フェイドアウト(KAC10:『カタリ』or『バーグさん』)
モダン
ハッピーエンド
俺は例によって、奴とパソコンでつながっていた。
「お前の話聞く前にちょっといい?」
高校時代からの友人は、申し訳なさそうに言った。
「何?」
「いや、大した話じゃないよ。
俺、趣味で小説書いてるだろ」
「ん、ああ」
「で、最近、あるサイト企画に挑戦したわけ。
10回にわたってお題が出てさ。その指示にしたがって、超短編を二日で仕上げるんだよ」
「お前、飽きっぽいからなあ。最後まで続いた?」
「とりあえず、9日間は綱渡り的にこなせたんだけど、今回最後のお題が厳しくてね」
「俺、そういうの苦手だから相談されても……。
でも、まあ、一応聞いてみようか」
「実は、主人公はお前がモデルなんだ……」
「『勝手に使うな』なんて言わないけど、俺に物語の要素なんてゼロだろ」
「10回分の連作を狙ってたから、平凡な日常の方が融通がききそうだと思ったんだよ。
お題に振れ幅があっても、事件を起こしたり、SFにしたり、展開させやすいじゃん」
「ふうん」
正直、俺にはよくわからない。
「そしたら、結局9回とも、お前の日常話そのままで収まっちゃったんだよね。
これならきれいにまとめられるかと思っていたんだけど、最後に来ちゃった。
意味不明のお題」
「どんなの?」
「そのサイトのイメージキャラクターを登場させろだって。
これまでの努力は水の泡。すべて台無しだよ」
「じゃあ、やめちゃえば。誰かに期待されてるわけでもないんでしょ」
「そもそもが誰にも読まれてない」
「おお。あっさり解決だ」
彼は慌てて反論してきた。
「何でだよ。ここまで頑張って、あと一回でパーフェクトなのにさ。
普通、何とかしたいと思うだろ」
「んー。
それなら、そのキャラクターから分析しようか。
それは、現実にいない感じなの?
ゆるキャラみたいな」
「『カタリィ・ノヴェル』っていう特殊能力を持つ男の子と『リンドバーグ』っていう女の子風のAIらしい。
見た目は普通の人間だけど、いずれもアニメとかファンタジーのテイストだな。あくまでもそのサイトに依存した存在だよ」
「なら、戦わせたり、コントをさせてみたら」
「お前、絶対真面目に考えてないだろ。設定もおかしいし、そもそも俺の話にどうつなげるんだよ」
「だったら、お前が書いてきたストーリーをそいつらが批評する話でまとめればパック完了、じゃないの」
「そうそう。確かにそれはアリなんだよ。無難だし……。
でも、俺としては最後までメッセージ性を持たせた一貫性のある話で終わらせたいんだよなー」
俺はもう馬鹿馬鹿しくなってきた。
「お前、自分でも無理だとわかってるんだろ。
もう、全部無視しちゃえよ。
自分の考えてた結末を貫けばいい。
少なくとも、俺は読んでやるから」
モニターの向こうで照れている男は、高校時代以来のいい顔をしていた。
「ありがとう。
でも、結末はまだできてないんだ。
一緒に考えてくれないかな」
「もちろん構わないけど、とりあえず出来上がってる部分の内容を教えてくれよ」
「基本は、お前が疲れてる30代男性の代表な。
そこに、スナックの彼女や家族が出てきて、すこーし気が楽になるって感じ」
「地味だなあ、それに彼女がスナック辞めたの二年前だぞ。
いったい、いつのこと書いてんだ」
「ラスト直前9回目は、病院勤務が決まってホームパーティーした時の話」
「なるほど。
あれきっかけで正式に付き合い始めて、来月、結婚だもんな。
人生のターニングポイントだったことは間違いないわ」
「だから、最後になる10回目の話は、ハッピーエンドがいいと思ってはいる」
「俺の話だったよな。
それ以外の結末はないだろう。
そんで、ハッピーエンドに仕上がったら、結婚式で披露してくれよ。
あ、小冊子にして配るか」
「えー、こんな俺が書いた話だぜ。
人に見せられるレベルじゃねえよ」
「だって、ネットで公開してんだろ」
「そりゃ、匿名だからね。
人の結婚式で、あいつ文章下手くそだなあ、なんてダメ出しされたくないし」
「みんな思っても言わないって。大人なんだから」
「思われるのが嫌なの」
俺は、知らん顔でその場を離れた。
トイレに行き、缶ビールを持って帰ってみると、モニターの向こうでも男が部屋の中をうろうろ動き回っている。
こっちは勝手に飲み始めた。
「さて、結局どうまとめるかな」
奴も戻ってきて、缶ビールを開けている。
「俺のモノローグにしてくんない?」
「どういうの?」
「彼女と付き合い始めて、じいちゃんのことが気になりだしたんだよな。
そのじいちゃんについての考察」
「おばあちゃんを支えきれないと失望して自殺した、あのおじいちゃん?」
「この間は、『うつ病だったんじゃないか』なんて気遣ってくれてたのに、何で今日はそんな言い方するわけ」
「別に悪意も他意もないよ」
「まあ、いいや。
とにかく、彼女を思うとじいちゃんが頭をよぎるんだ」
友の顔がこわばっていた。
「勘違いすんなよ。
自殺の件は関係ないぞ。
好きな人の力になりたいっていう気持ち。
それがじいちゃん譲りなのかなあってね」
「同じ道たどるなよ」
「じいちゃんはさ、仕事もできて自分に厳しい人だったらしい。
その前提からして、俺と違うから」
「でも、お前って昔から繊細なところがあるだろ。
そこがちょっと心配なんだよな」
こいつはどうあっても俺と自殺を結びつけたいらしい。
ただ、言われてみると、完全否定する自信もない。
確かにプレッシャーには弱いし……。
「じゃあ、これからは、困ったらみんなに頼ることにする。
親にも彼女にもお前にも」
「そうできればいいけど」
「そうなんだよな。
その時、もしみんなに嫌われてたら、とか考えちゃうし」
「もうやめろ。きりがないよ。
じゃ、決めた。今度、視野を広げられるような物語を作るから。それ読んでくれ」
「ああ、期待してる。
ただ、その前に今回の俺の話、ちゃんと仕上げといてくれよな。
ハッピーエンドでさ」
人生、山も谷もあるんだから切り取る場所で良くも悪くもなる。
良い時はその瞬間を、悪い時は希望を、幸せの種にして過ごしていければいいと思う。
必ず時がすべてを解決してくれるから。
フェイドアウト(KAC10:『カタリ』or『バーグさん』) モダン @modern
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