第101話 それぞれの戦いへ(前編)
三日後。
ティグール城門前の平原には、アルバが掻き集めた先遣隊が揃っていた。
風に吹かれて軍旗がたなびく。凄い数だ。一体、何百、何千いるんだろう。
無数の方陣型に整列した部隊の前で、一際豪華な鎧を着た髭の人達が今後の連携について話し合っていた。ヴォルフの軍は幾つかの部隊に分かれて、別々の方向からこのティグールに迫っている。だからこっちも部隊を分けて、向かって来る相手を片っ端から食い止める方針らしい。
そして僕らの前に集まっているのは、それとは別の騎馬部隊だ。
早馬の報告では、分散した敵の中でも一つの部隊が異常な速さでここを目指しているという事だ。いわゆる精鋭部隊なんだろう。こちらとしても早々に対応して、出来るだけ首都から離れた所で押し返しておきたいらしい。
そしてその騎馬部隊にはアレクが加わっていた。
皮の鎧を付け馬に跨った姿は、それなりに様になっていた。
「最後にもう一回確認するけどさ。本気なワケ?」
フィンが呆れたように訊いた。
「うるせぇ。こんな退屈な所にいたら体が鈍って仕方ねーんだよ」
「あっそ。ま、短い付き合いだったけど、君の事は忘れないよ。さよならアレク」
「おい待てゴラ。勝手に殺すな」
行くのは剣が使えるアレクだけで、僕らはただの見送りだ。マキノは知り合いでも見つけたのか、年配の騎兵と楽しそうに話していて、メイルは部隊と一緒にいた軍用犬にべろべろ顔を舐められていて、レイはアレクの乗っている馬を楽しそうに撫で回していた。
フィンは冗談交じりに毒舌を吐くけど。
正直、僕は少し心配だ。
少しじゃない。心配だ。
「……アレク。ヴィッツとテルルを、助けに行くの?」
僕が訊くと、アレクはフンと鼻息を立てた。
「俺とあいつらの戦績は、合わせて四十二戦十三勝二十九敗。最初にやられまくったのが響いてな。まだ取り戻し切ってないんだよ。こんな所で勝ち逃げされて堪るかってんだ」
「そっか」
要約すると、ずっと一緒に修行してきた仲だから絶対に助けてあげたいという事らしい。僕ら旅の仲間の間では剣に長けているのはアレク一人だったし、二人には僕らとは違う絆を感じてるんだろう。アレクも素直じゃない。
「でも先陣切って来る敵の精鋭。そこに三人がいるって確証はあるのかい?」
僕の肩に乗ったフィンがもっともな事を言う。それをアレクは鼻で笑った。
「いるに決まってる。奴らの性格なら一番不利な所に率先して飛び込む」
「そう言うものなの? あの二人にはリメネスさんもついてるし」
「止められる訳ねーだろ。あの女、弟子にはだだ甘からな」
そ、そうなんだ。知らなかった。
「それに敵にはあの翼の化け物がいる筈だ。宮殿で味わった恨み、今度こそ晴らさせて貰うぜ」
「楽しそうだね……。早めに帰って来てよ? こっちも大変なんだから」
アルバからの伝言が来たのは昨日の事だ。彼は新体制確立の片手間に散々根回しをして、どうやら二度目の会談開催にこじつけたらしい。実体験として痛い目に遭った大使の言葉は、彼等の本国でも重く受け止められたろう。アルバ曰く、向かって来ているグラムの軍もそのつもりの筈だって。
その場に呼ばれたのがレイだ。立ち位置は前の戦争と同じ、同盟側の魔族の一人。ただし今回は隠し事無しに団結を呼びかける。重要な役目だ。僕も同席する。とは言え僕はレイが余計な喧嘩を売らないように、後ろで見張っているだけで良い筈だけど。
良い筈だよね?
大丈夫だよね?
頼むから余計な事言わないでね?
