385話 土の王館の地下牢
土の王館・謁見の間。
「突然参ったかと思えば、物騒な理力を撒き散らすな」
「ホントよ、雫ちゃん。ただでさえ湿気でお肌がヒリヒリしてるのに」
潟を使いに出して、急遽、土理王さまとの謁見を取り付けた。戦後の処理で何件も謁見が入っていたのを、ふっ飛ばしてその日の内に会えることになった。順番待ちしていた土精には申し訳ない。
そうは言っても時間は深夜だ。蝋燭の明かりが壁に反射して、影を大きく揺らがせている。
まるで僕の心を表しているみたいだ。影の揺らぎを止めたくて、つい気を張ってしまったのかもしれない。
「すみません。失礼しました」
息を長めに吐き出して、やや強引に力を抜いた。肩が下がった気がした。
「それで用向きは
「え?」
何で分かったのか不思議に思っていると、土理王さまは鼻で笑った。
「わざわざここへ来るということはそういうことなんだろう? 何だ、恨み言でも吐く気か? 余は別に構わないが、そんなことをしている暇があるのか?」
「余は個人的には水理のことなんてどうでも良いが、土理王として水理を危惧する義務があるからな」
個人的にどうでも良いと言いつつも、目は泳いでいる。不自然な咳払いもついてきた。わざわざ水の王館の離れまで来て、ベルさまを助けようとしてくれたのは、理王の義務という一言で済むはずがない。
だって理王が無事であることが最優先なら、理王を交代させる……つまり退位するのが一番だ。
火理王さまや木理王さまが即位の準備をせよと言っていた気持ちは、何となく理解はできる。それが世界の安寧に繋がる。
土理王さまはそれを薦めてこない。それが何を意味しているか、鈍い僕でも分かる。
「水太子。水理の理力を何とかする方法を考える方が先じゃないのか? 余は別に水理がどうなろうと」
「
土理王さまは威厳たっぷりに一気に喋った。でも僕の返答を聞いて、急に固まってしまった。手が宙に浮いている。
「雫ちゃん……っていうか淼、
土理王さまが固まってしまったので、代わりに垚さんが聞き返してきた。
垚さんはちょっと怯えた目で僕を見ていた。垚さんはひどい怪我をしていたはずなのに、もうすっかり回復している。
「
「仕事? どんな」
「それは……」
言ってもいいのか?
養父上からの提案は
沌は理力を集める目的を失ったから、もう大丈夫だろうと養父上は言っていた。
でも、もしまた大きな理力を手にしたら、良からぬことを考えるかもしれない。
「その……
「ちょっとー? 何を言ってるのか分からないんだけど」
僕がグダグダと言い淀んでいると、垚さんに突っ込まれてしまった。
一方、土理王さまは一度だけ大きく手を叩いた。壁に反響してよりいっそう音が大きく聞こえる。
ビクッとして玉座を見上げた。
「そうか。なるほど。その手があったか!」
「え、何?」
立ち直った土理王さまが、ひとりで納得していた。垚さんがその横でビックリしている。土理王さまはやや興奮気味に玉座から立ち上がってしまった。
「沌に過剰な理力を奪わせるのか!」
養父上と考えが一致した。古株……といったら失礼かもしれないけど、年齢に合わず見た目が幼い精霊たちは考え方も似ているのだろうか。
添さんや竹伯の意見も聞いてみたくなった。
「はぁ? 御上、いくらなんでもそれは考えが飛んでるわ。敵にみすみす力を与えてどうするのよ」
垚さんが僕と土理王さまの間で視線を往復させた。僕が否定しないのでかなり戸惑っている。
え、そうなの? と顔に書いてあるようだ。
「沌への尋問を赦す。連れ出して構わないが、五色牢から出すのはダメだ。牢ごと連れていけ」
五色牢って何だろうとは思ったけど、沌を縛り付けるものであることは分かった。土理王さまは垚さんに僕を案内するように命じ、いそいそとどこかへ去ってしまった。
「信じられないわ。
「水理王のことだよ」
「即答!? でもそうよね。そんなことは分かってるわ。聞いた私か阿呆だったわ。なんだかんだ
垚さんがしぶしぶ僕を案内してくれた。月明かりで足元が不安だ。
謁見の間から出て角を二回曲がったあたりで、地面が土から石畳に変わった。一見すると何の変哲もない石畳。その一帯へ進み入ると、垚さんが踵で一枚の石を叩いた。
石がぐるんと反転して、地下への階段が現れた。こんなに簡単に開いてしまって大丈夫かと不安になった。
「行くわよ」
垚さんが長身を屈めて地下へ入っていく。そのあとに続いて僕も頭を下げた。入り口が狭いだけで中は案外広かった。ずっと腰を屈めていなくて済みそうだ。
「新しそうですね」
白くて固くない石で作られた階段は、角がまだしっかりしている。時間がたてば徐々に丸みを帯びてくるはずだ。
「
それを挽回したかったのかもしれない。
「土の王館には以前作った
「なるほど」
箱形の牢の六方を塞いだわけか。
逃げられるとしても土理王さまの執務室。
今度は逃がさないという土の王館の執念を感じる。
「ま、これだけやって投獄したっていうのに、本人は腑抜けてるわよ」
足を止めた垚さんが顎をしゃくった。
その先にはカラフルな格子が組まれており、中には地味な灰色の塊。格子とその中身が対照的な色合いだ。
背中しか見えない上に覇気がない。けどその姿は間違いなく、
「……
僕が声をかけると灰色の塊が僅かに揺れた。
「じゃあ、後は二人でやってちょうだい。淼、連れ出すときはくれぐれも牢ごとよ」
「牢ごとってどうやって?」
垚さんは格子の一本を掴んで軽い力で引っ張った。何の摩擦もないかのように牢がつられて引っ張られる。
「これを持って階段を上るのは止めた方がいいわ。淼なら水流で一緒に移動できるでしょ」
僕が頷くのを見届けて垚さんは去っていった。
「
「やっと来ましたか」
沌の声はまだ張りがあったけど、それでも脱力しているように感じた。
「やっとだ。雫、やっと来てくれましたか。待ちすぎて髪が全部抜けてしまうかと思いましたよ」
そんなに待ち焦がれさせた覚えはない。
「私を始末しに来たのでしょう?」
「……
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