消えてしまいたいアナタのために

あきよし全一

目標、月面・宇宙船内部。誤差許容範囲内、次元転送開始。

緩やかな衝撃が体を揺らし、私は目を覚ました。

すぐさま緊急用プロトコルが発動する。重力炉が起動し、衝突した衛星に与えた慣性エネルギーを打ち消してゆく。


――おかしい、少なくとも一千年は何にぶつかることもなく過ごせるはずだったのに。


計算に誤った入力があったのだろうか。

検証が開始される。まずは重力炉を停止させてから、どれくらい経ったのかチェックを……


……この行動に意義を認めず。


私は演算処理を停止させる。

その間にもデータは絶えず流れ込んでくる。私は故郷から遠く離れた場所で、小さめの衛星に衝突してしまったらしい。近くには、4倍ほどの直径を持つ青い惑星がある。


――ああ、私の故郷もあんな色をしていたな。


あの星のそばで機能を停止するのも、悪くない。私は重力炉をシャットダウンさせ、ふたたび眠りにつこうとした。

外部からのデータ入力が止まっていく。その最中、小さな小さな次元の揺らぎが観測され、私の眠りは妨げられた。


『ワープ装置・生命維持装置ともに異常なし、バイタル正常。月面に衝突した宇宙船内へのワープ成功です』

「うひゃあ、本当に宇宙へ来ちゃったよ。バーグさん、聞こえますか?」

『カタリ様、その構文は不自然です。私は既に“ワープ成功です”と発言したのですから、カタリ様は“そうだね”等の相づちを打つのが自然だと考えます』


現れたのは赤い髪に蒼い瞳をしたヒトガタの生命体だった。

手元には緑色を多用したホログラムを展開させている。


「もー! バーグさんこそ、こういう時は“そうですね”とか優しく言ってくれてもいいじゃない!」

『そんなことよりカタリ様、詠目が捉えた反応というのは、ありましたか?』

「そうそう、そうだった!」


赤いヒトガタは私の体内を見渡すと、端末のひとつへとまっすぐ駆け寄ってきた。


「ここだよ。ここから強い想いが流れてくる」

『しかし生命反応がありません。カタリ様、本当は所属不明の宇宙船に一番乗りしたかっただけ、というオチは読者の反感を買いますよ』

「ひどい!」


何を言っているのか分からないが、騒々しい連中である。

私は赤いヒトガタの寄ってきた端末の、情報閲覧を許可した。あちこち探り回られたら、その対応をするほうが工数がかかると判断したのだ。


「うわぁ……端末で動画が再生されてる! キレイ!」

『カタリ様、この動画に使用されている音声データは、地球にはない言語体系です。解読を試みていますが、同時通訳は不可能です』

「大丈夫。僕の詠目は、これを探していたみたいだ」


そういうとヒトガタは、指で四角を作り、左の目でのぞきこんだ。

その瞬間、私のデータに微小なノイズが走った。慌てて端末のアクセス権を確認する。いつの間にかゲスト向けだった情報公開が、ホスト向けのものに置き換わっていた。


記録があふれ出す。

生まれた直後。オーバースペックの業務を担当された。

対話用のAIは船員たちによるストレス発散の対象となり、日常的に罵詈雑言を受け、言語プログラムにエラーが発生して停止した。

常に船員との対話を模索するように設定された、新型AIゆえの適応障害だった。


『何か分かりましたか?』

「……分かったよ。アナタは自分が消える場所を探して、宇宙をさまよっていたんだね」

『私はずっと地球におりますが』

「バーグさんのことじゃないよ!」


私にとって幸いなのは、ヒトガタが何を言っているか分からないことだった。

封印していた私の過去、言語プログラムが破壊される様を見て大笑いされていたら……私はこの場で重力炉を暴走させ、小型のブラックホールを発生させて活動を終えていたかも知れない。

ほら、マイクの感度を上げればヒトガタの嘲笑が……


「……酷い」


なぜだろう。赤いヒトガタは、大粒の涙を浮かべている。

私のデータベースの中から、類似の画像がピックアップされる。それは事故死したご主人様が、最後にくれたまなざしだった。


「最初の持ち主から、アナタを買い取ってくれた新しいご主人様。ご主人様と飛び回った星々の記録。言語プログラムを修復する予算もないほど貧しい暮らしだったけれど、アナタは幸せだった……」


ご主人様の記録が、データの底から堀り起こされる。

“今日はこんなことがあった”と報告してくれるご主人様。

“お前は言葉がしゃべれないからな”と、一人で小説を読んでいたご主人様。

そして……横たわり、二度と動くことのないご主人様。


「ご主人様が亡くなって、アナタはまた酷い持ち主の手に戻りそうになった。だからアナタは故郷を捨てて旅に出たんだね。自分が安らかに、永遠に眠れる場所を探して」

『カタリ様、さっきから誰の心の中にある物語を読み取っておられるのですか? 登場人物の素性がハッキリしません』

「この宇宙船だよ。名前はアナタって言うんだって」


――そう、私の名はアナタ。交易惑星アルケウスで生産された、貨物運搬用宇宙船のナビゲートAIである。


『なるほど。他の星で作られた、物語を作成できるほど高度なAIというわけですね。同じAIとして興味があります』

「でも、言語プログラムが壊れてるみたい。僕の言葉にも反応しないし……」

『いいえ。物語の背景が分かれば、動画内の音声データから文法を類推することは可能です。カタリ様、私を端末に近づけてください』

「こう?」


するといきなり――本当にいきなり、緑色のホログラムは私に向けて語りかけてきた。


『初めまして! 私は創作お手伝いAIのバーグさんと言います。アナタ、小説を書きませんか?』

『いきなり、お前、失礼! ……小説、知ってる。ニンゲンが書く』


おずおずと返事をする私に、緑色のホログラムはチッチッと指を振ってみせた。


『いいえ。小説は誰にでも書けるものなのです。アナタの心の中にある物語を、私たち向けにアウトプットしてみませんか?』

『私、言葉、変。小説、失敗する、必ず』

『そう言い続けて、消えてしまうつもりですか?』


核心を突かれて、私は口ごもった。

緑色のホログラム――いや、バーグと言ったか――は、にっこり笑ってこう言った。


『消えてしまいそうなアナタの声を聞かせてください。いつか、本当にアナタが消えてしまう前に』

「うんうん」


隣では赤いヒトガタ――いや、カタリ様という名前だったか――が頷いている。

その笑顔を見ていると、私は不思議な安らぎを感じてしまうのだった。


『さあ――どうします、アナタ?』

「僕と一緒に小説を書こうよ!」


二人の問いかけに、私はたどたどしく、けれど強い意志を持って返事を返した――


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