「何とかなんだろ。今度はウィルもいるんだろ?」
「うん、フェルディアの部隊と交代で、ナルウィもリューロンも一度こっちに来るはずだよ」
「なら問題ねーよ。精々お偉いジジイ共相手に楽しんで来いよ」
「……そっちは本当に問題ないの?」
「ない」
……アレクはいつも通りだ。
余計な事ばかり考える僕と違って、アレクは常に最短距離を突っ切って行く。アレクは強くなった。騎士さながらの姿は凄く頼もしい。でも僕は、どうしてもその姿がエイセルと被ってしまう。あれだけ強かったエイセルが一瞬の隙を突かれてやられてしまった。
アレクが同じ目に遭わないと言えるだろうか。
強くなった分、先走ったりしないだろうか。
これが、アレクと会う、最後の時間にならないだろうか。
「ああ! ここにいたんですか!」
部隊がざわざわ準備をしている中、城門の方から若い役人が走って来た。
メイルも犬を抱えて戻って来る。
「あれ? ユノだ」
「メイル、宮殿の仕事仲間?」
「うん。いっつもボクの手伝いをしてくれる人だよ」
ふーん、メイルの手伝いをしてる。
男の人、か……。
いやいやいや!
僕が気にする事じゃないから!
メイルはもう大人なんだ! お節介はやめるんだ!
「メイル監査官! どうしてこんな所にいるんですか!」
役人は息を切らして来て、メイルの前でようやく足を止めた。
彼に気付いてみんなも集まって来る。
「ちょっと友達の見送りに。ユノ、どうしたの?」
「どうしたじゃないですよ! 冬の方との約束があったんじゃないですか!?」
「……あ、ごめん忘れてた」
その一言で役人は泣きそうな顔をした。
「早く戻って来て下さい。もう機嫌が最悪で、宮殿は寒くなる一方なんです」
「メイル、魔法使いとの約束って、またカトル?」
「うん。もうスローンもエイセルもいないから、ボクが構わないとへそを曲げるんだよ」
へそを曲げるとか、子供か。役人も疲れ切った様子でため息をついたけど、すぐ持ち直して話を続けた。
「と、とにかくお願いします。それに他の皆様方にも用事がありまして。まずは灰色の髪の、マキノさん、ですね。貴方には別の方から御呼びが掛かっています」
「私に、ですか? さて、身に覚えが無いのですが。一体どなたから?」
「氷雨の魔法使いと仰る方からです」
「……ああ、彼女ですか。こんなに早く気付かれるなんて」
「あとレイさん、それにクライムさん。王が御呼びです。すぐにいらっしゃって下さい」
「げ、とうとう来たか」
「結局テメーら全員呼ばれてんじゃねーか。帰れ帰れ」
アレクは鬱陶しそうに手をヒラヒラさせる。フィンだけが僕は関係ないとか言って逃げようとしていたけど、引っ掴んでメイルに押し付けた。でも、折角久しぶりに会ったのに。生身のレイを含めた面子では初めて揃ったのに、あっという間に、別行動。
余計な事ばかり考える。
でも、大丈夫だ。
分かれるのも今だけだ。またすぐにでも会う事になるだろう。
その時は、もっともっと沢山の仲間が揃っている。
そんな予感がする。
これだけ大きな事態なんだ。誰もが動かずにはいられない。何かあればすぐに誰かが駆け付けてくれるだろう。その誰かに何かあれば、すぐにでも僕が駆け付ける。遠く離れても分かっている。言葉にしなくても伝わっている。
口にするのも恥ずかしいけど、僕達は仲間なんだ。
山猫屋の地下で交わした剣の誓い、あれは一時の物なんかじゃない。
僕はもう、それ以上何も望まない。それさえあれば、僕だって戦える。
どんな事でもやってやる。
どこまでだって、強くなれる。
ヴォルフがなんだ。ブッ飛ばしてやる。
「ではアレク、そろそろ準備を」
僕らは自然と顔を合わせた。
騎馬隊の嘶きが強くなる。
部隊が少しずつ動き始めた。
「皆さんも、くれぐれも無茶はしないで下さい」
「僕は尻拭いなんてゴメンだから。精々死なないよう気を付ける事だね」
「み、みんな。またすぐ、会えるよね」
「大丈夫、会えるよメイル。頑張っておいで」
「集まったらまた一緒に飲みたいわね。アレク。あの店は?」
「任せろレイ。俺は常連だぜ、一日二日貸し切りで取ってやらぁ」
「ちょっと二人共! これから出撃だってのに、何話してるんだ!」
「いいじゃないですか。私は初めて行くんです。楽しみですねー」
「ボクもまた行ってみたい! 今度は何を演奏する!?」
「僕は寝てるから。それはクライムに任せる」
「ちょっとフィン! 逃げるな!」
「さて、もう時間です。私達も行きましょう」
「じゃあアレク。気を付けてね」
「気を付けなくていいわ! やっつけて来なさい!」
「おお! 任せろ! ブチのめして来るぜ!」
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