367話 俛の最期

「父上、免が泰山の中腹へ向かいます!」

まぬがの動きを止めるのだ!」


 義兄や義姉の動きが忙しくなった。大きな窓に免と思われる姿が映っている。向かっているのが中腹ならば、水の星へは行かないだろう。入り口は頂上、もしくは頂上付近のはずだ。

  

 皆が大きな窓の前に集まってきた。ひとりが不自然にはみ出した取っ手を引くと、グンッと後ろに引っ張られた。竜宮城がものすごい速さで動きだして、慣性がはたらいたらしい。

 

 竜宮城が動いているということは隼さんは無事のようだ。隼さんが入っていた黒い人型は、うんともすんとも言わなくなっていた。

 

 すでにながめの義兄上が黒い人型を解体していた。頭の部分から小さい欠片を取り出して、窓の端の方に押し込んでいた。


「だめです。追い付けません」

「それでも追うのだ!」

 

 小さくなっていく免の姿を追って、竜宮城が泰山へ近づく。泰山は入禁止。……ということで皆、一様に席に着いた。使用人さんたちは段差を利用して、各々腰かけている。

 

 僕も椅子を勧められたけど、それを断って俛の前に座った。床の冷たさが伝わってくる。

 

 ふせの目をじっと見て、中断されてしまった話を促した。

 

「我等は皆、人間だった。右手のひくと左手のサン兄妹、目のメン、心臓のまどう、口のそしる……そして左脚の我が兄」


 僕の知らない名前がいくつかあった。俛も全員列挙したわけではなさそうなので、他にもいそうだ。

 

 それにしてもひくサンといい、左脚とふせといい、それぞれ兄弟姉妹きょうだいだったとは……。

 

 五山解放で散った、と冷静に説明するから驚いた。逸と暮さんもそうだし、兄弟姉妹の率が高いのかもしれない。


「免だって人間だったんだろう?」

「左様。あの方は理不尽なルールに苦しむ我等を救ってくださったのだ」 

 

 一瞬、ふせの目が大きな窓に向いた。竜宮城は免を追って、着実に泰山へ近づいている。

 

ひくと搀は、病と老いに苦しむ者を楽にしてやりたいとの一心から罪を犯し、はりつけにされた」

 

 窓から目を離さないまま、ふせはポツポツと話を続ける。


「睌は籍がないことを理由に、学舎まなびやにも仕事にも行けず、誰にも気付かれずに飢えた」

 

 籍とは何だろう。学ぶことも仕事も出来ないとなると……人間が必ず持っている何かの能力だろうか。

 

「我等兄弟は届け出をせずに、親のカタキを討った罪により死罪となり、生きたまま埋められた」 

 

 どうして親のカタキを討つのに届け出が必要なのか。自分たちの立場に置き換えて考えてみた。

 

 もし、母上が誰かに討たれたら………………。

 

 駄目だ。母上が誰かに討たれる様子を想像できなかった。返り討ちにしてそうだ。

 

 頭を切り替えて、美蛇みだに殺されそうになったことを思い出す。あのとき僕がもっと強くて、美蛇の陰謀に気づいたとしたら……。

 

 勝手に美蛇を討ったとしたら、罪に問われるのだろうか?

 

 美蛇が華龍河を乗っ取ろうとしていた事実を証明できれば、ベルさまは僕を罰しないはずだ。

 

カタキだと証明できなかったのか?」

 

 僕の常識が人間と異なるかもしれないけど、自分の価値観で尋ねてみる。


「証明するまでもなく明らかだった。だが、奴は……奴の一族は金の力で全てを揉み消した!」

 

 俛が感情をあらわにした。両手が縛られていなければ床を叩いていたかもしれない。

 

「それで免がどうやってお前たちを助けたんだ?」 

 

 竜宮城がガクンッと揺れた。乱気流に遭遇したような違和感だ。

 

「父上! まぬがが気流を操作しています」

「泰山に衝突の可能性三十%……回避行動を推奨します」

「防御は我輩がするのだ。カズはまだ戻らんのか?」

 

 今、隼さんの声が聞こえた気がする。振り向きたくなるのをグッと堪えた。無事なら良かった。

 

まぬがさまは無念に散った我等の魂にご自身のお体の一部を与えて、動けるようにしてくださったのだ。それだけでない。余分な魂を用い、我等に武器や戦力を与えてくださった」

 

 なるほど……そういう仕組みだったのか。

 サンが命令違反で免に始末されたとき、与えた魂を以て償えと言っていたのを思い出した。

 

「免さまのお陰で、我等兄弟は無念を晴らした。免さまに救われなければ、今もまだ無念の魂が世をさ迷っていただろう」 

 

 ふせの顔は誇らしげだった。


ベンまゆみは?」

 

 ベンたちは配下の中でも格下だと、ひくが言っていた。


まゆみベンにべはこの世界で免さまの配下になった者。故に本体は免さまのお体ではない」

 

 やはりそうか。ふせの反応を見るに、どうやらひくと同じ認識でいいらしい。


「戻ったぞ!」

「「「兄上!」」」

「「「雷伯!」」」

 

 豪快な声と共に雷伯が帰って来た。

 兄弟姉妹も使用人さんたちも、雰囲気が変わった。

 

「カズ、怪我はないか?」

「あぁ、かすり傷だ程度だ。心配するな、父上」

 

 やっぱり雨伯は父親だ。状況を確認する前に雷伯むすこの無事を確かめた。小さな手で雷伯のからだをペタペタと触っている。

 

「それより、外の乱気流はえげつないな。水じゃねぇ、ほとんど魂の流れだ。泰山に引っ張られてるぞ」

 

 雷伯の話によると、王館の方角から魂が泰山に吸い寄せられているらしい。王館の上空には免の城、奥都城おくつきがある。そこに無数の人間の魂が保管されていた。

 

 そこから免が魂を吸い寄せているのか?

 

「ところでカズ、何を持っているのだ?」

 

 一通りの報告を聞いたあと、養父上が雷伯が手にぶら下げているものを指差した。

 

ひくが消えたあとに、足が落ちてきたんで拾ってきた。誰か、落としたか?」

 

 聞き方がすごい。皆、首を横に振った。

 

 雷伯が両足を……というよりも下半身を無造作に掲げた。

 

「義兄上、それ、僕が切り落としたヤツです」

 

 雷伯に向かって手を上げた。灰色の両足は免との関係性がすぐに分かる。

 

「雫も来てたのか! 何だ、そいつは?」


 養父上と尋ねかたが同じで、親子だなぁと思ってしまった。

 

 雷伯が足を僕に渡そうとすると、細かい粒子になって下半身ごと消えてしまった。


「あぁ、免さまがお呼びだ。お体お返し致します」

 

 少し遅れてふせの上半身も輪郭がぼやけてきた。

 

「水太子。敵である我と対等に話をしてもらったこと、感謝する」

「そうか」 

「免さま、大願……いよ……成就され……」


 俛が消えた。縛り上げていた縄だけを残して。最期まで礼を保っていた。


 大きな窓を見る。辺りは全て灰色の雲で覆われているように見えた。でも雲ではない。

 

 志半ばで倒れた濁った魂の群れだ。その中心に免がいる。

 

雲泥子ウンディーネ! 復活の時です! 私の元へ戻ってきなさい!」

 

 この距離では免の声は聞こえるはずはない。でも悦に入った免の声がハッキリと耳に届いた。

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