349話 不審物
木の王館、敗北。
僕が水の王館へ戻ると、ベルさまからそう知らされた。僕が戻る少し前に、
木理王と木太子を残して、他の木精は予定通り枯れて……その結果、大敗と発表されたそうだ。
無事に……という言い方はおかしいけど、木精の皆は自分の意思で枯れることができたようだ。敵の手に理力が渡るという事態は避けられた。
「大丈夫です。まだ
潟の言葉は紛れもない事実だ。ただ木理皇上という常の言い方ではなく、真名を言ってしまう辺り、潟も少なからず動揺しているに違いない。
「これ以上、攻撃しても無駄だ、というための発表でしょう? じゃなかったら、こんな恥さらしはないわ」
「添、言葉が過ぎますよ」
木の王館では結界がほとんど破られおり、唯一謁見の間だけが維持されている。そこを
よって、木理王さまはいまだ健在。
木理王さまがいるから陥落と言わないようなものだ。
木理王さまが倒れたら、残るは桀さんひとりだ。桀さんは花茨で最後の独りになった経験がある。今また木の王館で独りになってしまう可能性がある。出来れば食い止めて欲しい。
「誰が攻めているんですか? 最初に暮さんに聞いたときは、
その逸は土の王館で僕たちに接触してきた。
でも今思えば……もしかしたら木の王館を攻めに行ったのではなく、暮さんを探すためだったのかもしれない。その後、土の王館へ来たのは、暮さんを追っていたからとも考えられる。
それから逸が木の王館へ戻ったとは考えにくい。目の前で木の王館へ戻った暮さんを、逸は追わなかった。
暮さんがいる木の王館を襲うことはしないだろう。それに免に気づかれる前に戻るとも言っていた。逸の勝手な行動だったに違いない。
「
ベルさまはソファで足を組みながら答えてくれた。ソファに合わせた低いテーブルには水晶刀が横たえてある。
金の王館に入っていく
「それも指示役はいなくて、バラバラに行動しているみたいよ」
添さんはベルさまの向かいに座りながら、水晶刀を覗き込んでいる。
指示役がいないとなると、逸の他に、挽や搀みたいな直接的な配下は、木の王館には行っていないということか。
「理力をほとんど感じ取れなかったそうだけど、微かに雷に似た力を感じたらしい」
「ら、雷伯は無実ですよ!」
「何言ってるの。そんなことはわかってるわよ」
雷の義兄に、あらぬ罪を着せられるのかと思ってしまった。添さんに呆れられてしまった。
「多分だけど、その内の一体が、水の王館に向かっているんじゃないかな?」
「えぇ!?」
ベルさまの口から衝撃的な一言が発せられた。お茶のお代わりでも要求するような、いつもと変わらぬ言い方だった。
ベルさまが水晶刀を掲げてくれた。僕に見えるようにしてくれたのだろう。
木の王館と水の王館の境界付近に、不審な動きをしているモノがいる。中庭の草を刈るような動きをしているけど、草はすでに枯れていて、何度も刈られたのか短くなっている。
全体的な姿はしっかりと四肢があり、人型と言って差し支えない。でもほぼ全身が黒っぽく、服は着ていない。そればかりか頭の部分は細長く、鼻や口、耳もない。
もしかしたら、赤く点滅している光は目なのかもしれない。
「
「え? どこが?」
隼さんには全く似ていない。隼さんはもっと、こう……平べったくて……何て言うか板みたいな……。
「赤い光です。隼の地図上に赤い点滅がありましたが、あれに似ています」
「……あ、確かに」
等間隔で点滅する光は確かに似ている。水晶刀越しだから、実際は分からないけど、一見そっくりだ。
「……AI《エーアイ》でしょうか」
赤い光だけで判断することは危険だ。でもその可能性はある。
「AIという一族は学習能力が高く、自分で考えて行動し、その成功率も極めて高い……と
ベルさまの方が僕より情報量が多い。僕ももっと養父上にしっかり聞いておくべきだった。
「雨伯の一族にひとりでも残ってもらうべきでした」
「貴方だって雨伯の一族でしょ。しっかりしなさいよ」
添さんに喝を入れられた。
黒い不気味な人型は遂に境界を越えて、水の王館の敷地へ入ってきた。
「私の最外結界を素通りしたな。理術は効かないかもしれない」
ベルさまが眉を寄せた。ベルさまの結界を素通り……………………恐ろしい。
「まぁ、免に理術は効かない前提だ。大した問題ではないね」
「僕、行って倒してきます」
理術が効かないなら、直接的な攻撃をするしかない。玉鋼をしっかり握って現場へ向かおうとした。
「まぁ、待ちなさい。まだ行かなくて良い」
出ていこうとする僕と、当然のように付いてこようとする潟を、ベルさまは同時に止めた。
「でも、このままでは王館に侵入されます。いずれはここも……何もしないで黙っているわけにはいきません」
「勿論、何もしないわけではない。ここからでも物理的に攻撃は出来る」
ここから……というと、石でも投げるつもりなのだろうか。冗談抜きで本気でそう思ってしまった。
「直接的な攻撃でも良いけど、理術を用いた物理攻撃に切り替えれば良いことだ」
ベルさまはそう言って、水晶刀をテーブルの上にそっと戻した。
それから息を静かに吸い込んで、吐き出さないままパンッと両手を打ち鳴らした。
「わぁ! すごい! 流石ね、御上!」
水晶刀を見ていた添さんがはしゃいでいる。何があったのか、僕からは見えない。
「結界だけだと無意味みたいだから、水圧で岩を飛ばして、頭を潰してみたよ」
「……」
潰し………………。
添さんの後ろから水晶刀を覗き込んだ。
さっきまであった細長い頭が、ますます細くなっていた。細くというよりも薄く……それこそ、隼さんよりも薄い。
ベルさまは合わせたままの両手を右にひねった。水流に揉まれるように岩が動き、頭が捻られる。薄くなった頭が右傾いていく。やがて傾きに耐えられなくなり、首が落ちた。
首からは青や黄色などの派手な色の線がたくさん出ていた。一方で、転がった頭に赤い光はなくなっていた。
「私の王館で好き勝手はさせない」
ベルさまはやっぱり頼もしい。僕たちを安心させるのに十分すぎる一言だった。
「普通の理術と、理術を用いた物理攻撃の違いって何ですか?」
「やっぱり実際に触れられるか、とか、攻撃の全てが理術であるかどうか、だろうね」
なるほど。
月代で免と戦ったときのことを思い出した。焱さんの火は効かなくても、石を理術で放った攻撃は効いた。
「じゃあ金精なんかは、ほとんどの攻撃が効きそうね」
「そうとも言えませんよ、添。金属にも色々ありますからね」
夫婦の会話が進む横で、水晶刀が色を変えた。別の一体が水の王館へ向かっているのが映っていた。
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