366話 合流

「くそっ!」

 

 進路を塞ぐ稲妻には、養父上の名を呼ぶことですぐに対応できた。悪態を吐きながら養父の名を叫ぶものではないけど、反省はしない。三回ほど叫んだとき、ようやく雨雲を抜けた。

 

 目に飛び込んできたのは、修繕された竜宮城だ。以前より体積が増えていて、まるで山のようにそびえている。

 

 外は既に暗くなっていた。空はいくつかの星が瞬きを始め、西の空に少しだけ赤みを残している。

 

「セキュリティシステム通過。目的地に到達。案内を終了します」

「お疲れさま」

 

 そう告げた途端、隼さんの黒い体に鎌が刺さった。長い鎖の付いた鎌で、後ろからふせが攻撃してきていた。

 

 ふせが手に絡ませた鎖を引くと、鎌が回収された。


「外したか」 

「かかかいかいかい回路異常。修ふふふふふふふ復くくくくくを試みまー……」

「隼さん、しっかり!」

 

 隼さんの話し方があらいさんみたいになっている。

 

「くそ! ……よくも」

「ようやく相手をする気になったか」

 

 雲の速度を上げながらからだごと振り返った。ふせは何の乗り物もなく、宙を飛んでいる。それくらいでは別に驚かない。重力を操作しているのかもしれない。

 

 ふせと正面から向き合った。

 

「修復不ふふふふふ可能。再度試行再度再再再」


 ビーともピーとも表しにくい音が隼さんから出ていた。風を切る音にも負けず強く鳴っていて悲鳴のように聞こえた。

 

「いざ、勝負!」

「うるさい、失せろ!!」

 

 ベルさまの水晶刀に手を掛けた。鞘から抜きながら横一文字に宙を切った。俛まで届くはずのない距離だ。威嚇のつもりだった。

 

「……っぐ!」

 

 ふせの胴体が真っ二つになってしまった。水晶刀が武者震いをしながら帯電している。青白くて細い光が自分の腕から放たれていた。

 

 無意識に電力を合成していたらしい。どうやらそれを水晶刀に盗られた感じだ。

 

「不覚。……物理攻撃に合成理術の併せ技とは……」

 

 僕ではない。水晶刀が勝手にやったことだ。

 

 水晶刀は正しく理のみちを歩む者を守ってくれる、とまだ低位だった頃にベルさまから言われた。

 

 今……守ったというよりも自ら攻撃を仕掛けたといった方が良いかもしれない。

 

「……時間稼ぎ……まだ短い……」

 

 ふせの下半身が落ちていった。免の脚なのに本人の下半身がないことに、どこか矛盾を覚えた。

 

 違和感を無視して離れようとすると、また鎌が飛んできた。僕のことも隼さんのことも狙ってはいない。

 

 鎌は不自然に遠回りをして、鎖で僕の手首を引っ掛けた。意外と外れそうで外れない。ふせは残った上半身に鎖の片方を巻き付けた。


「邪魔するな!」

「免さまの……御為」

 

 鎖を反対の手で掴むと、勝手に電力が流れてしまった。覚えたばかりの電力を自分で制御出来ていない。

 

 電力は鎖を伝ってふせまで届き、悲鳴を上げさせた。でも俛は自分の上半身から鎖を外そうとはしない。

 

「くそ! 放せ!」

「放さぬ……ぐぉおおおおお決して放さぬ!」

 

 青白い光がふせを包んでいる。雄叫びをあげながら必死の形相だ。

 

「ししししし修復不可能。データを本機にててててて転送します。……転送しししし失敗。バックアップを……」

 

 隼さんまで更に調子が悪くなっている。竜宮で養父上に合流しないと危険だ。

 

 鎖を放した。手首にはまだ巻き付いたままだけど、電力の放出が止まった。俛がほんの一瞬、ほっとしたように息を吐いた。その瞬間を逃がさず雲を走らせた。

  

 手首に鎖が食い込むけど無視した。痛いのも無視だ。


 ふせには僕を止めるだけの力がない。ひくサンよりも弱い気がする。今もただ引っ張られてくるだけだ。ただしつこく食い下がってくるのが鬱陶しい。

 

 振り切れないから連れていく。このまま竜宮城の中庭を目指す。

 

 けれど、いくら探しても中庭が見つからなかった。俛を引っ張ったまま竜宮城の周りをぐるぐると廻る。ようやく見つけた七竈ナナカマドの木を目印に、降りることが出来た。

 

 元々中庭があったところには、新しい建物が出来ていた。七竈ナナカマドがなければ、今も迷っていただろう。

 

 その建物から養父上が飛び出してきた。

 

「養父上! ご無事ですか?」

「雫、よく参った! 早く中へ入るのだ!」


 待っていたと言わんばかりに、養父上から急かされ中へ入る。中にいる精霊は見知った顔が多かった。

 

「何だ、それは?」 


 養父上が怪訝そうな顔で僕の後ろを覗き込んだ。俛の半身が床を引きずっている。

 

「免の配下です。捕虜にしました」 

「そうか。誰か縛り上げるのだ。雫はこっちに来るのだ」

 

 何人か集まってきてふせを縛り上げた。足がないからどこへも行けないとは思うけど、まだ飛んで逃げる可能性もあった。


「雫の申す通り、怪しい動きがないか見張っていたのだ。雫の読み通り、免が現れたのだ」

「やっぱり」

 

 養父上に大きな窓の前に連れてこられた。窓の下には赤や緑の光がいくつも並んでいて、ところどころに出っ張りがあった。

 

 霓さんや霸さんなど雨伯一族の首脳がその前に陣取っている。

 

「こちらも今、ようやくカズがひくを倒したのだ」

ひく?」

 

 ひくは金の王館で捕まったはずだ。

 

「カズの奴、前回挽に負けたのが余程悔しかったと見える。雷は落ちるしか能がないと言われ、猛特訓して逆さ雷を習得したのだ」

 

 何だそれ。

 

ひくは鑫さんが捕まえたって言ってました。別人ではないですか?」

「いや、我輩も見たが確かにひくだったのだ」

 

 養父上だけではなく、周りの皆も頷いていた。竜宮城はひくに敗北している。その忌々しい記憶から、ひくを間違えるとは考えにくい。

 

「免さまがお呼びになったのだ」

 

 ふせが部屋の隅の方で言った。皆の視線が俛に集まる。

 

「何だと?」

「我等は免さまのお体の一部。免さまがお呼びになればすぐに馳せることが可能だ」

  

 俛の顔は自信に満ち溢れていた。免の勝利を信じて疑わない顔だ。

 

「よって我を質にしようなど無駄なこと。いざとなれば自害し、魂を免さまへお返しする」 


 自害という言葉に俛の周りが反応した。縛り付けてはいるけど、刃物や毒薬などを隠し持っていたら、それで自害する気かもしれない。


「何故、そこまで免を信じるんだ? 使い捨てにされるだけじゃないか」


 免は自分の体の一部でも配下を顧みることはしない。それなのにひくふせも免に忠誠を誓っているように思える。逸はちょっと別だけど……。

 

「免さまは我等の恩人。理に支配された世界から我等を救ってくださった」

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