじゃレイジ、今から転移の準備をするから、待ってなさい」
「ん、分かった」
再びミーティアを取り出したネイシャは、前方に1つ、左右斜め後ろに1つずつミーティアを置き、何か呪文を唱え始めた。
あまり邪魔をしてはいけないと思い、その場に座って待つことにする。
足を伸ばし、両手で上体を支えながらふと上を見た。
「……そういや、もう前の世界には戻れないんだよな」
ふと、独り言をこぼす。
この時間まで余りにも多くの事が起きたせいか、礼路は改めてそのことを考える暇が無かった。
心残りがないワケではない。
数少ない友人たちは元気だろうか?
消えてしまった幼馴染は?
少々見放し気味だった両親も、自分の事を心配してくれているだろうか?
そもそも、向こうの世界では時間が過ぎているのだろうか?
「……まぁ、どうにもならないことを考えても仕方ないか」
アチラの世界で、桜山礼路という男は力も知も中途半端な人間だった。
小学生の頃、虐めの現場を見ても、報復が怖くて助けに行けなかった。
後でこっそり先生に伝えるくらいが関の山である。
中学生、高校生になってもソレは変わらない。自分では解決できず、やきもきする日が続いていた。
「最後には、ちょっといいこと出来たのかな……」
そんな彼が、唯一行動できたのが高校三年生の頃。
昔は仲が良かったが、いつの間にか話さなくなった幼馴染を助けたあの日。
礼路は今までに無い程気分が高揚していた。幼馴染の手を引いて校舎を出た時、少しだけ世界が変わったような気がしたのである。
だが、結末は自身の敗北であった。
ありもしない傷にガーゼを貼った教師に嵌められ、礼路は中卒高校中退の非行生徒という身分に落とされてしまったのである。
「お笑いだったよなぁ……大した証拠もないのに、皆アイツの事信じちゃってさ」
最後に登校した時、周りの人間が自分を見る目が、礼路は忘れられなかった。
誰もかれも礼路を悪だと断じ、近寄ろうとすらしなかった。
何を言っても信じて貰えず、批判の言葉が増えるばかり。
友人達でさえ半信半疑の状態。
頼りの幼馴染も、何時の間にか行方知れずに。
あぁ、これが現実だと当時の礼路は諦めた。
結局行動に移しても、力が無ければ消されるのは自分だと。
そう自分に言い聞かせて、何もない日を続けたのだった。
その日から礼路は多くの事に対して無気力になり、ひたすら部屋にこもりアプリゲームばかりする日が続くようになった。
「でも、手に入れちゃったんだよなぁ……力」
自分の右手を見て、礼路は呟く。
この世界に来て、礼路は伝説級の力を手に入れた。
今までできなかった事が、出来るようになったのだ。
悪を否定し、善を助ける。
そんな正義のヒーローみたいで、当たり前のようなことが。
「……やってやるよ」
ふるふると体を震わせ、礼路は右手を強く握りしめる。
その決意に呼応するかのように、右手は強く光り輝く。
「やってやるよ、真の勇者探し。そして魔王討伐……俺が成し遂げてやるぜぇッ!!」
「ちょ!?アンタ集中してる時に大声出さないでよ!変な所に転移しちゃ……あ……」
次の瞬間、礼路とネイシャは光の粒子と共に森の中から消えた。
残ったのは静寂、そして暖かな木漏れ日だけであった。
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